テッサイ

進藤jr和彦

プロローグ1

中学生になり、焦った事は……皆が部活だ恋だと勤しみ、それに取り残された事だ。野球だとかサッカーで活躍するクラスの中心の人気者、その人気者の腕に纏わりつく女子のクラスメイト。髪を染めて、校舎裏でタバコを吸っては、他校に喧嘩を売る不良に、ケバケバしい覚えたてのメイクで色香を振り撒く尻軽なギャル。薄ら笑いを浮かべて、アニメ調の、下着が見える恥ずかしい表紙の本を読むオタク……。


周りには、良かれ悪かれ『個性』があって、個性が集まって集団になり『階級』となった。スクールカーストとかいう奴だ。


さて、そんなスクールカーストの中で、僕は、僕自身は何処に居るか分からなかった。部活には入ってないし、髪も染めたり喧嘩などしない。しかし、かと言って何か没頭している物も無い……。


焦ったが、時既に遅し。部活勧誘が引っ切り無しに来る中学一年の始まりに、風邪を引いてしまった僕は部活に入るタイミングを逃し、自動的に『帰宅部』という無所属となってしまった。


が、これは自らが行動し、部活に入ろうとしなかったのが原因でもある。風邪を言い訳にしたのは自分が弱いからで、決して原因ではない。しかし弱さ故に僕は『ぼっち』と言う奴になってしまった。小学生の頃の友人達は部活に精を出す中、只々夕焼けに響く、野球部の元気な気合を背に校舎を後にする日々が続いた。


これはいけないと、これはマズイと、思ったのは入学して二ヶ月が経った六月の半ば、梅雨の雨の中で両親と食卓を囲んでいた時の、母の一言であった。


『貴方、友達とかいないの?買い食いとか寄り道とかしないの?悪い事ではあるけど……一度位そういう事は無いの?』


ビシリ、と心にヒビが入ったのが確かに聞こえたのだ。遂に母に心配されてしまったのだ。それを火種に父もまた、心配そうに話しかけて来たのが悲しくなった。


だから、放課後の暇潰しでも、なんでもいいから始める事にした。そして僕は『それ』を始めたのだが……。



僕の中学校生活は『ぼっち』として幕を閉じる事になる。




ブレザーの制服を畳み、ネクタイを解いて、カッターシャツのボタンを一つずつ外していく。シャツもアンダーシャツも脱いだら、彼はぴったりとした生地の薄い半袖に着替えた。ラッシュガードと呼ばれるそれは吸水性と速乾性に優れたスポーツウェアで、アスリートしかり運動部しかりの今や必需品である。


ツータックズボンも脱ぎ、折りたたむと、棚に置いてあった膝にかかる程の長さの、サイドに切れ込みが入った半ズボンへと着替えた。ベースとなる色は白色、そして左太腿には大きな口を開けた蛇が描かれ右の太腿には草書体で『The Doragon』とサインが入っていた。


それらに着替えた所で、少年はノブの壊れた扉を開けて外に出た。日中の間昼間と言うに、同じ様な格好をした大人達や、上半身裸の大人達が、四角いリングに上がり拳を交わし、吊り上げられたサンドバッグを叩いていた。


「あれ、久島君今日早いね、学校は?」


そんな少年に一人、話しかけて来たのは、一人の男だった。


「姫路会長……おはようございます、今日は入学式だったので、早く来れました」


「あ、そうか、今日から久島君高校生なんね?え、じゃあ寄り道とかせず?」


「はい、それが?」


「いや、いいんよ、今リング空いてないし、ミット持てないからサンドバッグ叩いとき?」


はい、と返事をして久島と呼ばれた少年は一つだけ空いていた、黒く所々をビニールテープで補修したサンドバッグに歩いて行き、陣取った。マジックテープに、拳の部分にクッションが付いた、マジックテープ式の簡易バンテージを手早く取り付けて、貸し出しの赤い8オンスグローブを付けてから、久島がサンドバッグの前で構える。


高校生になりたてにしては、がっしりとした肉体で、サンドバッグへと向かい合う。左手が前に右手が顎の近く、よく見られるオーソドックスな構えをして、久島はまず左手をゆっくりと伸ばした。姫路は、見慣れた光景を腕を組んで見守った。久島がこのジムに、体力作りを目的にして入会したのが三年前、中学一年から、サンドバッグを叩く前に絶対、左手のジャブを何度もゆっくりと出す仕草を眺めた。


左手のジャブ、彼に最初に教えた基本。サンドバッグを叩く時に彼は絶対に、そこから始める。ボスッ、と軽く空気が抜けるような音を立て、サンドバッグがギシギシと揺れた。


「ッシ!」


息を吐きながら、さらに一発ジャブが放たれる。先ほどよりも重い音が鳴り響き、サンドバッグを吊るす鎖がジリジリと音を鳴らした。


いいジャブだと、姫路会長が頷いた。三年間もサンドバッグを叩いているからこそ放てる、年季を感じさせるまっすぐな左ジャブを見ていると、ジムの扉が開いた。


「うぃっすっ、姫路会長お世話になります」


「熊谷君、あぁ、出稽古は今日からかい?」


そこから現れたのは、ベースボールキャップを被った色黒の男だった。熊谷と呼ばれた男がジムに入り、一礼してから靴を脱ぎ、ジムに入った。シャツの袖から生えた太く逞しい腕に、ジーンズをパンパンに膨らませた太腿を持った男が、肩に担いだバックを下ろした。


その熊谷と言う男は、ふとサンドバッグに向かう少年を目に入れて頷いた。


「相変わらずっすね久島君は、もう高一でしたよね?」


「そう、今日からなんやけどね……さっき来てサンドバッグ叩き始めたわ」


それを聞いて、熊谷ははっと笑った。全く相変わらずだと彼は呟くと、嬉しそうに笑って更衣室へ入っていった。


熊谷が更衣室へ入って行くのを、姫路会長が見ると

再び久島へ視線を移した。ジャブを打ち続けていたのが、いつの間にか左右のパンチを、サンドバッグに叩きつけている。


「シィイイッ!」


息を刻んで吐きながら、左右、左と拳を叩きつける。基本のコンビネーション、左ジャブから右ストレート、そして左フック。これまた綺麗に、教本通りと言わんばかりの形で打っていた。


「久島君、左ミドル蹴ってみ!」


「えっ!?は、はい!」


姫路は、そんな久島に突然の檄を飛ばした。そして言われた通り、久島は一度体勢を整えてから、サンドバッグ目掛けて、左足を振り抜いた。


「ェエアシッ!!」


鞭のように左足がしなり、そして脛がサンドバッグに食い込み……


サンドバッグが、くの字に一瞬折れ曲がった。


ジャラジャラとサンドバッグを吊るす鎖が揺れて、音を鳴らした。


「ッエーイ久島くーん、連続連続!タイ人みたいにタイ人みたいに!!」


ふと、横には上半身裸で膝までの裾の広いハーフパンツを着た熊谷が、いつの間にか立っていて、左ミドルを放った久島に茶化すように言った。


「く、熊谷さん!?」


そして、熊谷に突然言われた久島は、言われたままに連続で、左ミドルをサンドバッグに放ち始めた。

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