第124話 ■千織、海に沈む その11

■千織、海に沈む その11


こうして一見、ボートの脇に少女の死体をぶら下げた格好に見えなくもない状態で、一路桟橋を目指したのだった。

途中、陽子が見つけたブルーシートを船首から垂らし、千織のからだが隠れるようにしたのと、幸いにも海岸や桟橋に人影がなかったため、無事に千織を桟橋に下ろすことができた。


「まったく、この娘には世話がやけるなぁ・・ まぁ、あたしも人の事言えないけどサ!」

ミキは大きく溜息をつきながら、陽子に向かって疲れた顔で言う。

海に潜ったため、ミキの髪は、ゴワゴワのクシャクシャで疲れが倍増して見える。


「それにしてもミキさんって凄いですね。 あんなに冷たい海に勇敢に飛び込むなんて。 わたしだったたら、とてもできませんよ!」

陽子は珍しく、三日月目でミキを見る。

「なっ・・ 陽子さんってば。 あの時、あたしに絶対何かしたでしょ!」

「えーっ なんの事ですか?」

陽子はしらを切る。


「まぁ、いいか・・ いまさら何を言っても済んだことだし。 それより先の事が優先だね」

「ほんとっ、ミキさんって男らしいわ~」

そう、なにしろミキは元男の子だったのだから、陽子がそう思ってもそれはそれで間違いではない。

ハ、ハ~クション

「う゛~ 寒い~。 早く千織をクルマに乗せようよ」

「そうですね。 このままでは、確かにまずいですね」

そう、千織は桟橋のコンクリートにずぶぬれ死体のように横たわっているのだ。

こんなところを第三者に目撃されたらそれこそ、一大事である。


二人は千織の頭と足先を持って、千織をレガシィのラゲッジスペースに積み込む。

そのままだと誰かに見られたらまずいので、取り合えず新聞紙を広げて千織の上に何枚かかけた。

「よしっ、後はショップの店員さんに、ボートのキーと道具を返せばいいね」

「ええ。 わたしは、ショップの軽トラを運転していきますから、ミキさんは後をついてきてください」

「わかりました」 

こうして、桟橋から5分ほどのショップまで戻ってきた。


ショップの前にクルマを停めると、すぐにあの時の若いイケメン店員が店から出てきたが、その表情は、なぜか険しい。

「この度は、いろいろとお世話になりました。 ありがとうございました」

陽子は、にこやかにお礼を言うが。

「それで、目的は達成できたんですか?」

何か店員の様子がおかしい。

「はい、おかげさまで」

「そうですか。 二人ともそこを動かないで。 いま警察を呼びますから」

「えっ? な、な、なんでですか?」

「僕、あなた達のやってたことを、双眼鏡で見てしまたんですよ。 二人で女性の死体を海から引き上げていましたよね!」

「あちゃー」

「逃げても無駄ですよ! 友則のお姉さんって事は、わかっているんですから」

そう言うと店員は携帯電話の番号を押し始める。


「待ってください。 あれは、死体なんかではありません!」

店員の携帯ボタンを押す指が止まる。

「死体じゃないって・・?」

「あれは、ロボットです。 今から証拠をお見せしますから」

「ロボット・・・?」

陽子とミキはレガシィの後部ドアを開け、千織にかけられている新聞紙をどける。

「うわっ」

店員は思わず叫び声をあげ、2,3歩後ずさる。

ミキも未来ミクを初めて見たとき、人間だとばかり思っていたことを思い出した。

確かに今目の前に横たわっている、千織は死んだばかりの人間にしか見えない。

「やっぱり、人間じゃないですか!」

店員は、携帯で110番通報をしようとする。

「まってください。 ここを見て!!」

ミキは千織のスカートをめくり、充電用のソケットを引き出してみせる。


ピッ

店員は慌てて、携帯の電源ボタンを押し、通話呼び出しをキャンセルする。

「ほらね。 ロボットでしょ。 原因はわからないけど、このロボットが何らかのトラブルで、海に沈んでしまったのをわたし達が回収に来たんです。 まだ開発中の極秘事項なんで、公になるとまずいものですから」

陽子がいっきに、説明する。


「これが、ロボットなんですか?・・ 見た目は人間と変わらないですね」

店員は千織に近づくと体に触れた。

「触った感じもまるで人間と変わらないですね。 言われてみないとわからない。 って言うか説明された今でもはっきり言って信じられないくらいです」

「先ほどもお話ししましたように、このロボットについては、トップシークレットなので決して口外しないようにお願いします」

「は、はぁ~。 でも、疑うようで申し訳ありませんけど、もう少しだけ確認させていただけますか」

「はい。 どうぞ」

陽子は、ミキの代わりにテキパキと話しを進めてくれる。

ああ、やっぱり自分は、こういうところが、まだ大人として対応が出来ていないやとミキは思ったのだった。

店員は、しばらく千織のあちこちを見たり触ったりしていたが、ロボットであることに納得したようで、陽子とミキの方へ歩いてきた。


「実際にここまでのロボットが作られているなんて凄いです。 感動しました。 実は僕も理工科の大学院生なんです。 店ここはバイトで週に2回店番をやってるんですよ」

「へぇ、学生さんなんだ」

「ちなみにゼミは、ロボット工学なんです」

「ああ、 それで熱心に見てたんですね」

「ええ。 うち(ゼミ)でやっているロボットなんか、やっと2足歩行ができる程度です。 このロボットが動いているところを見てみたかったなぁ・・」

「これも試作段階なので、安全性の研究課題がたくさん残っているんです」

ミキは、鋭二から聞いていた秀一の情報を得意気に付け加える。


横で陽子が、一瞬まずいと言うような顔をしたのが見えたと思った。

「そうなんですか。 例えばどんな課題があるんですか・・・」

「えっ? 例えばですか・・・それはその・・あの・・」

「それは企業機密なので、お教えすることは出来ません。 協力していただいたのに、すみません」

「そうですよね。 でも、僕もこんな凄いロボットを作れる会社に就職したいなあ」

そう言うと店員(岩崎)は、名残惜しそうにラゲッジルームの千織をながめた。


次回、「千織、海に沈む その12」へ続く

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