プロローグ

プロローグ




 川の向こう側で、マグネス王国の兵士たちが細長いつつを構える。

 空気をふるわせる大きな音と共に、鉄の玉が射出され──次のしゆんかん、胸が激しく痛んだ。

 おそろしいき気とおぞに全身が支配され、冷たい赤土の上にたおした。

「痛、い」

 痛い。胸が、ろつこつか、それとも心臓なのか──引きかれるように痛んだ。

「こわい」

 オークランド王国のたみとして、じゆつとして、従軍した。

 十二歳でも、魔術師としての力があるなら、一人前と認められる。

 それがうれしかった。はなばなしく戦えると思った、それなのに、今は、ひたすらこわい。

「こわ、い。いやだ、やだ、痛い、だれか──」

 機械兵器を持ったマグネス王国の兵士たちに、オークランド王国の魔術師たちが立ち向かっていく。子供魔術師一人を気にしているゆうなどないとばかりに、通り過ぎていく。き起こしてくれる者はいない。彼らは戦線を保つことで精いっぱいだった。自力で歩けない者は、最前線では見捨てるしかない。運が良ければ後で拾ってもらえる。間に合えば手当てしてもらえるかもしれない。でも、目がかすんでいく。

 今、かろうじて生きているのは体内に残る魔石のおかげだ。ようせいたちに気に入られればもらえる、妖精たちの命そのもののかけら。魔力という血を生み出し、全身に行きわたらせる心臓のような役割を果たすせきの石。魔石が命の危機に働き、傷口に自然と魔力を集めてくれる。

 けれど、じよじよに力が失われていくのを感じる。

 こわくて怖くてたまらない。

 だいな魔術師たちに付き従う妖精たちがちらりとこちらをり返った気がする。

 七色に光るをした妖精たち。彼らは気に入った人間以外にはひどくれいこくだとわかっていたけれど、それでも力ある美しい妖精たちに震える指をばした。

「助けて」

 すがるような自分の声にぞっとした。弱々しい、死にかけた声。

 きようと失血で目の前が真っ暗になってゆく──。



 ──気絶していたのは一瞬、だと思う。



 閉じたまぶたの裏に感じたまばゆい光の気配におどろいて、目を開いた。

「妖精……?」

 すさまじい数の妖精たちが全身をかがやかせて、自分の周りにいる。魔術を使っているのだ。とても美しい姿に痛みを忘れた。──いや、胸をたれた痛みをあまり感じない。

「治してくれるの……?」

 妖精たちがうなずいた。嬉しい、これで助かる。いやされるここよさに喜んだ、次の瞬間。

 小さな妖精の身体からだがひときわ強く光ると消えていった。

 魔術の使いすぎだ。身体を形作る魔力までも失い、死んだのだ。

 七色に光る眼を持つ妖精たちが、自分のような未熟な魔術師のために命をかけるなんて。

(……そんな才能が、おれに? まさかそんな)

 今この戦場にとどまっている妖精は、偉大な魔術師を愛する妖精だけ。自分のような未熟な魔術師は妖精に見捨てられた。あたえた魔石を引っこかなかったのは、妖精の最後のだろう。

 この戦場にいる妖精たちは、それぞれが気に入った魔術師を守っていたはず。

 ぞっとして辺りを見回した──そして予想通りのじようきようを見つけた。

 妖精に守られていたから辛うじて生きていた魔術師たちが、撃たれて次々と死んでいく。

(……今、おれのことを治してくれてる、そのせいだ)

 てのひらを傷口に向ける妖精たち。戦場に悲鳴があがるたびに、妖精たちはそちらを見やる。

 愛していた魔術師が死んだのかもしれない。

「おれの妖精を返せ、ルクレーシャス!」

 仲間の魔術師がさけぶ。だけど、返せない。

 どうして妖精たちが自分を助けてくれるのかなんてわからないし──返したら自分の命が危ないかもしれない。

「返せ! 返せええ、ッ!」

 ──叫びながら、その魔術師は撃たれて死んだ。

 次の瞬間、またりように魔力を使い過ぎて、となりにいた美しい女性姿の妖精が消えていった。

「ど、どうして──そこまでして!」

 すぐ右横にいた幼い少年の顔をした妖精も、答えずに消えた。

 妖精たちがそれほどの力を使わないと死ぬを、負っているということだ。

 そのことにぞっとする。けれど、自分のせいで妖精たちが死んでゆくのも怖かった。

 でも、舌がかわいて動かない。やめろという言葉が、出てこない。

 掌大の小さな妖精がくるりと後ろを振り向いた。おかを上ってきたマグネス王国の兵士がいたのだ。掌を向け、その兵士の全身に火をつけた。兵士は悲鳴をあげて丘を転がり落ちていった。

 それを最後に、小さな妖精は力を使い過ぎて消えていった。

(やめろって、言わなくちゃ。だけど、もし言って、見捨てられたら──)

 何もできない自分の代わりに、妖精が近づいてくるマグネス王国の兵士を焼きはらい、あるいは水でめ、土をあやつり足を留めて風で切り裂く。その度に妖精は消えていく。

 次々と死に絶えてゆく仲間を目にしても、妖精たちは命をかけて傷を治し続け、敵をほふることをやめなかった──。

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