第66話 ◆気絶だったの?

◆気絶だったの?


バタバタバタッ

カチャン

ミキが大急ぎで仕事から帰ってきた。

清水さんは、ミキをTV局へ送ったあと、仕事が終わるまで、そのまま楽屋で待っててくれたのだ。

今はミキを玄関ホールの前で降ろし、レガシィを駐車場に停めに行っているので、後5分もしないでココに上がってくるだろう。

ミキは玄関を開けるや否や、【ミク】が倒れているはずのリビングへ小走りに向かった。


「【ミク】ちゃん、ごめんねぇ。 だいじょうぶだった~。 仕事が長引いちゃってさぁ・・ あれっ?」


【ミク】は、ひとりで起き上がったのだろうか? 出かけるときに倒れていた場所には、その姿がなかった。

「お~い。 【ミク】ちゃ~ん。 どこにいるの~」


リビングを通り、その先の廊下を進んで行くと洗濯機が置いてあるバスルームがある。

洗濯は終わったはずだが、お風呂掃除をしているかも知れないので一応覗いて見る。

「ココにもいないや。 いったい、どこに行っちゃったんだろう・・」

『ロボットだから、トイレは関係ないしな』と思いながらもドアを開け、そこにいない事を確認。


後は寝室とクローゼットだけか・・・

ミキはベッドの下やクローゼットの奥まで丹念に調べたが、結局【ミク】は家の中のどこにもいない。

「ミキさま。 ロボットのメイド娘はどこですか?」

「あっ、清水さん。 それがね、どこにもいないんだよ~」

「まぁ・・」


「どうしよ~。 清水さん」

「良く探されたんですか?」

「そりゃあもう、隅から隅まで探したよー」

「それじゃ、外に出て行ったんですかね?」

「うん。 それしかないだろうねー。 もう、お義兄さんに電話してみるしかないかなぁ」

「ミキさま、アメリカとの時差ってどのくらいでしたっけ?」

「時差って?」

「えっと・・・地球が丸いのはわかってますか?」

「ヤダなぁ・・・そう言う事を言ってるのじゃなくってサ。 起きていようが、寝ていようが緊急事態じゃないかってことよ」

「そう言うことでしたか。 失礼いたしました」

「うん、だってさ。 清水さん、この間トップシークレットだとか言ってたじゃん、【ミク】ちゃんのこと。 それがいなくなっちゃたんだよ」

「ミキさま、それよりか、あのロボットが、よその人とか傷つけたりしたら、それこそ大変ですよ!」

「まさか・・そんな娘には見えなかったけど・・」

「だってミキさま。 あのロボットって、壊れたんじゃなかったんですか?」

「そっか・・・大変だぁ・・・早く電話しなくっちゃ!」


ピッピッピッ

トゥルルル

ミキが電話をかけていると「それじゃ、わたしは外を探してきます」と清水さんが自分の携帯を掲げ、ミキに見せながら出て行った。

もしも何かあったら、自分の携帯に電話をかけろと言いたかったのだろう。

「あっ、もしもし、お義兄さん? ミキです。 こんな時間にすみません」

ミキは、どうやら秀一と連絡が取れたようだ。


「はい。 そうです。 今朝、転んで動かなくなってしまって・・わたし達は仕事の都合があって、結局そのままにして出かけて・・帰ってきたら【ミキ】ちゃんが、いなくなっていて。 はい。 今、清水さんが外を探しに行ってます。 わたし、いったいどうしたらいいか、わからなくって・・・」

『ミキさん。【ミク】は人間に限りなく近い動きをするようプログラムされています。 おそらく衝撃の強さをセンサーが感知し、気絶するのが適切だとCPUが判断したのだと思います。 しばらくして、再起動したが気絶中の事は覚えていない・・・ あとは、普通の人間がするのと同じ事をすると思いますが・・・』

「普通の人間が判断することって?」

『ミキさん、あなたなら気絶していて、次に気が付いたら、真っ先にどうしますか?』

「う~ん。 まずは怪我をしていないか、痛いところはないかをチェックします」

『そうですね。【ミク】も当然そうしたと思います。 【ミク】は人間の3倍以上の強度がありますので、どこも壊れていないと思います。 それでは、ミキさんなら次はどうしますか?』


「気絶する前は、何をしていたか記憶をたどろうとします」

『そうですね。 【ミク】は、気絶する前に何をしようとしていましたか?』

「え~と。 わたしの方に何か手伝うことが無いかって走ってくる途中で転んで・・」

『目が覚めて、その事を思い出したら?』

「えっと、わたしだったら、周りを探して・・・」

『その時、部屋の中に誰もいなかったとしたら、どうします?』

「外を探しに行く・・あっ! それじゃ・・・」

『そうです。 きっと【ミク】も外に探しに行ったのでしょう』

「でも、もう8時間も経っていますし・・」


『【ミク】がいつ気が付いたかは、わかりません。 ついさっき気が付いたとしたら、彼女はまだ外に出たばかりかも知れない。 それに行動については内蔵のHDDに全て記憶しますから、帰り道がわからなくなるような事はありませんし、GPSも搭載していますしね』

「それじゃ・・・」

『そうですね。周りを探してミキさんが見つからなければ、そのうち一人でちゃんと帰ってくるでしょう』

「よかった。 ちょっと安心しました。 これからわたしも探しに行ってきます。 どうもお騒がせしました。 見つかったら、直ぐにメールを入れますから」

『ミキさん。 【ミク】の事、よろしくお願いしますね』

「はい・・」


バタン

ちょうど電話を終えた時、玄関のドアが開いた。

【ミク】か清水さんのどちらかが帰ってきたか、それとも二人一緒なのか?

「ミキさま・・いらしゃいますか?」

帰ってきたのは、どうやら【ミク】のようだ。

「【ミク】ちゃん・・大丈夫なの? どこもなんとも無い?」

「はい。 現在、損傷部分はありません」

「よかったぁ。心配してたんだよ」

「??」

【ミク】は、何だか理由わけがわからないというように、きょとんとして首を傾げる。


『あぁ・・そのきょとんは可愛過ぎて犯罪レベルだよ』

「わたしは、ミキさまが急にいなくなってしまったので、外に探しに行ってました」

【ミク】は、ちょっと寂しげな、そしてちょっと訴えるような表情をした。

「あのね、【ミク】ちゃんが転んだ時、顎を強く打ってるんだ。 その時に気絶したんだよ。 きっとネ! だからその後の記憶が残っていないの! そう秀一お義兄さんが行ってた」

「秀一が・・・そうなんですか・・・」

「ねぇ、ほんとにどこも悪くないの?」

「大丈夫です。 定時セルフチェックの結果も異常はありません」


「そう。 あっと、いけない。 清水さんに連絡しなくっちゃ」

ピッピッピッ

「もしもし、ミキです。 あのね見つかったの。 って言うか一人で帰ってきた♪ そう、なんともないって。 はい・・ええ それじゃ」

ピッ


「秀一・・・に会いたい・・・」

「えっ? 【ミク】ちゃん、なにか言った?」

「いいえ。 なんでもありません」

「そう。 清水さんは、夕食の買い物をついでにしてくるって」

「はい。 わかりました。 何を作るのかわかりますか? 準備します」

「今日は、カレーだって。 手伝ってくれる」

「はい♪」

【ミク】は、手伝えるのが嬉しくてたまらないといった表情をした。


「わ~い。 カレーだ。 カレーだ。 嬉しいなっと」

ミキは安心したのか、ただの食いしん坊だかわからないが、はしゃいでいる。

その後ろで立っている【ミク】の目からは何故か涙が溢れ出していたのだった。


次回、「短距離ランナー」へ続く

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