第13話 旅で得た多くの技術
場所の問題なんてのは、どこにでもある、ありふれたものだ。
たとえば自室にしたってそうだろう。広さには限りがあり、それをどう使うかに頭を悩ましながらも、ああもう少し部屋が広ければと思うこともあれど、どうしたって、今あるスペースをどう使うかに尽きる。
つまり結論から言って、山のふもとに
どれほど自分が動かずとも良い設置をしたところで、珈琲を求めれば水が出る場所まで移動しなくてはならない、自室と同じである。
テント生活はそれなりに快適ではあったし、生活するだけの準備もできている。畑の野菜もあるし、小動物などを狩れば肉も食える――贅沢をしないならば、充分だ。
開始から十五日ほど、ようやく資材が揃った。設計図と睨めっこして、何度も確認したのにも関わらず、転がしてある丸太には、それぞれのサイズで予備が一つずつ作ってある。
――プラモデルとなにが違う?
そうジニーに言われたのが切っ掛けだ。だったら予備パーツもあった方が安心だと、そういう考えである。最初から全て成功するとも思っていないのも、その行動を後押しした。
しかしここからどうすべきか――鍋で水を沸騰させ、フィルターに乗せた粉の上にゆっくりと流し、ぽたぽたと落ちる珈琲の液体を眺める――と。
ふいに、その気配を感じてナイフだけを抜いた。
――なんだこれは?
今までに感じたことのない気配。自然のものとは違うのに、自然の中に溶け込んでいる。普段から山に入ったり、風を感じたりしているからこそ、その小さな差異に感覚が及んだ。
「――へえ?」
玄関を開いて顔を見せたジニーが、ナイフを抜いている芽衣を見て、小さく目を細めた。
「なんだ、気付いたのか」
「ふむ?」
「来客だ。撃退しなくていいから、対応だけしといてくれ」
「それはいいが、貴様の客か?」
「似たようなもんだ」
それだけ言って室内に入ってしまう。不思議と、屋内で過ごしたいなあとは最初から思わなかったのだが、何故だろうか。
そっとナイフを鞘へと戻し、そのまま珈琲が落ち切る頃、道路側から男が顔を見せた。
「よう」
「――ふむ」
東洋人の風貌であり、ジニーよりも背丈は高いが、細身だ。
「とりあえず挨拶の前に一つ危惧していることがある」
「どうしたよ」
「師匠には野郎の友達しかいないのか? あまりにも不憫だがヤツの人生だ、私が口を出すべきではないんだろうが、野郎ばかりだな!」
「俺のほかに誰が来たよ」
「
「誰だそりゃ」
「ふむ? 師匠の知り合いで今のところ私が知る唯一の女であるところの、この私のことだが?」
「お前いい性格してるな……
「――もしかして、今の感覚はエスパー特有のものか?」
「なに? 気付いたのか?」
近づいてきて止まったので、ステンレスのカップに入れた珈琲を渡した。
「寒かったろう、飲め。やや熱いかもしれんがな」
「ご配慮どうも」
「私は基本的に優しいからな――師匠以外には」
「なんだ、美味いな」
「それは私の腕ではなく豆の良さだ」
「謙遜だな」
「私が謙虚に見えないなら、眼科に行った方が良い。それに、私が気付いたことに、そちらもわかったはずだが?」
「探りを入れられたように感じたのか?」
「感じたのは〝糸〟だ。しかも細く、それが絡み合ってようやく太さを感じるくらいの。生理的嫌悪よりも怖さが先立って、ついナイフを抜いてしまった」
「怖さ? そりゃ一体、何がだ?」
「こう言っては何だが」
相手に合わせるよう芽衣は立ち上がって、珈琲を片手に吐息を一つ。
「――あ、煙草は好きに吸え。私は気にしない」
「そりゃどうも」
「貴様は糸を作ってる。ならばそれは、糸以外だとて作れるはずだ。汎用性が高い。編んで物を作るように、な」
「それで恐怖か?」
「ああ、そうだ。つまりエスパー便利だな?」
「そこまで見抜くヤツは、初めてだな。面白い感覚を持ってやがる」
「そりゃどうも。それで? そもそも、あれは何だ?」
「エスパーはそれぞれ、特有の感覚を持つ。能力を超えるからこその超能力だが、それ自体が感覚の延長になる」
「待て。それは本来、私が気付くべきものではないだろう?」
「……どういう育て方してんだ、あの野郎。何故そう思う?」
「貴様が行ったんだろう、特有のものだと。それは個性であり、個人差があるもので、一律ではないと証明したようなものだ」
「〝結果〟が同じでもか?」
「火がある現状を見て、私の努力が察せないヤツを、鈍感力が高いと評するのならば、それは同じなんだろうな」
過程が違えばそれは、決して見逃してはならない点でもある。
「エスパーにとって、感覚は切っても話せないもので、形を変えようとして成功させるのもまた、難しい。たとえば俺の娘は〝手〟だし、息子の方は〝水〟だ」
「ESPに関しては、実際に見たこともないし調べた範囲での知識しかないが」
「できることは、それほど多様じゃないなあ。簡単に言えば、人にできないことは、できない」
「ではテレポートはどうだ?」
「テレポだって同じだよ。ESPを使って、あっちからこっちに移動させるようなものだ。物を浮かせるのだって、両手で持ち上げたるのと同じだろ」
「支払う労力も同様か?」
「まさか、両手で持ち上げた方が楽なもんだ。それでも感覚を使わないほど間抜けじゃない」
「感覚の話は嫌というほど、師匠と話した」
「ここで、あいつと二人か?」
「基本的にはな。来客はキリタニとアキラくらいなものだ。それよりも熟、貴様はどうした。アキラに言われたか?」
「んや、ジニーに誘われたんでな。ちょっとアメリカまで遊びに行って来ると言った時の、俺の息子の顔ったら、あんな嫌そうな顔はそうそう見ないぞ。ははは、確か年齢はお前とそう変わらんかったか」
「なんだ、まだ独り立ちもできんのか?」
「俺がこの姉の面倒を見るのか⁉ って叫んで頭を抱えてた」
「はははは! そいつはいい、写真を撮って額縁に入れて飾るべきだな」
「お前性格悪いな?」
「ジニーと比べれば優しいものだろう?」
認めてるじゃねえかと、熟は煙草に火を点けた。
「キャンプの時期にはまだ早い」
「だから小屋を建てる」
「図面は引いたか?」
「私にそこまでの技術はない。師匠が引いたものだ。ちょうど、資材を揃えたところでな、どうすべきか手順を考察していたところだ」
「どれ、図面を見せろ」
「これだ。すまんが、私の書き込みがある」
「気にしないよ。――ああ、なんだ、うちにある倉庫と似たような設計だな。もっともうちは、農業用倉庫にしてて、トタン屋根だが」
「――それだ」
空になったカップを指先でもてあそびながら、芽衣は腕を組んだ。
「脚立を自作するのはそれほど困難ではないにせよ、屋根の素材を未だに悩んでいる。板張りにするのもいいが……」
「
「本を中に入れたい以上、雨漏りは避けたい」
「だったら雨漏りがあっても問題ない本棚を作れ」
「そもそも避けられないものだと?」
「その可能性を低くすることはできるが、世の中に絶対はないぞ?」
「む……」
「薪でいいから一つ寄越せ、それから木槌とみの」
「少し待ってくれ」
「一応聞いておくが、ほぞやクサビ打ちのやり方は?」
「なんだそれは」
「木の組み方だ。釘打ちだと、どうしても力が偏って壊れやすい。やらなくても補強の仕方で力は分散するが――」
「知っていてやらないのと、知らないのは違う。そうだろう?」
「その通りだが……ガキの癖によくそんな考えが出るな」
「師匠からそう教わってる」
「教えるのは簡単だ、口に出して言えばいい。だがそれを飲み込んで学習するのはお前だ。教育なんてものの成果は全て、育てられた側が手にするものだ」
「本人がどう考えてるかは知らんが、師匠にとっての成果はないと?」
「あいつとの付き合いは?」
「そろそろ二年だが……」
「その二年の結果、今のお前がここにいる」
一息。
「――それ以上の〝成果〟があるか?」
「……、よくわからん」
「いつかわかるから、気にするな。さて、木組みの話だが屋根に関しての話をしよう。鉛筆は?」
「あるぞ」
「だったら話は早い、工具はお前にやるよ。たとえばこの
「実際、小屋の木組みにも使うつもりだが」
「組み立てるだけなら簡単だが、揺れに弱く抜けやすいって欠点もある。これを天井でやると雨漏りだらけだ」
「その上に、わらなどを敷いてやればどうか?」
「やや拙速だな。俺ならまず、板を重ねるところからだ」
「重ねる?」
「細工は必要だが、一番簡単なのはこれだ」
丸形の薪に対し、L字を描くようにして線を入れる。
「立てた状態で二つに分割し、途中でそれを切ればこのカタチになる。切れ目をいれた長さぶんだけ、二つの板が重なるわけだ。まず、仮に雨があったとして?」
「……重なっているぶんだけ、雨漏りは少ない」
「これの欠点は、重ねる部分の長さだ。資材が多くあれば解決できるが、重ねれば重ねただけ、同じ枚数なら面積そのものが小さくなる。だが、重ねる部分が小さければ、補強が難しい」
「そうか! 小さく重ねても効果はあるだろうが、釘などで重ねた部分を補強する際に、割れやすく、仮に割れ目が小さかったとしても、全体としてみれば大きな傷になりうる」
「そこで、
「わかった。……しかし、そんなに違うものか?」
「まあな。単純な作業時間は確実に増える。少なくとも凹の部分には、みのが必要だ。慣れればどうということもないが――ま、作ってみればわかる。どれ、片方は俺がやってやろう」
「熟、貴様は優しいな!」
「どうせこれから、嫌ってくらいやるはめになる」
「さすが師匠の知り合いだな、性格が悪い……」
「評価が行ったり来たりしてるなあ、おい」
どっかりと地面に腰を下ろし、両足を使って木を固定しながら、すぐに作業を始める。芽衣よりもよほど、手際が良い。
「専門か?」
「いや、うちはラン園を経営してる農家ってだけだ。こういう技術は昔、旅をしていた頃に
「――人生は旅だ」
芽衣がそう言えば、これ以上ないほど熟は嫌そうな顔をした。
「おい」
「師匠から聞いたことだ、文句はあいつに言え」
「昔のことをまた……まあだが、あの頃は楽しかった。ほれ、できたぞ」
「早いな、もう少し待ってくれ」
「速度を競ってるわけじゃない、のんびりやれ。というか、ジニーのクソッタレはどうした」
「貴様をもてなす料理を作ってるんじゃないのか? どうせ酒も出るだろうが、師匠にはあまり飲ますな。私がいないからといって羽目を外すと後が面倒だ」
「大きなお世話だと野郎なら言いそうなものだ」
「できたぞ」
「よし、はめてみろ」
受け取った木に対してはめ込んでみるが、半分ほどしか入らない。すぐに気付いて木槌を手元に寄せて叩いてやると、一打ごとに入っていき、ぴたりと二つが繋がって、一本になる。
「ずいぶんと――思っていたより、しっかりはまるんだな」
「多少のサイズ調整を入れておいたからな。叩いてはまるなら問題ない」
「ふむ……そこにある資材、まずは鳥居の形を作って立てようと思っているのだが」
「どう鳥居の形を作る? 釘か?」
「そのつもりだったが、どういう方法が良い?」
「縦の支柱に対して、横の木を入れるんなら、台形の組み方が一番だ。今作ったものは長方形だが、違う方向になるからな」
「つまり、立てた木に穴を空け、横の柱の先端を台形にして、上から押し込むのか?」
「効果は?」
「まず――そうだな、ただ上に乗せるよりも安定する。一見して弱そうに見える繋ぎ目だが、実際にはそうでもないのか?」
「補強を入れるんだよ。二つを繋げた角に対して、板を斜めに通して二つの柱を釘で留める。ただし、わかっているとは思うが、実際にやると失敗するからなこれ」
「――、なぜだ?」
「鳥居だけを作るならいいが、実際に小屋ならば長方形か、四角形。たとえば四隅にしたって、一本の柱に対して横の柱は二本必要になる」
「む……」
「だとして、現実的には?」
そいつだよと、芽衣が手にしている繋げた木を示してから、熟は煙草に火を点けた。頷きを一つ、芽衣も二杯目の珈琲を用意する。
「柱に穴を空けておいて、そこに差し込む方法だ」
「長さを調整してやれば、穴は逆側まで通しても?」
「構わないさ。どうせ、その部分を板と釘で補強もできる」
「そうか……この方法一つで、大きく見方が変わった。さすがだな貴様、無駄に年齢を積み重ねたわけではないらしい」
「言ってろクソガキ。それと屋根の設計に関してだが、どう考えてる?」
「山の形では駄目なのか?」
「普通の家ならな。よっこらしょ……」
「掛け声がなくては立ち上がれんのか貴様……?」
「躰は重くなるばっかで、加齢を嫌ってほど意識させられるよ。見たところ、コンクリで床を作るわけでもなさそうだ。土間のままだろう? 大雨が降って落ちれば、その水がどこへ行くのかを考えろ」
「なるほど、簡単なことだ。入り口から水が入り、土はぬかるんで避難場所じゃなくなる。だったら、屋根は一枚にして斜めに設置……したいが、今の材料では少し足りんか」
「繋ぎが有効とはいえ、あまり多くてもな。一番簡単なのは〝
言えば芽衣は視線を上げ、目の前にある家の外観に目を向ける。
「屋根から落ちた水を流すあれのことだな。山を背にしてるから詰まっていかんと、以前に師匠が言っていて、私が掃除をしたこともある。だが、どうやって作る? それも木を削って似たような形状にするか? 竹は一時的でしかないだろう、あれは劣化もする」
「もっと簡単な手がある」
「少し待て。……ん? 簡単か?」
「板に対して、板を立てるなら、同じくはめ込めば問題ない」
「それはそうだが……」
「水平を出すってのは、器具を使って精密に出しても、基礎を打たない建築においては、将来的に当てにはならん。けど、片側だけの傾斜ならば比較的簡単に作ることができる。距離の問題はあるが、小屋一つならな」
「つまり、屋根を背中側に倒す傾斜のように、だろう?」
「そこに小さな返しを作ればどうなる?」
「――そうか! 流れ落ちた水がそこで当たり、どちらかに傾斜をつければ一ヶ所に水を流すことができる! 考えてみれば簡単なことだ、水路と同じじゃないか」
「雨水を溜める必要がないなら、地面に落ちた先のことも考えた方が良いんだが、それは問題に直面してからでも、そこまで作っておけば、どうとでもなる」
「勉強になる」
「旅をして世間を知った時に、俺も勉強したんだよ。それを誰かに教えるってのは、面白いもんだ」
「だから旅をしろ、ではないんだな?」
「同じ旅をしたって得るものは別だ。なら、俺が俺の旅で得たものは、俺だけのもの。してみたらどうだと言うことはあっても、俺が知ってることを、わざわざ知るために出かけろとは言わないさ。何しろここで今、お前は実践できる」
「なるほどな……」
「ただ、基礎を打てとは言わないが、柱を立てる位置には穴を掘ってだな、そこに大きめの石を埋めて、その上に立てろ。腐敗防止用にコールタールでも塗った方がいいんだが――そこまでは準備していないか」
「コールタール?」
「液体でな、木材の防腐剤として使うんだ。土に埋める部分は塗っておいた方が長持ちする――おいジニー、てめえ今頃ツラ見せて何やってんだ」
「おう、いろいろ準備をな」
玄関から出てきたジニーは、ちらりと芽衣の傍に視線を投げて、状況を把握して小さく笑った。
「熟、時間はあるんだろ? 今夜は高い酒を出してやる」
「ああ? お前がそう言うってこたあ、面倒な仕事をしろってことだ」
「ここから小屋を作るにゃ、チビガキ一人じゃ事故に繋がりかねない。そこで? 自前で資材用の小屋を作ったクソ老人が手伝えば、その危険性は低くなる上に、完成度がちょいとばかり上がるってわけだ」
「これだ。朝霧、お前本当に、よくこいつと生活できるな?」
「もう慣れた」
その時の表情を見た熟は、実家に置いてきた息子の表情にそっくりだなと思い、つい笑ってしまった。
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