くっころ

 暖かな日差しが降り注ぐ白い部屋で、私はコーヒーの湯気を顔に当てながら音楽に耳を傾け、ゆったりした時間を過ごしていた。

 現在、眠ってるノア君との面会を中抜けして昼食を摂った後の食休み中。

 コーヒーはジルが淹れてくれた。


 ノア君の嗜好品を私が消費していいのかと気になったけど、まだまだ長い彼の休眠期間中に賞味期限が切れてしまうと言われた。

 休眠後にいくらでも新しいものを用意出来るらしいので、お言葉に甘えていただいている。

 ノア君のコーヒーの好みは、意外にもミルクと砂糖入り。

 私はお砂糖無しで、薄く淹れたコーヒー。

 熱いのは苦手だからちょっと冷めるまで香りを楽しみながら、チミチミ飲むコーヒー美味しいれす。


 BGMは、地球での私のお気に入りだったゲーム音楽集だ。

 RPG系のゲームって名曲多いよね。

 戦闘音楽も聴いててテンション上がるけど、まったりのんびりする時には綺麗系のばかりを集めて編集してたりしたんだけど、その私編集のヤツがなんかここで聴けた。

 天空城のジルが案内してくれた私の私物保管室にあった音楽データのコピーらしい。


 ノア君が私の人格を取り戻そうとしていた時には、この部屋にいつでも私の手持ちのデータ等からランダムで音楽が流されていたと、ジルが言ってた。

 コーヒーを啜りながら昔好んだ音楽を聴いてると、すごく不思議な気持ちになる。

 "あの時"私は自分が死んだ記憶があるのに、こうして昔の記憶を持ったままで自分編集の音楽なんか聴いてるんだよ?

 でも周りを見回してみると何かのオブジェみたいに透明樹脂製の円筒形の培養槽があって、丸い天井に丸い芝生の地面、その他は殆ど真っ白い部屋って言う、ちょっと日常的じゃない部屋の中に私はいて……薄いコーヒーを美味しくいただいているんだもん。

 なんだろうね、これ?

 変な感じ。


 ……まあ、変でもなんでもいい。

 隣の部屋にはノア君がいるし、かかってる音楽は現世とか過去世とか関係なく綺麗な曲なんだから。


 丸天井から降り注ぐ日差しは温かくて気持ちがいい。

 今は"中身"だった私が外に出ちゃって無人の培養槽の中に、綺麗な熱帯魚でも入れたらなかなか素敵だよね~……とか思いつつ、ちょっと冷めてきてくれたコーヒーをちびちびやっていると、私編集のRPG系まったり脳からα波出ちゃうぞ特集が終わったらしく、ちょっと毛色の違う、でも聞き覚えがある音楽が流れ始めた。


 嫌いな曲ではない。

 これもゆったりしたテンポでメロディラインは綺麗だし、なかなかにロマンチックな音楽だ。

 だけど、私はすごく自分が落ち着かない気持ちになっているのに気がついた。


 ……この曲、なんの曲だった?


 両手で包み込むように持っていたコーヒーのカップを机に置いた。

 どうしても黙って座っていられなくて、ノア君の椅子から立ち上がる。


 アニメの使用曲……?

 違う、そうじゃない。

 これは……ゲームの音楽だった気がする……。

 RPG系の……ロマンチックな場面の音楽?

 ううん、もっとこう……ベタな感じの"何か"だった。

 そう、すっごくメジャーなゲームではなく、でも一部の女の子には人気の……乙女、ゲー……。


「……ジルっ、音楽のプレイヤーの電源どこ!?」


 ほぼ無意識に、私はそう叫んでいた。

 これ以上はいけない。

 今すぐ音楽を止めなければ、絶対に後悔する。


「……どうしたのだ?」


 手持無沙汰だったのか、部屋の床にモップをかけている途中のジルが首を傾げて暢気にそんな事を訊ねて来た。

 ダメどうしよう今すぐこれを止めてプレイヤーのスイッチかリモコンは一体どこにあるんだすぐに切らねば大変なことになるのにいいからいますぐ電源おしえろ。


「音楽を止」


 私がそこまで言うか言わないかの内に、ソレは甘ったるい音楽に乗せて始まってしまった。


『───お前の事が好きだ。信じられないかもしれないが、俺だってどうして自分がお前なんかをこんなに愛おしく思っているのか信じられない。……だけど、好きだ。愛してる……この世界の誰よりも』


「OH-NOー!!! いやぁああああああああああああぁ───っ」


 私は叫んだ。

 叫びながら両手で自分の耳を塞ぎ、床の上に蹲る。

 だけど容赦なく、どこにあるかもわからないスピーカーがロマンチックな音楽に乗せ、別の人物へと替わった声色で情感を込めた臨場感たっぷりの"愛の告白"を塞いだ私の耳に捻じり込んでくる。


『───なぁ、本当におまえの目って綺麗だよな。真っ直ぐで澄んでいて……最初からそうだった。オレさ、どうにかしてお前のその目にオレだけのこと映してて欲しいって、そう思ってたんだぜ。なぁこっちを見てく───』


「うわぁあああああああ。もうやめてぇええええええええ。私のライフはもうゼロよぉおおおぉお!!」


 耳を塞ぎ叫び続けているのだから、本当は掛かってる音楽も言葉も聞こえてきているわけなんてない。

 なのにどうしてか尚、その"愛の告白"が自分の耳に届いているように思えるのは、私がその台詞を一字一句間違うことなく、その声優さん達の吐息やタメ・・にいたるまでしっかりと記憶してて脳内再生余裕ですな状態だからで。


 確かにさぁ!

 私の好んだ音楽とか再生してたって話は聞いてたけど、乙女ゲームの音楽CDの初回予約特典の全攻略対象愛の告白シーン+α入り"ラブラブストリーム・オールコンプリート!!"までがそのエンドレス再生の範疇に入ってたなんて、思うわけないじゃないよ!

 なに!?

 ノア君、これを聞き流しながら色んな作業してたの!?

 嘘でしょ、お願いだから嘘だと言ってよ!?

 こ……こんなの、自分の部屋のドアの施錠してから再度背後に誰もいないことを確認して、ヘッドホンして、ヘッドホンのジャックが外れて音漏れのないのを三度確かめてから聴くCDじゃないのぉおおお!!


「……なにを騒いでいる。気でも狂ったか!?」


 床の上に転がりながら涙目でアーアーアーアーキコエナイー! と大声で叫ぶ私を驚いた眼で見降ろしてジルが言う。

 ノア君のお父さん顔で人にモップかけるのやめて!

 

「ジルには私の気持ちなど分からない! 乙女の秘密を暴かれたこの恥ずかしさなど、分かっていない!」


 ノア君に悪気などないのは知っている。

 ただ私が恥ずかしいだけの話だ。

 そしてジルに対してのこの態度も八つ当たり以外の何物でもないのだけれど、この何とも言い難い恥ずかしさをどうしていいのか分からなかった。


 ノア君の机の下に潜り込み、それにも耐えられずに耳をふさいだまま立ち上がってウロウロとリモコンを探したり蹲ったりを繰り返すうち、いつの間にか全攻略対象の愛の告白シーン+α入り"ラブストリーム・オールコンプリート"CDは終わり、続いて豪華7声優による"グッドモーニング♡ラ・ブ・ラ・バ お目覚めボイスCD"が始まった。


『目覚めよ……朝だぞ。フフフ、起きぬのか? 目覚めぬのなら悪戯されても文句は言えぬな。ほら……起きろ、今からお前の───』

「いやぁぁぁぁああぁぁああああああ───(涙)本当に勘弁してぇえええぇ……っ!!!!」


 ダミーヘッドを使用してヘッドホンで聴くとまるですぐ隣で囁かれているかのようなトロトロに甘いウィスパーボイスが流れだし、私は再び絶叫する。


 こんなCDばっかり聴いてたわけじゃないんだと、今すぐノア君に言い訳したい。

 初回購入特典のCDはゲームを中古で購入した時にセットでついていたものだし、このお目覚めボイスは全部がお気に入りだったわけではなくて……。


「なんだお前、もしやこのCDを聴いて恥ずかしがっているのか……?」


 ようやくそのことに気付いたらしいジルが、あきれ顔で私がもぐりこんだノア君のベッドの下にガシガシとモップの先を突っ込んで来た。

 ジルの私への扱いが酷すぎる件については、後でちょっと話し合いたいトコロだけれど、とりあえず今は


「ジルっ! このCD再生今すぐやめて!」


 と、そのお願いだけは聴いてほしい。


 一応、私がジルにマスターとして登録されていると言うのは事実だったらしく、モップの先で私をツンツン突っつきながらもジルは音源の再生をやめてくれた。


 大きな声騒ぎ過ぎたのか、ちょっと頭がくらくらしていた。


「自分が所有していた音源ではないか……何度も聞いている筈なのに、どうにも理解出来んな……」


 くらくら頭に降り注ぐ、ジルの言葉。


 ……そうだけどさぁ……そうなんだけど。


 瀕死の芋虫のようにノア君のベッドの下からもそもそと這い出して、私は両手に顔をうずめたまま頭を左右に力なく振るった。


「しかも、今再生されていたモノは、一部、お前が非常に気に入っていたものではないのか?」


 と、言われて私は思い出した。

 そう……お気に入り。

 すごくお気に入りが今のCDの中にはあった。


 チュッ……と言うリップ音から始まる4人目の声優さんのおはようボイス。

 声質はちょっと違うんだけど、話し方のリズムとか呼吸の入れ方がなんかノア君っぽくて、聞いてるだけでグダグダに溶けそうな『おはよう』の一場面を私は繰り返し繰り返し───


「40回エンドレス編集分のなど、特に再生回数を多くこの部屋に流してやっていたのだぞ」


 ああ……ノア君。

 あれを聴いてしまったのね……あれを……。


「くっ……殺せ!」


 武士の情けがあるのなら、殺してくれと私は泣きながらそう言った。


「殺人は犯罪だ」


 冷静なジルの返答が悲しかった……。 

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