第二章 「神に愛されなかった者」

#17 一人ぼっちの往路と仲間

 異世界四日目の朝。

 いつも通りの道を歩き、俺は冒険者ギルドへと向かう。


「もう4日目か」


 先ほど意図せずして出た"いつも通り"という思考とその言葉に苦笑しながらも、俺は"まだ"4日目だと言い直した。


 1日目に驚いたこの街の景色や武装した人々には驚いたものなのに、今では何の違和感もなくそれを受け入れられた。


 とは言え、すれ違う亜人たちにはまだ慣れないが。

 だが、それも含めて目に映る全てがいつも通りに変わっていくのだろうか。


 数日前は当たり前だった元の世界の通学路。

 その景色が記憶の中でほんのりと色あせていくのが分かる。

 後数か月もすれば、ほとんど忘れてしまいそうだ。


「なあ、ミヤ」


 つい、そのいつも通りの名前を呼ぶが、返事はない。

 振り向いてみても、そいつの姿はない。


 いつも通りに見えていた景色。

 だがほんのどこかで感じた違和感は、多分これが原因だろう。


「……いないんだったな」


 振り向き直して、ミヤがいない往路を俺は一人で歩く。

 調子が狂わないと言えば嘘になる。


 ミヤがここにいない理由。

 今朝の出来事にある。


『トラッキーの傷が思ったより深いねん』


 大王河童ロブスターの戦い後、ミヤよりもトラッキーが傷を負っていた。

 モンスターの回復にも効くというやくそう関連を使ってみたが、完全に体力は回復しないらしく、しばらくは安静が必要なようだった。


 俺はいい機会だったので、ミヤにも休むように言った。


『え、うちは元気だし……休むなんて』


 そうは言うが、ミヤも昨日の戦いで疲れていたのは明白だった。

 俺は強く言うが、自分だけ休むのを悪いと思ったのかミヤは中々縦に振らない。


 さぼるということが苦手なミヤだが、もちろん自分がついてトラッキーの世話を見たいという思いもあったらしく、ミヤはしばらく休む休まないという思考のブランコに揺れていた。


 そこで俺はとっておきの一手を繰り出した。


『まだまだ俺もここら辺のことも詳しくないし、うまい飯も食いたいなー』


 明らかに棒読みだったが、俺は続ける。


『だから今日はこの辺りの上手い飯屋の調査をしてくれないか?』


 俺はその言葉を発しながら、昼飯には十分位の硬貨をミヤへと渡す。

 

 それを受け取った直後のミヤは混乱していたが、すぐさま気持ちの良い笑顔で頷くんだからこちらは苦笑をこらえきれない。

 もっとも俺の言葉の真意が本当に分かっているかは分からないが。


 と、こんなやり取りが朝にあり、結果として今日はミヤは休むこととなった。


「理由さえなければいつまでも頑張り続ける奴だし、ちょうどいいだろう」


 そんなわけで、俺は一人で冒険者ギルドへと向かっていた。

 そんな一人ぼっちの往路。

 俺が休めといったわけだが、やはりいないと寂しいのも事実だ。


 異世界であいつの存在は大きかった。

 もしもミヤが一緒じゃなかったら俺はどうなっていたか。

 【アナグラム】の意味も分からぬまま、そこら辺のモンスターに襲われて死んでも不思議ではない。


「……」


 今の今まで俺はミヤに救われてきたのだろう。

 ミヤの性格もあって俺もまた変わらないでいられたのだろうし、頑張ってこれたのだとも思う。


 考えれば、異世界にきてあいつの泣き言を聞いたことがない。

 あいつはあんな性格だが、ちゃんとした女の子だ。

 大か小かは分からないが、少なからず無理はしているのだろう。


「守らなきゃな」


 その思いを言葉にする。


 そのためにも少なくとも昨日のような場面は避けなくてはいけない。

 大王河童ロブスターに襲われるミヤの姿を思い出すと、少しばかり心が痛んだ。


『うちらバランス悪すぎへん?』


 そしてまた昨日のこの言葉もやけに記憶に残っている。

 俺たちはたった二人、それもどちらも前衛。

 誰がどう見てもバランスが悪いのは明らかだ。


 ここは異世界。これから何があるかなんて予測できない。

 能力の全容は知らないが【アナグラム】を使えば強くなることはできるだろうが、【アナグラム】以外のスキル能力も魔法も何もない俺一人だけではやはり限界もあるように思える。


「……仲間が欲しいな」


 そんな思考をしながら歩いていると、冒険者ギルドの姿がすぐ近くに見えた。

 その呟きを最後の独り言にして、俺はギルドの扉をくぐった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る