少女十七号
少女十七号(1)
「名は」
嗄れた声でそう訊かれ、淡い褐色の肌をした黒髪の少女は震える声で自分の名前を告げた。彼女に名を訊いた闇色のローブを纏った老夫はウンと唸っただけで何も言わない。声が小さくて聞こえなかったのだろうか、と心配になる。ただでさえ壁も床も石造りのこの部屋は声が反響して聞き取りにくかった。マアリは両手をぎゅっと握りしめ、恐れと緊張で強ばりがちな喉に力を込めた。
「……あの、マアリです」
今度は幾分か声を張ったつもりだったが、老夫は何も言わない。その代わりにフードの中から魔物じみた血走った目でじろりとこちらを見据えてくる。地下にあるこの部屋を照らすのは壁の燭台の灯りだけである。その揺らめく灯りが老夫の眼球をぬらぬらと光らせていた。眼だけが別の生き物のようだとマアリは思った。
「あの、」
「その名はここでは意味を成さぬ」
と老夫は長らくの沈黙を破って言った。
「お前は……そうだ……十七」
「はあ」
「十七号だ。これからはそれがお前の名になる。ほれ」
と老夫は小脇に抱えていた布製の何かをマアリに手渡した。広げてみるとそれは真っ白の美しいドレスだった。彼女が間近で見た事もないフリナリカ式である。レースと刺繍がふんだんに施された、上等な品だった。その胸元に深い藍色でフリナリカの常用数字が刺繍されている。十七。
「続けよう。歳は」
「十三です」
「銀歴の数え年かな」
「え……」
「まあ良い。生まれは」
「マハイの南と聞きましたが……物心ついてからは一度も行った事は」
「ふむ。流浪の民の出か」
「はい。でも長い事遊牧民の家族と一緒にいて」
老夫は記録を取るでもなく、マアリの回答をただ頷きながら聞いた。
「では十七番。早速だがその白い着物に着替えてもらおう」
「あ、はい」
とマアリは答えたが、老夫が一向に席を外す気配がないので恐る恐る尋ねた。
「今、ここでですか」
「今更恥じらってもどうにもなるまい」
それはその通りだとマアリも思った。もう、どうにもならない。
皺くちゃの相貌を微塵も動かさずに凝視してくる老夫の眼前で、マアリは受け取った白いドレスを一旦傍らのベッドに置き、まずは首の紐を解いて糸草で編んだマントを床に落とした。カサリと頼りない音がする。老夫の視線を避けるために本当は後ろを向いて着替えたかったが、余計な事をして咎めを受けるのは恐ろしかった。
次に彼女は尻まで隠れる前あわせの長衣を脱ぎにかかった。生成りの生地に紅花で古式の文様を染めた伝統衣装である。大振りな木のボタンを一つずつ外し、少し躊躇した後で思い切って床に落とす。淡褐色の決して肉付きの良いとは言えない肢体、膨らみきっていない乳房がろうそくの火に晒されて震える。続いて毛織りの巻きスカートのピンを外すと、少女の体を覆うものは何もなくなってしまった。
あられもない姿を一刻も早く隠そうと、マアリはドレスに手を伸ばそうとした。……が、その瞬間、老夫がそれを制してぐいと体を寄せてきた。
「ひっ」
マアリが情けない声を上げて仰け反ったのは、老夫の指がまだ陰毛も生え揃わぬ彼女の下腹に滑り込んできたからだ。乾いたままの秘裂をごわごわの指に弄られ、ずっと震えていた膝がついに根を上げた。
「ぃ、いや」
マアリは冷たい石の床にへたり込んでしまった。見上げると、老夫は始めて表情らしいものを顔に浮かべてマアリを見下ろしていた。
「なるほどしっかりしていても生娘には違いなようだ。脱いだ物は扉の外のかごに入れておくことだ」
そう言うと老夫は踵を返し、開け放しのドアに向かった。が、その途中で思い出したようにもう一度こちらを向いて付け加えた。
「疲れているところ気の毒だが今晩は夕飯をとらぬように。初仕事前に歓迎の儀式があるのでな。古い悪習だがそういうことになっておる」
老夫が暗い廊下に消えてしまうまで、マアリは顔を伏せたまま上げる事ができなかった。必死に涙を堪えているのを、知られたくなかったのである。
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