第1章その4 ただし二次元に限る


「睦実、大変な目に遭いましたね。無事で本当に良かった」


「は、はい……」


 数分の後、私は学園長室に呼び出され、部屋の主と向き合って座っていた。


「聞きましたよ、睦実。あなたは『封魂の乙女』だけが使える呪文を口にしたそうね」


「はい。……何も、起きませんでしたけど」


「なぜ、あの呪文を口にしたの?」


「なぜって……」


 ゲームの中で、ソフィアが使っていたからだ。それ以外の理由はない。


(とりあえずここは……)


「心の中に、あの言葉が自然と浮かんできたから、です」


 ゲームの内容に沿った答えを返しておく。


「そうですか……」


 学園長は顎の下で指を組み合わせ、大きく息を吐いた。


「私の学園の子たちにこんな苦難は与えたくなかったけれど、仕方がありません。あなたにはこれから、『封魂の乙女』として、メトゥスと戦ってもらうことになります」


「あっ、はい」


 展開は既に知っていたため、つい間抜けな返事をしてしまった。

 あまりにもあっさりと承諾した私に、学園長が怪訝な表情になる。


「睦実、私の言っていることを理解していますか? あなたは過酷な運命に身を投じることになるのですよ?」


「えぇ、まぁ、そうですけど。基本一本道シナリオですし、他に選択肢はないかな、と」


「一本道シナリオ……?」


「学園長先生」


隣に控えていたマノン先生が私の側に来た。


「すみません。この子、朝から時々妙なことを口走るのです」


「妙なこと?」


「えぇ。私にもよく分からないのですが……」


 戸惑ったような視線を向けてくるマノン先生に、私は曖昧な笑みを返した。


(それにしても、いつまでも終わらない夢だなぁ……。何章まで見せてくれる気かな? それに、現実ではまだ授業が始まらないの?)


 授業が始まれば、誰かが起こしてくれるはずだけど。


(放課後まで、担任を含むクラス全員からスルーされてるなんてことないよね? 居眠りで放課後まで放置って、さすがにきついんですけど。かといって、自力で目覚める方法なんて分からないし……)


 難しい顔でもしていたのだろうか。学園長先生が私を見て、深く頷いた。


「よろしいでしょう。睦実、あなたは既に覚悟が出来ているようですね。このムーシカの平和はあなたを信じ、委ねることにいたします」


「あっ、はい」


 ゲームで既に一度見た場面なので、特に感想らしいものはない。私は〇ボタンを押すように軽く承諾した。


「では、睦実。あなたと共に戦う、頼りになる仲間たちを紹介するわ。こちらへいらっしゃい」


 マノン先生が先に立って別室に私を誘う。


(あ、この展開って……)


 マノン先生の後をついて廊下を歩きながら、私は思い出した。


(応接室で攻略キャラ6人と顔合わせするシーンじゃない!)


 ゲームと違い、先程は思わぬトラブルの為、中庭で全員と出会う羽目となったけど。


(あの扉の向こうに、6人の攻略キャラが立っている……)


 廊下を進みながら、私の額にはびっしりと冷や汗が浮かんできた。


(聖洞みんと先生の超美麗グラフィックで、イケボの皆さんが3Dで……)


「さぁ、こっちよ、睦実」


 マノン先生が応接室の扉を開く。


「この方々が、あなたと共に戦う……」


 マノン先生の言葉が終わらぬうち、私は全力で扉を閉めた。


「え? 睦実!?」


 扉の向こうから聞こえる、マノン先生の戸惑った声。


「何をしているの睦実? なぜ扉を閉めるの?」


「無理です、私には無理です」


「無理って……、さっきは運命を受け入れるって」


「違います!」


 私は取っ手を握りしめ、マノン先生が扉を開こうとするのを全身全霊で阻止する。


「無理です! 無理! 二次元の超美形攻略キャラが実体化して3Dとか、もはやただの三次元のイケメンじゃないですか! 嫌です、イケメン怖い!」


「何を言っているの、睦実? ここを開けなさい!」


「しかも全員イケボとか、完全に私の心臓止めにかかっているじゃないですか! 無理です、心臓が持ちません! 城之崎翔なんて『ん?』の一言で耳から妊娠させられる怖ろしい声の持ち主なんですよ?」


「睦実! わけの分からないことを言ってないで! 睦実!」


「無理です死にます、恐怖とキュンで即死決定です!!」




§§§




 数分後、しびれを切らしたベルケルが応接室の扉を破壊。


「結局てめぇは、どうしてぇんだ!? ぁあ!?」


と凄まれたことで、私は反射的に『封魂の乙女』の任を承諾することになる。



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