第49話 詠唱をするために
こうして、国や民族を超えた連合軍は準備を整え、出撃準備が完了しつつあった。一方、アレン達は先遣隊という意味も含めて、先に“古代種の都跡”へ出発していた。
全員が強い決意を持って向かう中、彼らの胸中には一抹の不安もある。それは、“8人の異端者”の中で、“大地の悪魔”という異名を持つトーレという敵のみ、どのような人物で、如何なる能力を持つ敵であるかを知らないという事であった。
「皆さん。もうすぐで、目的地に到達しまス」
とある船内にて、中に入って来たギルガメシュ連邦の軍人・クウラが告げる。
見覚えある顔だなと思ったら…以前、アレンやラスリアの護衛をしていた
船内の一室で皆といたチェスは、彼を見上げながらそんな事を考えていた。
船…ではなく、本来はギルガメシュ連邦というアビスウォクテラにある軍事大国が持つ“軍艦”という鉄でできた船に乗って、チェス達は敵の本拠地である“古代種の都跡”へ向かっていたのである。
また、僕らに声をかけてきたクウラという青年はこの後、僕らが敵地へ上陸した際の先導役も務めてくれるらしい。なんでも、僕らウォトレストや他の竜騎士達が準備を進める一方で、敵の本拠地である”古代種の都跡“に偵察をしてきてくれたらしい。また、イブールがいなくなってしまった事によって”戦力“が一人減ったのだと気が付いたのか、僕達につけてくれたのだろう。
「クウラさん…」
一方、チェス達の中で唯一、アビスウォクテラの
部屋の隅には、剣を抱えて座り込んでいるアレンと、寝転がっているミュルザの姿もある。
皮肉にも、伝承でしか聞いた事なかった代物の実力を、この後垣間見ることになるんだろうな…
チェスはそんな事を考えながら、自身が座っているソファーにもたれ混む。
「Serious…!」
その後、扉が開くのと同時に、クウラと同じ軍服を身に着けた男性が入ってくる。
男性の登場によって深刻な表情をしたクウラは、その人の元へ駆け寄る。彼らの表情から察するに、何かが起きたのだろう。
その後、クウラからラスリアに伝えられ、彼女はすぐに僕らの方へ振り向く。
「敵襲…ですって!!」
「ラスリアちゃん、
ラスリアの
おそらく、ラスリアやクウラの心の中を読んで、何が現れたのかを悟ったのだろう。
「おい、アレン!手筈通り、お前も行くぞ!!」
「…あぁ」
ミュルザに促され、座り込んでいたアレンもゆっくりと立ちあがる。
さぁ…兎に角、頑張らなくては…!!
そう自分を奮い立たし、僕はアレン達と一緒に、部屋の外へと飛び出していく。
「これは…!!」
僕達は軍艦の屋上ともいえる広い場所にたどり着いた時、敵襲の正体に気が付く。
一見すると黒い鳥の形に見えるが――――――目を凝らしてよく見ると、それは黒い竜の姿をしている。
…いた…!!!
そして、無数の黒い竜がいる中、その一匹の黒い竜の上に乗る人物――――――“漆黒の竜騎士”ダークイブナーレの末裔であるヴァリモナルザの姿を、チェスは発見する。
「来るよ…!!」
次第に、黒い竜が発する殺気が近づいてくる事で、敵が本格的に攻撃してくる事を僕は悟る。
「ひとまず、準備運動でもさせてもらおうかねー!!」
ミュルザが、楽しそうな笑みを浮かべながら敵に向かって言い放つ。
そこにはいつの間にか黒い穴が出現し、彼はそこから一振りの武器――――“嘆きの鎌”を取り出す。
「ギャァァァァッ…!!!」
彼は漆黒の翼で大空を駆け抜け、一瞬の内に黒い竜を切裂いたのである。
「噂通り、斬れ味抜群だな♪」
埃をはらうかのように鎌にこびりついた竜の血を振り払いながら、ミュルザは楽しそうに述べる。
ただし、地上にいるチェス達には、彼の
「はぁぁぁぁっ…!!」
一方、アレンも叫び声と共に、地上へ近づいてきた竜に立ち向かっていた。
本来は一対一の勝負を人間と竜でやると、人間の方が空を飛べないために不利である。
敢えて、敵の狙いであるアレンを突き出して、威力を半減させる…か。良い作戦だね…!!
チェスは槍を構えながら、そんなアレンやミュルザを見守っていた。
「あ…!!」
そして同時に、チェスはあまり感じた事のない気配を察知する。
目を凝らしてよく見て見ると、海岸の方に複数の“何か”が視える。人のような形をしているが、その“人らしき
「もしや…
「
チェスのつぶやきに対し、アレンが反応する。
一方で、チェスの脳裏に嫌な予感が浮かんでくる。
“大地の悪魔”って、もしかして…!!?
この時、チェスは“8人の異端者”の最後の一人“大地の悪魔”と云われているトーレという人物について考えていた。
「あれが
「ミュルザ…!」
気が付くと、横には地上に降り立っていたミュルザの姿がある。
彼の一言は、チェスが考えていた“嫌な予感”が正しい事を物語っている。
「しかも、
近くにいたラスリアが、目を丸くして驚く。
このまま僕達が上陸したら…ひとたまりもないのでは…!!?
チェスは言い伝えでしか知らない存在に対し、少し恐怖も感じていたのである。
それはおそらく、アレンやラスリアも同じような事を考えていたであろう。
「チェスさン。ラスリアさン」
「あ…クウラさん…!」
冷や汗をかいている中、後ろから覚えのある声が聞こえたため振り向くと、チェスとラスリアの前にはクウラが立っていた。
そして、彼の両手には小さな機械が握られている。
「“準備完了”の連絡がきたので…お願いいタシマス」
真剣な
それを受け取った僕とラスリアは、指示された通りに“それ”を耳に装着するのであった。
※
『お待たせしました、ラスリア』
「シア…!!」
小型の機械を装着してから数分後――――――“ワイヤレスイヤホン”という機械から、聞き覚えのある声が響いてくる。
それは、ストの村で出逢い、アビスウォクテラでは“歌姫”として活躍していた魔術師・シアの声だ。
『貴女には大役を任していると、
イヤホンから響いてくるシアの声は、表情は見えなくても申し訳なさそうにしているのはすぐにわかる。
皆みたいに戦えない私でも、自分にできる事は精一杯やるわ…!!
ラスリアの胸中では、そんな想いがいっぱいであった。
「ありがとウ、シア。私は大丈夫…!なので、気にせず始メテ…!!」
私は、少し片言ではあるが、ギルガメシュ連邦の
「I…HA…」
気が付くと、隣ではチェスが何やら呪文のような言葉を唱えている。
それを聞いてアレンやミュルザは黙ったままその場にいたが、周囲の空気は変わり始めていた。
『Destiny…』
すると、今度はイヤホン越しにシアの声が響いてくる。
私は彼女の声に合わせて、自身も同じ言葉を唱え始める。
心を無にするように…集中して…集中して…!!
アレン達が見守る中、ラスリアとチェスは、この“呪文の詠唱”を続けるのであった。
「ふん…上陸など、させないわよ…って…!?」
一方、上空で黒い竜を指揮していたヴァリモナルザは、笑みを浮かべながらラスリア達が乗っている軍艦を見下ろしていた。
しかし、彼女自身の耳に耳鳴りを感じた直後、異変に気が付く。
「あんたたち…!!?」
気が付くと、周囲に飛んでいる黒い竜達が、飛びながら苦しみ始める。
何か、嫌なものが響いてきているせいだと、漆黒の竜騎士は悟る。
「まさか…あの小僧…!!?」
この不快な音波らしきものが何処から発しているのかを、ヴァリモナルザは必死で探す。
そして、僅かに感じ取った“気”―――――――――チェスの口から、“それ”が発せられているのを、ヴァリモナルザは悟ったのである。
チェスを睨み付ける一方、周囲にいた黒い
「くっ…小癪な真似を…!!」
ヴァリモナルザは、チェスが発している声が“竜と対話する際に使う声音”である事と、彼が唱えている呪文が、黒い竜達を苦しめている元凶だと悟る。
彼女は単身、チェス達が乗っている軍艦へ向かおうとした矢先―――――――――一つの強大な魔力を突然感じ取るのであった。
「AR…EER…!!!」
シアの声に合わせて詠唱をしていたラスリアは、最後の言葉を言い放つ。
詠唱を終えたラスリアの額には、汗が滲んでいた。
「アレハ…!!!」
クウラの声で我に返ったラスリアは、彼が見上げている上空の方を見上げる。
上空には、“空を裂く”かのように、巨大な横線が描かれていく。その線は、ラスリア達がいる軍艦の横幅どころではなく、“古代種の都跡”のある島と同じくらいの幅のある横線だった。
お願い…開いて…!!!
ラスリアは、その“線”を見上げながら、必死に祈る。
「円に…なっていく…!!?」
様子を見ていたアレンが、空を見上げながら驚きの声を上げていた。
「話に聞いた事はあったが、こりぁあ…!!!」
数百年以上生きているミュルザにさえ、今見ている光景は初めてのモノらしい。
「わおっ!!?」
チェスが、その“音”を聞いて驚き、声を張り上げていた。
そして、ラスリアは、この軍艦に乗ってすぐの時の会話を思い出す――――――
「念のため、この後の作戦の“確認”を行いまス。ラスリアさん、彼らがわからない事があれば、自分に訊いて同時通訳をお願いいたしマス」
軍艦の一室で、クウラがラスリア達にそう告げる。
ラスリアは、黙ったまま首を縦に振った。
「皆サンには、“先遣隊”及び、“作戦の中枢”とシテ、他の隊より先に上陸してモライマス。無論、敵はそう簡単に上陸はサセテくれないでしょウ」
「連中の目的は、ガジェイレルの奪取…。アレンさえ手に入れれば、あとは海のモズクとなってもいいだろうしな…」
すると、ミュルザが皮肉めいた口調で、そう告げる。
「ミュルザ!!黙って、クウラさんの話を聞かなきゃ…!!」
「へいへい…」
以前はイブールの役割だったが―――――今はもういないため、彼女の代わりにラスリアが彼を黙らせる。
しかし、状況も状況なだけに、流石の
そして、咳払いをした後に、クウラは話を続ける。
「以前にもお願いした通り…ラスリアさんとチェスさんにハ、“二つの魔術”の援護をしてもらう事になります」
「で、“それ”を可能にするのが…あんたの掌にある機械…とかいう
「はい…アレンさん。貴方のおっしゃる通りデス」
クウラの説明に対し、今度はアレンが反応する。
それを聞いた青年は、少し緊張した面持ちで受け答えをしていた。
「チェスさんにお願いするノハ…自分が属するギルガメシュ連邦の学者達が見つけ出した禁呪“魔物の生命力を弱らせる術”です」
「“魔物”…」
ある一つの単語に反応していたのは、チェスであった。
「チェスさんを含む竜騎士達が幼い頃に会得するという、“
話を続けるクウラの視線が、ラスリアに向く。
「ラスリアさん…。貴女が援護して戴く魔術は、自分の国出身の歌姫・シアが主力となるのは大丈夫ですヨネ?」
「はい」
確認のように問いかけられたため、ラスリアは首を縦に振った。
「貴女が、シアと共に詠唱して戴く魔術は…」
会話を思い出していたラスリアは、その時だけ瞳を閉じていた。
そして、その黒い瞳が開かれた時――――――――――――視線の先には、術を詠唱した“結果”が目に見える形で具現化されていたのである。
そんなラスリア達が乗っている軍艦の近くには――――――――それよりも巨大な戦艦や船が何隻も、同じ海上に走っている。そして空には、水のウォトレスト・風のシルクル・火の“サランドクター”に大地の“ノスガルン”といった4種族の精鋭たちが、大空を闊歩し始めていたのである。
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