第26話 ノーパン刑事

 卓球の団体戦は何と準優勝だった。

 各学年八クラスまであるから三学年で二十四チーム。学年に関係なく戦わされるので、まあ快挙と言えるだろう。

 幸運に見舞われた俺よりも、勝ち上がるにつれ潜在能力を発揮したクラスメイト君がいたおかげだ。

 一回戦時点と決勝戦じゃ顔付きが……ってか顔が全然違ってた。

 別人って? いや違う。

 覚醒した時はほら、髪の色も変わるし顔だってちょっと凛々しくなるやついるだろ。それだと思う。

 各試合結果を集計し総合順位が出るのはまだ残っているバスケの決勝の後だ。

 我が一年一組は全ての試合に片がついているので、もう応援で盛り上がる雰囲気でもない。集合時間まで教室なりどこなりで少し休んでいられる。

 試合結果は万々歳だが、正直疲れた。

 そんな試合後の疲れた俺の聴覚は、とある神の言葉を捉えた。


「――ノーパンなんだって!」


 ノーパンなんだってノーパンなんだっノーパンノーパンノーパノーパパパンンン……。

 俺の頭の中に延々とエコーする神のお言葉。


 ノーパンだとおおおおおおおおお!?


 ノイローゼのように頭を抱え思わずよろめいた俺は、壁に手をつき体を支え酷く乱れた呼吸を整える。

 おっといけねえ、水着女子はやはり結局見れなかったから、過剰にその手の言葉に反応しちまった。

 一体どこからした声だ?

 俺は辺りを注意深く見回した。

 場所は小体育館から教室に戻る途中の外廊下。

 同じ方向にだらだらと歩いていたクラスの女子の一団から、そのありがた~い天の啓示は聞こえて来なすっていた。

 俺はすぐさま気を取り直し、道端のお地蔵様のような穏やかな、それでいて何食わぬ顔で耳を欹てる。

 あの雪の日、ぼくたち地蔵の頭に傘を被せてくれたのは心優しきお爺さん。恩返ししないと。

 ……あーあ、でもぼくだけ傘足りなくてパンティだよ。

 大大大ラッキイイイイイーッ!

 え、でも誰の……? まさか、おばあさ…………。

 そしてぼくはカチコーンと石になった。あ、元からだっけ☆


「「「えー何それ~っ」」」


 ノーパンと聞きやけに興奮気味の女子たち。


「何か試合終わって着替えようって思ったらなかったらしいよ」

「「「ええ~っ!!」」」


 それは酷いな。下衆の極みだ。女子の下着盗むとか犯罪だっつの!

 いやそれとも犯人男じゃなく女子の誰かの仕業なのか?

 もしそうなら最低だ……ってお前らも何でそんなに楽しそうってか嬉しそうなんだよ。人格疑うぞ? 下着がないとかって最悪だろ。俺なら泣くね。

 ホントに何て卑劣な……!


 ――誰が神への供物を盗んだと言うんだ!?


 ああはい俺の人格がヤバいですねーこれはー。わかっとりますわー。

 ガッテン承知の助……べえですハイ。

 開き直る駄目男を余所に、女子たちは周囲にはばかりもせず会話を続ける。聞き耳を立てている俺が言うのも何だが、もう少し声落とせよな。その女子が気の毒だろ。


「可哀想にさ、どうしよーって焦ってたみたいだよ」


 そりゃな。


「――――岡田君!」


 ……ん?

 無くなったのは、え? 誰のだって? 岡田のパンツ……!? 一体誰がそんなゲテモノを欲しがるっつーんだ?

 ここで俺は人生で初めての境地に至った。

 そうか俺たち男衆が、☆入りのボールを7個集めて女子のパンティ欲~しいと願うように……、ひらひらの可愛い女子のパンティに憧れを抱くように……、女子の皆さんもイケメンのパンツに興味があるのか!!

 岡田はブリーフっつってたな。まさにパンツの中のパンツだ。形とか。

 俺も佐藤もついでに父さんもトランクス派だ。ボクサータイプはぴったり度的にはブリーフと変わらんから穿かない。

 カノジョからの無理強いっつか締めつけ?(首輪騒動と命名・年表記載)には抵抗するのに、岡田のやつブリーフパンツからの締めつけは容認できるのか。

 とにかく、普通予備のパンツなんて学校に持って来てる男はいないだろうから、このままだと岡田は帰りには、制服の下は――ノーパン!!


 ノーパンと聞いて全ッ然嬉しくなかったのは生まれて初めてだ。


 女子のスカートの中は男のエロマン(エロ+ロマン)だが、男のズボンの中がすっぽんぽんとか全く微塵もそそられない。ミジンコだって死滅するほど精神乾くぜ。

 と、ここで女子の一団が俺の方を見て近寄ってきた。

 ま、まさか俺のパンツを岡田に差し出せとか無慈悲言わないよな?


「花垣君って岡田君と仲良いよね」

「あ、ああ」


 どうしよ、これは本当にその献上ルート行くの?


「岡田君のパンツ盗まれちゃったんだって。たぶん捜しても見つからないと思うから、気遣ってあげて?」


 さっきからだが、女子の口から下着の意味でのパンツとか連呼されると何とも言えない気分になる。


「岡田君のファンの誰かの仕業だと思う。ホントそういうのやめてあげてほしいよね」


 お前らっ……!

 何て気のいいやつらなんだ。ついさっきは誤解して悪かった!!


「ねー! 盗むんなら金置いてけっつーのねー。それか替えのパンツ置いてくとかさ」

「「「ね~!」」」


 ……んん?

 俺は、女子たちの歪んだ価値観を垣間見て、愛想笑いが引き攣るのを感じていた。女子って時々こえーよな……。


「わかった。励ましとくよ」


 とりあえず俺はそう頷いて一団から離れた。

 今日は早く帰って寝よ……ってああ、打ち上げあったっけ。





 翌日知ったが、岡田の奴は放課後制服下がノーパンのまましばらく学校中を捜してたらしい。気持ちはわからんでもないが、諦めて帰るとかコンビニで買うとかすればよかったのに。

 俺は命名する。


 岡田、お前は――――ノーパン刑事デカ!!

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