女秀吉
幸那。
第一話 決断
藤吉郎が死んだ。
そんな知らせが届いたのは、春の訪れた朝だ
った。
お秀は何も言えなかった。
お満が文の続きを読み上げる。
「尚、藤吉郎の代わりとなる者を急ぎ城へや
ること」
─────その日の夜。木下家では家族会議が行われていた。
「代わりの者と言われても、我が家に男子は
おらぬし…どうしたものか」
お満はため息をついた。
木下家は女三姉妹である。長女は既に嫁ぎ、今は女三人で暮らしている。
「……」
沈黙が続く。どれくらいそうしていただろうか。
いつのまにか、三女のお花は寝てしまったようだ。
「私が、参ります」
静かに、しかし力強くお秀は言った。
「なれど…秀は女子であろう?」
母は戸惑いの色を隠せない。
「それに、戦にも参加しなければならぬので
すよ?秀は戦が嫌いなのでしょ…」
「母上」
母の言葉を遮って、お秀は言う。
「男のふりをすれば良いだけのことでござい
ましょう。戦が嫌いでも、私が参るしかな
いのでございます」
お秀はお花の頭を撫でながら言った。
「それに、母上にはお花を立派に育てていた
だかねばなりませぬしね」
母の方を振り返り、お秀は気丈に微笑んだのだった。
─────次の日の朝。
(朝が…来ちゃった)
外に出る。日の光を浴びて、心地良い暖かさに包まれた。
何一つ変わらない朝に思えて、ふと涙がこぼれた。
(あっ!……)
慌てて涙をぬぐう。
「支度ができましたよ」
「はーい」
そう言って太陽に背を向けたお秀の着物の袖には、まだ微かに湿り気が残っていた。
「じゃあ、母上、花、行ってきます」
「気を付けてね」
「はい」
「お姉ちゃんどこ行くのー?」
「ちょっとそこまでね」
花は不思議そうな顔をしたが、それ以上何も聞かなかった。
岐阜城まではさほど遠くない。しかし、のんびりというよりは重い足どりだ。
(蘭丸、元気かなぁ…)
バシャーン!!
「とれたー!!見て見て蘭丸ー!」
「うわーやめてよ〜」
泣きべそをかく蘭丸には構わず、お秀は蛙を見せびらかした。
「やーい、泣き虫お蘭!」
お秀はすくっと立ち上がって、男の子たちに向かって何かを投げた。
「ギャー気持ちわるっ!!」
干からびた蛙だ。
そそくさと男の子たちは逃げて行った。
「あんなの気にしなくていいからね、蘭丸」
「うん、ありがとう秀ちゃん」
(なつかしいなぁ…)
今でも蛙嫌いだったりして、とお秀はふふっと笑った。
そして何気なく空を見上げると、
(これが岐阜城…立派なお城だなぁ)
いつのまにか着いていたようだ。
「お名前を伺いたい」
「木下藤吉郎と申します」
「あいわかった。入ってよいぞ」
一礼して、お秀は門をくぐった。
「そなたが藤吉郎の代わりの者か」
「はい」
「御屋形様のもとへ御案内つかまつる」
(うわ〜広すぎ。迷子になりそう)
もういくつ角を曲がったかわからない。
「ここじゃ。今しばらくお待ちあれ」
通されたのは、信長様の居室だった。
スタスタスタ…
(来た!)
スパーン!
(!?)
慌てて頭を下げた。
「藤吉郎の代わりの者か」
「はっ」
「面を上げよ」
どきどきしながら顔を上げると、
(うわぁ…!イケメン!でも恐そう)
「おぬし、名は」
「木下藤次郎と申します」
「藤次郎か…ややこしいゆえ、呼び名は藤吉
郎で良いな」
「はっ」
ふと、信長様の隣に控えている若い武士と目が合った。
「えっ!?なんで…」
なぜかうろたえているその人をまじまじと見つめ、はたと気付く。
(蘭丸!?)
「なんで…ここに…おしゅ…」
しーと口に指を当てて言葉を押し止める。
(なんでここにお秀が?)
(後で事情は話すから!)
(それになんで男の格好してんの?)
(もう!とりあえず黙ってて!)
目で会話をしていると、鋭い視線が…
「って、信長様!!」
ビクッと肩を震わし、つい女の声が出てしまった。
そんな私を気にも留めず、信長様は蘭丸に向き直る。
「蘭丸、この者を知っておるのか」
「幼なじみでございます」
「そうか。それは良かったな」
(あ…笑った)
「ならば、この者の世話はおぬしに任せる」
「はっ」
信長様が部屋を出て行った後も、お秀は惚けたように座り込んでいた。
(なんか見とれちゃったな…)
「おーい」
(意外とかわいらしかったな…)
「おーい!」
(また見れるかな…)
「ぅおおーい!!」
「えっ!?何!?」
「何ぼーっとしてんだよ」
「あ、ごめん、つい」
「とりあえず城内案内するから、ついて来
い。───っとその前に、事情聴取だな」
サッサと歩きながら話す蘭丸に、私はついて行くことしかできなかった。
「はい、ここ。おまえの部屋」
「ハァ…ハァ…。うん、ありがとう…」
「で!?」
がしっと肩を掴まれ、思わず仰け反った。
「実は…」
事情をすべて話すと、
「それは大変だったな」
と優しく頭を撫でてくれた。
「蘭丸に頭撫でられるなんて変な感じ。いつ
もそれは私の役目だったのに」
「もう俺の頭に手届かないもんな」
不服そうなお秀に、蘭丸はニヤッと笑ってみせた。
─────次の日。
「藤吉郎、おるか」
「はっ」
「御屋形様がお呼びじゃ」
連れて行かれたのは、昨日とは違う部屋だ。訳も分からず、促されるままに座る。
「皆、この者は新しく来た藤吉郎じゃ」
(なるほど、紹介してくださるのね)
「皆様、よろしくお願いいたします」
「では藤吉郎。本日よりわしの小姓として側
に仕えよ」
「はっ」
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