#8 冒険者ギルドは登録手数料がかかるらしい

 冒険者ギルドは意外と大きく、結構な人数の冒険者がいてそこそこ混雑していた。

 そんな厳つい風貌をした冒険者から、何だ何だといったような視線が向けられる俺。


 そりゃそうだ。あんだけ騒がしく入ってきたんだから当然だろう。

 俺は居たたまれない気持ちになりながらも、冒険者ギルドの中へ逃げるように歩を進めた。


「彰~今更やけど冒険者ギルドってなんなん?」


 美弥は首を傾げながら、俺へと聞いてきた。


「俺も詳しく知らないが、異世界で生活するためのハローワーク的なとこって聞いたことがある。冒険者が生活できるように色々チュートリアルしてくれるはず」


 その俺の言葉を受け、美弥はポンと手を叩いた。


「今のうちらはニートやから、ここで仕事っぽいことをするって訳やね」

「……ま、そういうことになるな」


 解釈としては間違っていない。にもかくにも、俺たちにはお金も職もない。

 この冒険者ギルドに登録して、何らかの依頼やクエストをこなし、お金を手に入れなければ、宿はおろか、飯にさえありつけない。


 飢え死はしたくないという鬼気迫る思いで、俺は受付を探した。

 程なくしてそれは見つかり、空いていた受付へと向かう。


「いらっしゃませ!」


 黒のショートカットが似合う、爽やかなギルドの受付嬢が俺たちを出迎えた。


「えっと、冒険者になりたいんですが、ここに来たばかりで何も分からなくて……」


 とりあえずお決まりだろうセリフを述べると、受付嬢は営業スマイルで対応してくれる。


「初めてのご利用ですね。えっと、では冒険者登録手数料が銀貨10枚になりますが大丈夫でしょうか?」

「……え?」


 登録手数料?


 お金がないからここに来たのに、登録手数料?

 俺と美弥は顔を見合わせる。


「えっと、手持ちがないんですが」


 受付嬢は困った顔を浮かべる。


「すいません決まりですので、登録料を払えない方は登録ができないんですが……」


 早くも詰んだ。何か知らないが詰んだ。

「どうするん?」という美弥の声に俺は小さく首を振った。


 状況が暗礁に乗りあげた刹那、その音は聞こえた。

 ドスドスと足音が聞こえる。所々からが上がるどよめきの声。


 見れば、トラッキーがこちらへと向かっていた。


「トラッキー? 入口の番はどうしたん?」


 そう美弥が聞くと、トラッキーは口に咥えていた何かを美弥ではなく俺の手へと落とした。

 じゃりじゃりという音をさせたそれは、手の平サイズの袋。中に何か入っているようだった。


「なんだこれ?」


 袋口を結んでいた糸を解くと、銀色の光が目に入った。

 覗き込んだ美弥が声を上げる。


「これ銀貨やない?」


 手に一つとってみるが、それは間違いなく銀貨だった。

 平等院鳳凰堂や桜といった見覚えのある模様でなく、全く知らない何かが象られたその硬貨。

 銀の光沢を持ち、ずっしりとした重量を手に感じさせた。


「一体誰が?」


 その疑問に答えるように、袋の中には一枚の洋紙があった。

 それを取り出してみる。


【親愛なる弟アキラへ


 残念だけど、仕事があるので戻ります。

 アキラの顔が見れないのは残念だけど、アキラのことを思えば仕事も全然辛くありません。


 アキラは今日私から逃げたけど、突然のことで戸惑っているのでしょう。

 それとも恥ずかしがっているのかな?

 可愛い奴だ。


 何はともあれ、お姉ちゃんは待っています。

 死ぬまで待っています。天国と地獄に行っても待っています。

 アキラが私の元へ来てくれることに。


 P.S.

 言い忘れたけど、冒険者ギルドでは登録手数料がかかります。

 という訳で、お姉ちゃんからのお小遣いをいれておきます。大事に使ってください


 あなたの姉 リンディルより                   】



 ひぃと小さい悲鳴が俺の口から零れ出た。


 ヤバい。

 このお金を使うのは色んな意味でヤバい。


 そう思い、俺は見なかったことにしようとこの紙を袋の中に戻そうとするが、袋がない。


「……あれ?」


 焦って辺りを見回した時、ぶんぶんと手を振る美弥が見えた。


「彰~二人分の登録手数料払っといたで~。気を取り直して、冒険者ギルドの登録しよや~」

「……え"」


 見れば美弥の手には袋。

 そして銀貨は既に受付嬢へと渡っていた。


 返してくれませんかという俺の声にならない声と視線。

 それに対し、一度受け取ったものは絶対に返しませんという営業スマイルを受付嬢は返し、俺はあははと空笑いした。


「世の中にはええ人もいるんやなぁ」

「……そうだね」


 思考さえまともだったらね、と俺は心の中でそう付け加えた。

 俺はやけくそ気味にギルドの説明を受けた。



* * * 



 要約すると、冒険者ギルドの説明はこうだった。



・冒険者ギルドでは依頼やモンスターのドロップ品などの買取を行っている。

・冒険者のランクはFからSランクまで存在し、ランクに応じて依頼を受けることができる。

・ランクはFランクからスタートし、依頼を成功させることなどによってたまるポイントに応じて上がっていく。

(例 E: 200pt

   D:1000pt

       ~

 )

・依頼を失敗した場合は違約金が発生する。

・殺人、略奪等をした場合は冒険者ギルドから除名処分となる。

・冒険者ギルドは冒険者が行ったいかなる行為についても一切責任を負わない。



 といった具合だ。

 もちろんこれ以外にも色々言われたが、とても覚えきれない。

 

ただ分からないことはその度に聞けば答えてくれるそうなので、俺は今必要な情報だけの理解に努めた。


 受付嬢は一通りの説明を終えると、今日これからの話を始めた。


「今日はもうFランクの依頼は無くなってしまったので、街の東側にあるヘルラルラ平原でスライムの討伐をしながらレベル上げをすることをおすすめします。もちろん、スライムを倒した際に手に入るドロップ品はこちらで買い取らせていただきますので」


 ヘルラルラ平原。

 聞けばその場所はスライムしか生息していないらしく、新米冒険者にもお勧めの狩場らしい。


「もっともミヤさんにとっては退屈かもしれませんが……」


 そう言いながら、受付嬢は美弥の後ろのトラッキーへと視線を移す。

 

ステータス確認の際にも言われたのだが、やはり美弥の能力はすさまじかったらしい。

 ここにいる冒険者の視線を一身に集めていた。


 で、一方で俺の能力。

 【アナグラム】に関しても、ステータス確認の際に話題には上がったのだが……。


「アナグラム? すみません、存じ上げないです」


 といった始末だった。

 

 ……もうこの能力を頼らないことにして、この腕一つで生きていこう。

 涙ながらに俺はそう決めた。


 そんなこんなで説明は終わる。

 お疲れさまでしたと受付嬢が告げ、俺たちは最後に登録用紙に名前をサインした。

 これで登録完了。

 

 晴れて俺とミヤは冒険者となった。


「さっそくヘルラルラ平原に行くか」

「その前に飯屋行こうや~お腹ぺこぺこやねん」


 ぐ~という腹の虫。俺もそろそろ飯が恋しい。

 俺と美弥は腹ごしらえした後に、ヘルラルラ平原に行くことにした。



##後書き##

これで二人とも冒険者ギルドに登録完了です。

ある意味現実世界との決別ですので、これ以降は地の文や会話文でも"アキラ"、"ミヤ"としていきます。

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