#52 敬虔のその果てと"おねがい"


【一応、注意書き】

これ以降の本文でも触れますが認識周知の為。

今回のステータス通り、ナナの名前は「なっか」になってますが、

(真名)なっか (仇名)ナナ

という感じになります。


主人公たちの周りは"ナナ"という呼び名は変わりません。

ちなみに、ミヤの呼び方「なーちゃん」はどっちでもいけます。


 * * *


「……っあ」


 目の前の事実に誰もが目を疑った。

 昨日まで邪鬼だった少女が、最も対極な存在と化していたのだから。


 特に目の前にいるシンシアは、茫然として言葉を失っていた。

 彼女の脳裏には、ありえない、嘘だという思いが今渦巻いているんだろう。



 【 名 前 】 なっか

 【  種  】 エルフ

 【 レベル 】 9

 【 経験値 】   3(次のレベルまで2 )

 【 H P 】 55/55

 【 M P 】 100/100

 【 攻撃力 】 25

 【 防御力 】 18

 【 俊敏性 】 50

 【  運  】 9770

 【 スキル 】 神に愛された者



 だが、それを否定できない事実が彼女の正面にあった。

 ステータス画面。それは圧倒的証拠であり、揺るぎない根拠だ。


『神でもない限り改ざんできるようなものではない』


 いつかリンディルに聞いたその言葉が、強い後ろ盾になっていた。

 ステータスは神から与えられたもの、それを否定することなんてきっとマリス教の立場である彼女にはできない。


 腐っても、彼女はマリス教大司教だ。


「――っうぅ」


 息が荒く、目は血走り、身体を震わせる。

 やりきれない感情が、彼女の中で躍る。


 ――全てを否定したい、目に映るすべてを。


 だが、それをしてはいけないこととシンシアは知っている。

 それこそが神への冒涜だということを。


「……」


 上に立つものとしての、マリス教大司教の"誇り"と。

 いつだって"敬虔"だったマリス教徒の彼女は、やがてこちらを見据えた。


 疲れたような表情を浮かべながら、

 彼女は"事実"を口にした。


「……その娘は、大司教に、なれます」


 先ほどのうめき声とは対照的に、その言葉は穏やかだった。


 シンシアはゆったりと長く息を吐くと、諦めに似た表情を浮かべる。

 恐らくこれが、大司教の最後の言葉だと彼女は悟ったんだろう。


「いえ、既にもう……」


 もう自分は、この娘には逆らえない、と。


「彼女が、大司教です」


 言い終えた後、シンシアは力なく膝をついた。

 そして、頭を垂れた。


「――申し訳、ございません」


 地面に頭をこすりつける、土下座のようなその姿。

 大司教だった者の姿としてはあまりにも惨めに見えた。


「……」


 俺は暫し言葉を失う。

 プライドや恥を捨てた彼女のその姿に、流石に驚きを隠せない。


 だがしばらくして俺は、彼女の本質をそれとなく知った。

 彼女は大司教というよりも、熱心なマリス教徒だったということだろう。


 良くも悪くも、彼女は敬虔だ。


「だ、大司教様」「ああ」「そんな馬鹿な」


 その元大司教だった彼女の姿を見て、マリス教徒は騒然となった。

 だが、やがて例に習うように彼らは武器を捨てた。もしくはその場から逃げ去った。


 喧噪やどよめきが収まらない中、シンシアはゆっくりと体を起こし、

 こちらへと言葉をかける。


「大司教様に逆らったものは大罪です。どんな処罰も受けるつもりです」

「……死ねと言われれば、死ぬんですか?」

「死で罪を償えるならば、喜んで」


 少しばかり意地悪な言葉で返したのにも関わらず、彼女は真剣な表情で迷いなくこちらを見据えていた。先ほどに見せた、あの表情は死の覚悟でもあったらしい。


 その元大司教の言葉を聞いて、一部のマリス教徒がまた逃げ出した。

 流石に命は惜しいということなんだろう。


 そんな光景を無表情でシンシアは眺めていた。

 そして彼女は何を思ったのか、静かに目を閉じた。


 俺はその様子をしばらく見守った後、ゆっくりと言葉を発した。


「いえ、そんなことはしません。ただこちらとしてもただで許すわけにはいきません」


 条件があります、と俺は伝える。


 と、言ってもこの条件は俺の考えた条件ではない。

 フィリーのちょっとした知恵が入ってはいるが、そのほとんどはこの娘の意志だ。


「ナナ、言えるか?」

「うん」


 てくてくとしたその足取りで、ナナはシンシアの前に立った。

 そして、そのたどたどしい言葉でシンシアへと語った。


「えー、と、ですね、シンシアさん」


『そんなのでいいのか?』『うん』

 今朝のやり取りで決まったそれを彼女は伝える。


「ひとつめは――」


 その言葉は、とてもとてもたどたどしい言葉だ。


「ふたつめは――」


 言葉を聞いたことはあるのだろうが、喋るのは今日が初めての彼女の言葉。


「そして、さいごは――」


 だけれども、きっちりと自分の言葉で、自分の意志をナナは示した。

 不器用で、たどたどしいその言葉でも、彼女の言いたいことはその場にいた全員が理解した。


「……このみっつ、です」


 シンシアは目をパチクリさせ、驚きの表情を浮かべた。

 それは今朝俺が浮かべていた表情に、そっくりだ。


 俺も本当にそれでいいのかといったその内容に。

 ナナは真剣な表情で、それ"が"いいと返したその内容に、彼女は驚いているんだろう。


 釈然としない部分は少しあったが、大司教はナナだ。

 彼女がそれがいいというのなら、俺が文句なんて言えるはずがない。


「……それは命令でしょうか?」

「いいえ、"おねがい"です」


 その言葉にまた、シンシアは不思議そうな顔をした。

 余りにも甘すぎるとでも、彼女は思ったのだろう。


 もし、自分が逆の立場だったらこんな言葉を言えたのだろうか。

 こんな真っ直ぐなお願いを、私は言えるだろうか。


 ――答えは簡単だ。言えるはずがない。

 そうシンシアは思い至ると、急に無意識に笑いがこぼれてきた。


「……ふふ」


 かなわないな、といった表情をシンシアは浮かべる。

 一人の人間としても、大司教としても。


 目の前にいるその娘は、

 まっすぐで、純粋で、それでいて綺麗な心の持ち主だ。


「分かりました。仰せのままに――」


 シンシアは、深く頭を下げる。

 これからの自分の主に、敬意を示すために。


「大司教様」


 

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