#10 この日見たステータスにアナグラムが発動したことを俺はまだ知らない


「……ふぅ」


 俺は小さく溜息をつくと、宿のベットに腰を下ろした。


 初陣の後、俺たちはスライム玉を換金しに冒険者ギルドに行った。

 結果として俺は銅貨2枚、ミヤは銀貨15枚と銅貨1枚でそれを買い取ってもらった。


 冒険者ギルドの説明や市場での物価を見るに、

 通貨価値は現代金額に換算すると大体こんな感じだ。

 

 銅貨1枚100円。

 銀貨1枚1000円。

 金貨1枚50000円。


 つまり、スライム1匹討伐で大体100円。

 2匹討伐した俺は日給200円という訳だ。


「……少ないよな」


 一人じゃろくに飯も食えないという稼ぎ。

 俺はポッケにしまっていた銅貨2枚を掌に載せた。


『ええって、アキラにはいつも世話になっとるし』


 夕食代、宿代。

 それらはミヤの報酬で払ってくれた。

 異世界で一人部屋の宿なんて贅沢すぎるくらいだ。


「……ありがとな」


 もしもミヤがいなかったら。

 もしもミヤがいい奴じゃなかったら。

 俺は間違いなく野宿で腹も空かせていただろう。


 そんなアンニュイな気分ついでに、今日のことをほんのりと回想する。

 色々あった。

 

 本当に色々……思い出したくない事柄が一つあるが。


 何はともあれ、無事に生き延びることができたことには感謝すべきだろう。

 もっとも、一番の懸念は解消されていないが。


「結局、俺ら以外はどこにいるんだろうな」


 スライム玉を換金する際に、ギルドの受付嬢に聞いてみたが詳細は分からなかった。

 もしかしたら他の地域にいるかもしれないとのことだが、確実な情報ではない。

 本格的な調査依頼を進められたが、俺たちの手持ちは少ないので断った。


 ただいつかは探しに行かなくてはいけないだろう。

 もしくはお金を貯めて、調査依頼を出すか。


「といっても、あいつなら大丈夫だと思うけど」


 俺の脳裏に浮かぶ、そいつはいつだって完璧だった。

 何たって、天才だからな。本物の。

 

 あいつに限っては、この異世界でさえ難なく適応していそうだ。

 そんな想像をしていると、笑ってしまいそうだから不思議だ。


「まあ、俺は俺で頑張るか」


 兎にも角にも、お金が必要だ。

 それにミヤばかりに頼ってはいられない。

 明日からは俺も強くなって、稼ぎ頭にならねば。


 ステータス、と。

 俺は心の中で唱える。


 【 名 前 】 アキラ

 【 職 種 】 魔法使い

 【 レベル 】 2

 【 経験値 】 10(次のレベルまで45)

 【 H P 】  5/12

 【 M P 】 10/10

 【 攻撃力 】 9

 【 防御力 】 11

 【 俊敏性 】 9

 【  運  】 8

 【 スキル 】 なし

 【特殊スキル】 アナグラム……【アナグラムで遊べる】


 レベルは上がっている。

 たったの1だけだが。


「……弱いよな」


 しかも、魔法使いにもかかわらず、魔法スキルの類たぐいはないし、覚える気もしない。

 メ〇のようなしょぼい魔法でもいいから覚えてほしいと切実に思う。

 魔法使いの主装備がこん棒とか嫌だしカッコわるいし。


 俺の脳の中で、トラッキーのホーリーフレイムが思い返される。

 神々しい光の炎。それはそれはかっこよく、今もどこかでくすぶっている中二心を呼び覚ましそうだった。


 俺もあんなスキルが欲しい。そう思うが現実はこれだ。



 【特殊スキル】 アナグラム……【アナグラムで遊べる】



 俺にある唯一のスキル――アナグラム。

 結局、意味すら分からなかったし、一度たりとも発動しなかった。

 俺は憎かった。このスキルが憎かった。


「アナグラムってなんだよ……」


 やり場のない怒りを握り拳にのせ、ステータスプレートへ叩きつけた。

 バンという音と共に、手に鈍い痛みが広がる。


「はぁ」


 ステータスにあたっても、仕方がない。

 俺は冷静になった俺は、ふぅと小さく息を吐いた。


 寝るか。



 ――そう思いベットに横になろうとした瞬間、それは落ちた。



 ペラペラと。

 まるで紙吹雪のように。


【9】【2】【P】【P】~


 パラパラと。

 磁力を失ったマグネットシートのように。


【力】【経】【4】【5】~


 ぽろぽろと、宿の床へと、ステータスの文字と数字が落ちていく。


【前】【種】【ア】【ベ】【験】【撃】【性】【ス】【1】【2】【1】【0】【9】【1】【1】【8】~


「……は?」


 その事象の一部始終を、馬鹿みたいに口を開けながら俺は見ていた。

 混乱していた。脳がショートしていた。


 で、しばらくして冷静になった俺の視界に広がるのは、訳の分からないそれ。


 【 名   】  キラ

 【 職   】 魔法使い

 【 レ ル 】 

 【   値 】 10(次のレベルまで  )

 【 H   】  5/  

 【 M   】 10/ 

 【 攻   】 

 【   力 】 

 【 俊敏  】 

 【  運  】 

 【  キル 】 なし

 【特殊スキル】 アナグラム……【アナグラムで遊べる】


 ない! 俺のステータスがない!

 なんだよこれ。どうなってんだよ。

 ステータスを指差しながら、わなわなと俺は震える。


「やべぇよ・・・やべぇよ・・・」


 も、元に戻さなきゃ。

 あれ?

 元々の俺のステータスってなんだっけ???


「と、とりあえず文字を戻そう。そう、そうしよう」


 床に落ちている文字を拾い集める俺。

 【前】【種】【ア】【ベ】【経】【験】【P】【P】【撃】【力】【性】【ス】という文字をかき集め、俺はぺたぺたとマグネットシールのようにそれをステータス画面に張り付けていく。


 【 名 前 】 アキラ

 【 職 種 】 魔法使い

 【 レベル 】 

 【 経験値 】 10(次のレベルまで  )

 【 H P 】  5/

 【 M P 】 10/

 【 攻撃力 】 

 【 防御力 】 

 【 俊敏性 】 

 【  運  】 

 【 スキル 】 なし

 【特殊スキル】 アナグラム……【アナグラムで遊べる】



「さすがに文字は分かる……良かった……」


 俺はとりあえず安堵した。 

 だが問題はここからだ。


「……数字なんて覚えてねぇよ」


 【2】【4】【5】【1】【2】【1】【0】【9】【1】【1】【9】【8】。


 床に散らばった、12つの数字。

 俺はうんうんと頭をひねりながら、それを眺めていた。


 分からない。どれがどこの数字なのか全然分からない。

 しかし、状況はいくら待ったところで明転はしない。

 分かるところから埋めていこうと結論を出し、俺は床に散らばった数字に手を伸ばす。


「レベルは【2】だよな、それは覚えてるうん」


    【4】【5】【1】【2】【1】【0】【9】【1】【1】【9】【8】。


 残り11枚も同じように埋めていく。


 えっと、次のレベルまでか。

「俺は常に成長する男だから【1】くらいだなうん」


 HPとMPは左の数字よりも大きいのは確実と分かる。

「ここは無難に【2】【1】と【1】【0】だな、多分」


 防御力か。確か二桁だったはず。

「そんなに強くなかったから、【4】【1】くらいが適当か?」


 そんなこんなで進めていくと。


 【 名 前 】 アキラ

 【 職 種 】 魔法使い

 【 レベル 】 2

 【 経験値 】 10(次のレベルまで1)

 【 H P 】  5/21

 【 M P 】 10/10

 【 攻撃力 】 9

 【 防御力 】 41

 【 俊敏性 】 8

 【  運  】 5

 【 スキル 】 なし

 【特殊スキル】 アナグラム……【アナグラムで遊べる】


 非常に見栄えが良くなった。

 うん、確かこんな感じだ。俺の記憶力は完璧だ。


 そう頷きながら満足していると、それは見えてしまう。

 完璧だったはずの俺のステータスに亀裂を走らせるそいつが。


 【9】。 


 茶色の床にぽつんと佇むそいつは、並々ならぬ雰囲気を纏っていた。


「……え?」


 俺はステータス画面とその床に落ちた数字とで、何度も視線を行き来させる。


「……どこから湧き出たこいつ?」


 俺にとっては最早ホラーであった。

 冷蔵庫の隙間から湧き出るG並みに恐怖だった。


 恐る恐る俺は手を伸ばす。

 手に広がる、未知の感触。本来ならばあってはならないそいつから発せられる謎の威圧感。

 その数字が放つ、その謎の嫌な"何か"に次第に耐えきれなくなり、俺はそれを投げ捨てた。


 それは綺麗に空中を回る。まるでプロペラのようにくるくると。

 スローモーションのようなその軌跡は、やがて終着点に向かう。

 ペタッという音を立ててそれは、ステータス画面という元の鞘へと収まった。


 【 名 前 】 アキラ

 【 職 種 】 魔法使い

 【 レベル 】 2

 【 経験値 】 10(次のレベルまで1)

 【 H P 】  5/21

 【 M P 】 10/10

 【 攻撃力 】 99              ←ここ

 【 防御力 】 41

 【 俊敏性 】 8

 【  運  】 5

 【 スキル 】 なし

 【特殊スキル】 アナグラム……【アナグラムで遊べる】



 俺はその事象を無言で見届け、こう結論付けた。


「寝よ」


 明日は稼がないといけないしな。

 その思考を最後に、俺の意識は解けるように消えていった。

 こうして俺の異世界一日目は終わった。



 ――この日見たステータスにアナグラムが発動したことを俺はまだ知らない。

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