第3話 態度と口が悪い少女
アメリカの田舎に、ジニーの別荘はある。
そもそも危険に飛び込むような仕事だ、報酬は良い。命を賭けるか人生を賭けるか、だいたいの仕事はその二つのどちらかである。ゆえに、溜まった金を使って土地を買い取ったその別荘は、山の奥であり、車を走らせても三十分以上かかる。
ちらりと助手席を見れば、まだ四歳か五歳といった少女が座っており、どこかむすっとした表情をしていた。
起きてしばらく、飛行機で移動している最中などは、どこかぼうっとしていたが、悲しみを抱いているけれど、それを〝納得〟している様子が見えた。
こんなガキが、冷静に現実を視認しているのだから、世も末だと思ってしまう。
狩人はもちろんのこと、軍人にもこの現実主義に似た思考を持つ者は多い。
感情はあるのだ。悲しいし、怒りを抱くこともある。だが、現実を間違えないのだ。覆らないそれを、認めて飲み込む。腹の中に溜め込むわけではなく、そういうものだと認識したら、受け入れてしまうのだ。受け止めると言ってもいい。
芽衣にしてみれば――両親が殺された。自分も殺されて新しく始まっている。
その現実を前にして、どうしてこんな目にと嘆くこともなければ、なんでだと理不尽な怒りを周囲にまき散らすわけでもなく、ならば自分はどうすべきかと、現実を見るのだ。
はっきり言って、それは好ましい思考ではない。
一般人が持っていて、褒められるべきものではないのだ。しかし、事実として、こんなクソガキがそうであることが、ジニーにとって楽なのだから、あえて矯正せずとも良いと思ってしまうのだが――。
「しっかし、俺は子育てなんかしたことねえぞ……」
問題はそこだと、思わず呟けば、芽衣はどこか偉そうに両腕を組み、ふむと頷きに似た態度をとる。ガキが一丁前に恰好をつけてと思うのだが、しかし。
「安心しろ」
声だけ聴けば可愛らしいのに、言葉のチョイスがまたおかしくて。
「わたしも子育てなんて、したことないからな」
なんでこんな態度なんだと、生きていたら芽衣の両親に問い詰めていたことだろう。無理をしている様子もなく、ごくごく自然に、こんな態度をとっているのだ。
「そりゃそうだろ」
「うむ、あたり前のことだ」
「……なあ、芽衣」
「どうしたジニー」
「お前、なんでそんなに偉そうな態度なんだ?」
問えば、腕を組んだままこちらを見ていた芽衣が視線を逸らして前を向くと、首を傾げてから、しばらくして。
「……きさまがわからんものを、わたしがわかると思っているのか?」
「お前ね……?」
「なんだ、何が言いたいんだきさま、はっきり言え!」
「いやもういい、いいよ芽衣、そのままでいい」
いちいち突っ込むのに疲れそうだったので撤退だ。
「まったく、男はこれだから駄目なんだ」
「あ?」
「もんくがあるなら、駄目じゃないところを言ってみろ!」
「あーはいはい」
なんだろうこれ、立場をもうちょっとわからせてやるべきか……?
朝霧の両親は元米軍情報部に所属していた。ジニーはその頃からの知り合いで、今回の件にしたって、どうして起きたのかもすべて把握している。しているが、まだ話してはいなかった。
軍人の子供はみんなこうか? ――断じて否だ。むしろ、軍人気質であるがゆえに、やたらと甘えさせて育てる傾向が強い。一体どんな育て方をしたんだと、天を仰ぎたい気分だった。
――無理をして演じているのならば、納得もできるのだが。
飛行機の中で、親になるつもりなのかと問われ、ジニーはそれを否定した。あくまでも、ただの保護者であって、お前の両親は死んだ二人だけだと。その答えには、どこか嬉しそうに、そうかと頷くのだから――まったく、ガキには見えないから困る。
山を越え、農道を走っていれば、白色の二階建ての住居がぽつんとあり、車を停めた。山に囲まれている地形だが、実は、ぐるりと見渡した範囲すべてが、ほとんどジニーの所有物であり、私有地だ。
「ここだ」
「ふむ……それは感想のさいそくか?」
「催促なんて言葉、よく知ってるなお前」
「きさまが知らんかったら笑ってやる。静かでいいところじゃないか。銃声がひびいても心配いらんな!」
「まったくもってその通りだ――ほれ、中に入れ」
「うむ」
玄関のマットで靴を軽く拭いてから中に入れば、芽衣はまず。
「立ち入りきんしの部屋はどこだ?」
「鍵がかかってねえ場所なら好きに見ろ。俺はしばらくリビングにいる」
「わかった」
言ってから、果たしてちゃんと鍵をかけただろうかと考え、まあいいかとリビングのソファに腰を下ろすと、ジニーはすぐ煙草に火を点けた。武器庫になっている部屋は、そもそもしばらく使っていないので、間違いなく鍵がかかっている。それ以外は問題ないだろう。
さて――。
落ち着いて考えるのはやはり、これからの生活だ。
誰かを育てる、なんてのは軍訓練校くらいしか思いつかない。元をたどれば米軍出身であるし、狩人になってからも低ランクの時はよく顔を出して指導をしていたが、そもそも芽衣は軍人ではない。
可能性を広げてやりたいとは思うものの、やり方を知らない。こうして考えていても、せめて銃器の扱いくらいは教えないとな、なんてものが浮かぶのだから、どうかしてる。
欠伸が一つ、煙草を消してソファに横たわった。
まあなんとかなるだろう、そんな楽観視。他人との付き合い方なんてのは、今まで嫌というほど覚えてきたし、その相手がガキであったところで、身構えれば疲れるだけだ。
とりあえず上手くやっていけばいい。小難しいことは、あとで考えればなんとかなる。
――いつの間にか、眠っていたらしい。
昼を食べてから移動してきたので、到着が十三時過ぎだったろうか。眠っていたことに気付いて時計に目を走らせれば、既に十六時を回っている。声をかけられたり、触れられれば必ず起きる習性があるので、あるいはこの部屋に戻ってきていないのかもしれない。
躰を起こし、煙草に火を点けてから、どっかの部屋で寝ているのかと探りの手を伸ばせば、そういう様子もなかった。
夕食をどうするかは、それほど問題ではない。衣類と一緒に食材も買ってきてあるので、あとは料理をすればいいだけ。手の込んだものでなければ、すぐ済む。
――お前はどうなんだ。
そう芽衣に問われた時、ジニーは返事に困った。ただ、引き取ることが嫌っであるとは一切思っていないとは答えたが、逆に言えば、好んでいるわけでもないのだ。
あまり責任を負うな、だなんて、ガキに言われれば苦笑の一つもしたくなる。大きなお世話だ、と。
「本当に朝霧は、なんつー育て方をしてたんだ……」
生き残った弟が、こんな性格じゃないことを祈ろうと、煙草を消して立ち上がった。
冷蔵庫の中から水のボトルを一つ手にして二階へ。書庫にいるのはわかっていたので、はて、魔術書の類は置いてあっただろうかと記憶を探るが、よく覚えていない。そもそも、別荘を購入したはいいが、年に一度も来なかったし、ここのところは足も遠のいていたので、細かい部分まで記憶していないのだ。
がちゃりと扉を開けば、芽衣は床に張り付いていた。
何をしている? ああ、そんなものは見ればわかる。三冊ほどの開かれた本、書見台の上にあったメモ用紙が足の置き場もないほど散乱し、その中央で芽衣はペンを走らせていた。
子供が本に熱中している姿ではない。むしろ、おもちゃであれこれ遊んでいる様子に見受けられるが――しかし、その実は違う。
「芽衣」
「……? ああ、ジニー、どうした? トイレならつき当りを左だぞ」
「俺の家だから知ってる。とりあえず水」
中央付近の芽衣の横にボトルを置けば、そういえば喉が渇いたと手に取る――が。
「む……このキャップ、さてはわたしがきらいだな?」
「ああ悪い」
まだ自分じゃ開けられないかと、開封してやると、勢いよく飲みだした。ジニーが配慮しなかった、というよりもむしろ、熱中し過ぎて忘れていたのだろう。
「まさかこんなのを学んでいたってわけじゃねえんだろ」
「ああ」
床に落ちたメモを一枚手に取れば、プログラムコードの断片が記されている。基礎を教える本に、実際のコード配列の本。それらを比較しつつ、何がどういう仕組みでプログラムになるのかを探っていた――という感じか。
「ひまでひまで、きさまをなぐろうと思っていたが、本を読むのは好きだからな」
「ふうん……じゃ、一般教養と同時進行で、電子戦覚えろ。学校の勉強なんて後回しだ」
「うむ、これはなかなか面白いぞ」
「文字は読めるのか?」
そこが問題だと、芽衣は腕を組む。ここにある本は基本的に
「にちじょう会話くらいはできるんだけどな」
「へえ? ちょっと話してみろよ」
「
「もういい……日本語でいい」
「なんだまちがってるか?」
「通じてはいるが間違ってる。つーかそれ、聞いて覚えたろ」
「うむ、おやじの知り合いがなー。まあ多少は読めるし、なんとかなるぞ」
勢いとノリだけで会話をする手法に加えて、スラングばかりを耳にするとこうなる。悪い見本だ。
「飯、なにか食えないものは?」
「変なものじゃなければだいじょうぶだ。ぜいたくは言わない、食えるだけマシ。そうだろう?」
「その通りだけど、お前みたいなガキが言うな」
「なんだと?」
「飯を作ったら呼ぶから好きにしとけ。……ん? 好きな食べ物はあるか?」
「肉だな!」
「そうかい」
山に入って猪でも狩ってくるか、と頭をよぎったが、今日はとりあえず買ってきたものでいいだろうと、階下へ。
キッチンはそれなりに広いが、やや埃が目立ったため軽く掃除をしてから開始する。仮にも狩人だ、食事くらい作れるし、頼まれればフルコースだとて可能だ。自慢するようなものじゃなく、こんなのは〝当然〟である。
そもそもランクA以上の狩人――つまりA、S、SSには、専門を持ってはならない規則がある。器用貧乏ではなく、何でもできなくては、そもそもランクAになることができない。
ゆえに、ランクそのものが純然たる実力差だ。
「――っと」
調理の待ち時間に携帯端末を操作して、いくつかのサーバにアクセスして、目的の情報を取り出しておき、別荘のプリンタに出力を命じておく。
食事を作り終えて呼べば、飛ぶように降りてきた。どうやら空腹を感じてきたらしく、すぐに食べ始める。
「一応聞いておくが芽衣、何かやりたいことはあるか?」
「ここは、しょくぎょう案内所か?」
「だからなんでお前はそういう返しを……で?」
「よくわからん。ただ、ジニーは狩人だろう?」
「まあな」
「いろいろ覚えたいとは思ってる。だが、……興味があるのは、軍人だ」
「ろくなことはねえと、周りから言われてんだろ」
「よく言われる。だから、興味だ」
「……ま、全部ってわけじゃねえにせよ、俺の知ってることは教えてやるよ。飯を食ってからも好きにしていいが、あー、二階に寝室があったろ」
「ベッドのある部屋だな」
「そうだ、お前はそこを使え。つーか俺使ったことねえ」
「きさまはどこで寝る?」
「リビングのソファ。だいたい起きてるから、何かあれば言え。風呂を使う時だけ一声かけろ。それと、朝は五時起床な」
「なんだ四時じゃないのか」
「へえ?」
「うちは朝が早くてな……おふくろの手伝いするから、四時だったぞ」
「なら問題ないか。あとは――食事に関しては、好きに食え。食いたいだけ食ったら、そのぶん動かせるけどな」
「食料は買うのか?」
「定期的に下山して俺が買ってくるさ」
まあそれも、最初の内だけだがとは思うが、口には出さない。
「――ごちそうさま」
「洗い場に置いとけ。今度、足場を買ってきてやるよ」
「それまで洗い物は任せたぞ。わたしはさっきの続きだ」
「おう」
食事が早いのは利点だ――と思うのも、軍育ちだからか。
手早く洗い物を終わらせ、煙草を咥えながら一階のサーバルームへ。いくつかの端末や周辺機器も置いてあるが、ここのサーバは基本的に記録保存専用だ。アクセス経路がないスタンドアロンだが、常時起動はさせてある。とはいえ、もう独立させておく必要もないだろう――とはいえ、作業は後回し。
プリンタから排出され、床に落ちたものも拾い集めれば、ざっと八十枚ほど。初心者向けではないにせよ、電子戦の初歩、セキュリティを組むためのコードだ。
とはいえ、この初歩というのは、多くあり、そしてどれを選択しても、実際には変わらないのだ。
たとえば攻撃プログラム、簡単にはウイルスと呼ばれるコードから学んだ者は、どうやってセキュリティを突破するかを思考しつつ組み立てる。この時点で、どう足掻いたってセキュリティに関して無関心ではいられないのだ。逆も然り、セキュリティを覚えれば、どうやって攻撃を受けるかを想定しなくてはならない。
何であれ、まずはコードを組んでプログラムを作らなくては始まらない。ジニーに言わせれば初歩とは、プログラムを作るプログラムを自作しろと言いたい気分だが、それはまだ早い段階だ。何をどう使うかもわからないのに、のこぎりだけ持って伐採を始めるのを、馬鹿と呼ぶのである。
さてクリップはどこにあったかと視線を走らせたが、その前に着信があって、付属のインカムを引き抜いて耳につけた。
「はいよ」
おう、と声を発した相手は、朝霧家の事件を処理していた男だ。
『駄目だなこりゃ』
「あー……」
主語が抜けた言葉に、納得のため息が一つ。
軍部を間借りするかたちで、インクルード
米軍だとて、酔狂で間借りなどさせない。利益があってこそで、利がないのならば損切りをするよう、捨てるのが一般的だ。それをどうにか誤魔化していたのも、ジニーは知っている。
結局――簡単に言ってしまえば、朝霧家の事件は、インクルード9の人間が実働として動かされた時点で、相手の男、
出し抜こうとした結果としては、ありふれている。被害者はたまったものではない。
「バラすか?」
『上と相談ってところか。生存者一名は、祖父母が引き取るそうだ。そっちは?』
「教材の手配をどうするか困ってる」
『あ? 何に困るんだそんなの』
「俺が手配すりゃ、足がつく」
『ああ……じゃあ俺の名前を使って手配しといてやる』
教材なんてものはいろいろあるが、ジニー個人が必要とするものではない。ゆえに、手配すればそこから、ジニーが後継者を作っている、だなんて悟られかねないのだ。有名であるからこその弊害か。
「リストで送信――ん、第一弾は今日中に作っておく」
『わかった。上手くやれそうか?』
「まだわかんね」
素直に、そう思う。
「ただ、上手くやんなきゃな。実際、随分としっかりしたガキだ――口と態度が悪い」
『ははっ、そいつはいい。年齢を考えりゃ間違っていると評価を押し付けたくもなるがな』
「まったくだ。一年か二年すりゃ、方向性も見えるだろ。ツラ出すのは、そんくらいにしとけ」
『忘れた頃にってか?』
「責任を感じる必要はねえって言ってんだよ。――罪滅ぼしってわけじゃねえが、生存者一名に関して、学費やら生活費やらは一括して、適当に毎月振り込みをする。俺のやり方で手配するから、辿れない金の流れでも、無暗に突っつくなよ」
『俺は椅子に座ってクソ面倒な書類を見るのが仕事で、そいつは管轄外だ』
「言ってろよクソ野郎、似合わねえんだよ。昔を思い出せ」
『そいつは想い出で、笑い話だろ』
「……ま、そうかもな。何かあったら、こっちから連絡する」
『緊急時以外は、連絡しねえよ。――個人的に』
そのまま通話を切ろうとした気配。だが、思い直したように、相手は。
『お前はもう、現場に出ない方が良いと、そう思う』
「……ありがとな、アキラ」
『ふん、余計なことを言った。じゃあな、ジニー』
「おう」
通話を切断して、見つけた大型クリップで紙を留めて、インカムを外す。
――ああ、わかっている。
自分の躰に、相当なガタがきていることだなんて、無理をしてきた人生を振り返れば、自明の理だ。
最近はいつだって、これが最後の仕事かもしれない、なんて思って、現場に足を向けていた。しかし今回の件で、無駄に命を長らえることになって――ああ、いや、違うか。
朝霧芽衣が、ここにいる。
ならば、そう、無駄になることは、ないかもしれない。
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