第4話 同居をとりつけに交渉に行った!

【3月6日(日)】

朝、目覚めると、美香ちゃんは布団の中に居なかった。今日は日曜日、時計を見るともう8時。今日も天気が良い。


リビングに行くと朝食が準備されている。美香ちゃんは昨日買った部屋着に着替えている。着こなしが良いし可愛い。僕を見るとおはようございますと言ってはにかんで笑った。やはり、笑顔は見ていて良いものだ。


朝食を食べながら、美香ちゃんに、今日は日曜日なので、叔母さんのところへ行って美香ちゃんとの同居の話を付けてくるのはどうかと話した。


美香ちゃんは叔母夫婦の顔を見るのはいやだと言った。でも、同居の承諾はどうしても必要だと言うと、もしお願いできるのなら、話をつけてきてほしい、そして、少しだけど自分の荷物を持ってきてほしいという。


「それなら、今日行ってこよう。まず在宅か確認しよう」と電話する。美香さんのことでお訪ねしたいというと、1時に二人でいるから来てくれと言う。


住まいは西新井、ここから随分遠い。ここからは自由が丘に出て日比谷線経由が楽なので、11時には出発した。


美香ちゃんは、4階建てアパートの手前で、来た道にあった公園へ引き返した。そこで待っているという。古いアパートだ。2階の203号室をノックして中に入る。中で叔母さん夫婦が待っていた。


「こんにちは。美香さんのことでお訪ねしました。私、石原と言います」といって菓子箱を差し出した。


「美香はどこに居るんですか」


「美香さんは、お二人にお会いしたくないといって、僕の家にいます。先週の木曜日に家出されていたところを保護しています。家に帰りたくないと言いますので、当面、私の家に同居させたいと思い、ご承諾をいただきに参りました」


「どうせ、美香に言い含められてきたんだろう。私の亭主を寝取ったんだから」


「そんなことはありません。私も両親を事故で亡くしたので、話を聞いて同情したのです」


「当面というけど、ずっと面倒をみてくれるのですか」


「本人の希望次第ですが、自立できるまでと考えています」


「じゃあ、同居を認めますよ。こちらも生活が楽でないので」


「それでは、美香さんは未成年ですので、お二人に承諾書を書いて署名、捺印していただきたいのですが」


「いいよ、なんて書けばいいの」


「紙を用意してきました。姪の山田美香と石原圭との同居を承諾します。2016年3月6日、お二人の署名と捺印です」


二人は言ったとおりに承諾書を書いてくれた。それから、美香さんの荷物を引き取りたいというと、奥の小部屋に案内してくれて、小さな机とプラケースを指さして、みんな持って行ってくれと言った。


それで、今度の日曜日に引越し屋を手配するから、荷物を送りだすように依頼した。


「それから、今後は美香さんに直接会ったり連絡したりすることはやめて下さい。特に叔父さまにお願いしたい。言うまでのことはありませんが、美香さんにこれ以上のことがあるとこちらも対抗措置をとります」


「分かった。美香にはもう会わない。約束する」


「何かありましたら、こちらに連絡をください」と会社の名刺を差し出した。


「一流会社じゃないですか。美香をよろしくお願いします」


ここまで念を押したので、大丈夫だろうと丁寧に挨拶して引き上げた。また連絡することがあるかもしれないので、叔母さんの勤務先の電話番号を聞いておいた。


公園で美香ちゃんが待っていた。一部始終を話して、承諾書を見せると安心したようで、何度も礼をいった。美香ちゃんはこのあたりには長く居たくないというので、すぐに駅まで戻って、電車で帰った。


家に着くと4時近くになっていた。美香ちゃんは、さすがに疲れたと見えて、しばらく座り込んでいた。それを見ながら引越し屋に今度の日曜日の荷物の引取を電話で依頼した。引越し屋には先方に引越し先を教えないように何度も念を押した。


美香ちゃんは若いだけあって、お菓子を食べて一時間も休むと元気になって、夕飯を作り始めた。表情が少し明るくなっている。ソファーでそれを横目で見ながら、今後のことを考えた。


夕食はカレーライスだった。


「ごめんなさい。昨日はシチュウで今日はカレー、同じようなものでばかりで。今日は少し疲れたので、チョット手を抜かせていただきました」


「いや、おいしい。毎回ありがとう。でも無理しないで。たまには冷食でもいいんだよ」


「こんなことしかできなくて、すみません。できるだけ作ります」


「今週の半ばに、一日休暇をとるので、住民票を移動するのと、高校に行ってみようと思うけど、どうかな。転校ができるかどうかも確認しなければならない」


「高校へ通わせてくれるんですか? お金かかりますよ」


「それくらいのゆとりはあるから気にしないで。叔母さんに啖呵を切ってきた手前もあるから」


「何といって良いのか分かりません」


「そんなに気にするのなら、家事一切をお願いしたい。その代りとして、学費と生活費を僕が負担することでいいんじゃないか」


「何も言うことありません。本当にそれだけでよいのですか。私を自由にしてくれてもよいのですよ」


「もうその話はしないでほしい。昨晩も言ったとおり、美香ちゃんが18歳になったら考える。そういうことでいいんじゃないか」


「分かりました。家事一切をやるということでお願いします」


なんとか納得したみたい。家事一切と言うと通学しながらでは負担が重いと思うけど、これで良かったのだと思う。

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