第37話 予備に過ぎない
アレンとチェスが、戦いの場所へ戻ろうとしていた一方―――――
「はぁ…はぁ…はぁ…」
“8人の異端者”の一人・コルテラと戦っていたイブールとシアは、息切れを起こしていた。
例え優れた魔術師であろうとも、長時間呪文の詠唱や発動を繰り返していれば、疲労も増すはずだ。しかし、何事もなかったかのような
「ねぇ、もうこれで終わりなのぉー?」
視線の先には、不満そうな表情で呟くコルテラの姿がある。
「あんたが、そのキラモラフ石を渡してくれれば…終わるわよ…?」
「うーん…。でも、そういうわけにもいかないのよねぇー…」
淡い水色の石を眺めながら、コルテラは答える。
「だって、
「やっぱり、あんた達“8人の異端者”の目的は…世界の滅亡なのね」
イブールとシアは深刻な表情をしながら、コルテラの話を聞いていた。
「まぁね…!でも…」
「でも…?」
「あたしとしては、自分の一族さえ滅べば、後はどうでもいいんだけどね」
「っ…!!?」
コルテラが一瞬見せた憎悪に満ちている
しかし、イブールは全くひるむことはなかった。それは、負の感情に包まれたものに何度も遭遇し、自身の中にも“憎悪”という感情が眠っているからである。
「вбдё…」
イブールはその隙に、魔術の詠唱を再開する。
その直後、何かが相殺されて破裂するような音が周囲に響く。
詠唱開始が敵より早かったにも関わらず、イブールが放った光の矢はコルテラの結界で弾かれてしまったのだ。
「WFERE…」
「…・!!?」
イブールの攻撃を弾いた後、コルテラが詠唱を始めると、シアの表情が一変する。
「きゃぁぁぁぁっ!!?」
イブールとシアの頭上に、赤い光が弾ける。
悲鳴と共に、2人は地面に倒れる。イブールは起き上がった後、自分の身に何が起きたのかを確認しようとする。しかし、確実に赤い光が当たっているのに、どこにも痛みや傷はない。
どういう事…!!?
そう疑問に感じたイブールだったが、すぐに自分の身に何が起きたのかを悟る。
「さっきのは…魔封じの術…!!?」
そう呟きながら、イブールはコルテラを睨みつける。
声は出るものの、魔術を発動できない感覚に陥ったイブールとシア。
「…そう。いくらあたしでも、あんまり長引くと疲れちゃうしね…」
「えっ…!?」
気がつくと、地面から伸びた紐のような物が2人を捕らえていた。
…なにこれ…!?
縄のように硬いそれが絡みつき、全く身動きが取れない。
何かに気がついたのか、イブールが顔を上げると、目の前にいたコルテラが右手を前に出していた。
「あんたらを確実に始末するために、使用したのよ。…これだけの至近距離で炎を出せば、跡形もなくなる…わよね?」
「!!!」
その右手が、詠唱の構えであることに気がついたイブールは、必死で絡みついた紐を引きちぎろうともがき始める。
しかし、魔術を封じられた今、力だけでは外せないくらい、二人に巻き付いている物体の強度は高い。コルテラの表情は、狂気に満ちていた。敵が、イブールとシアを見逃してくれることはまずありえない。
ここまでね…!!!
コルテラの右手から炎が現れ始め、イブールは死を覚悟したそのときであった。
イブールとシアは、何かによって斬られる音が聞こえたことに気がつく。
「あ…」
その直後、彼女たちの視界に入ってきたのは――――――険しい表情をしたアレンだった。
そして、その後方には槍を構えたチェスの姿もある。
「油断…したわね…」
コルテラは、口から血を流しながら呟く。
「まさか…あたしたちに利用されるはずの“鍵”に…やられるとは…ね…」
若干の笑みを浮かべつつも、敵の生気が次第に失われようとしている。
風でなびく銀色の髪。右手に血のついた剣を持ったその
一言たりとも発せずにただ黙り込んでいた彼は、コルテラが地面に倒れた直後、剣を鞘にしまう。
「…大丈夫か?」
アレンはイブール達を見つめながら、手を差し伸べてくれた。
「え…ええ…」
イブールは、その手を取る。
しかし、敵とはいえ、人間一人斬っても顔色一つ変えないアレンに対し、イブールは少し不安な気持ちを味わっていた。
「フフ…フ…」
「!!!」
イブールとシアがその場を立ち上がった後、地面に倒れていたコルテラからうめき声のようなものが聴こえる。
「…まだ生きていたか…!」
「…Wait!」
アレンが再び剣を抜こうとした瞬間、それをシアが制止する。
この時、アレンはシアが発した台詞の意味は、正確にはわからなくても、何が言いたいのかはおおよそ理解できた。
古代種キロの血を引いていようと、所詮は人間…。これだけ深く斬られれば、助からないわね…
イブールは、虫の息となっているコルテラを見下ろしながら、不意にそう考える。
「あんたたち…この石を探しているようだけど…所詮…それは無駄な足掻きにしか…ならない…」
「えっ…!?」
細い声で呟くコルテラの台詞に、その場にいる全員の表情が一変する。
「石は…あくま…でも…“予備”…。あとは…そこにいる“ガジェイレル”さえ…こちらの…手に…堕ち…れ…ば…」
「貴様…それは、一体どういう意味だ!!!?」
“ガジェイレル”という言葉に反応したアレンが、コルテラの服の裾を掴み上げる。
「……」
しかし、コルテラは一言も口を開かない。
それ所か、力が抜けたかのように、首が下がってしまう。
「…死んだみたい…ね」
イブールは、自分の首元に触れながら呟く。
その仕草をした理由は、コルテラにかけられた魔封じの術が解けたのを、実感できたからであった。裾から手を離したアレンは、コルテラの懐からキタモラフ石を取り出す。その頬には、僅かであるが返り血がこびりついていた。
「石を手に入れたし…ひとまず、ラスリア達のいる場所に戻ろう」
「あー…面倒くさいから、私がミュルザを呼ぶわ!…シアちゃんも、疲れているでしょうし…」
「…そっか!それもそうだね」
イブールの提案に、チェスやアレンも同意する。
…今は、余計な事考えないようにしよう…
イブールがこんな提案をしたのは、今のような考えが頭に浮かんでいたからであった。
※
「良かった!皆、無事だったのね…!」
イブールがミュルザを呼び出し、悪魔に抱きかかえられた状態でラスリアが現れる。
彼女を地面に降ろした時、ミュルザの視線が一瞬だけ自分の方に向く。
何か、気に障る
視線が自分に向けられた時、アレンは少し不快な気分になっていた。一方で、ただミュルザがラスリアを連れてきただけなのに、彼女に触れている事に対して嫌な気分になっている自分が不思議でたまらなかった。
その後、ラスリアがシアと話し合い、手に入れたキタモラフ石はとりあえず自分達が持つ事に決定した。
「とりあえず、ラスリアちゃんの故郷に戻るとして…この女、どうする?」
話し合いがまとまった頃、ミュルザがシアを指差しながら口を開く。
「…私の家で匿う分には、大丈夫だけど…」
「駄目だ」
ラスリアの提案を、アレンが即刻で却下する。
「アレン…どうして?」
首を傾げるラスリアに対し、アレンは口を曲げた後に話し出す。
「この女…シアは、連中に狙われた身だ。今回はたまたま居場所を知られてなかったから、良かったが…。あのコルテラ以外の奴が襲ってきたら、どうする?お前だって、
アレンが一気に話したため、その場にいる全員が呆気にとられていた。
…?俺、何か変な事を言ったか…?
皆が黙り込んでしまったため、アレンは少し戸惑ってしまう。
「プッ…ブハハハハハハハ!!!」
「なっ…!?」
突然、ミュルザが大声を上げて笑い出す。
「な…何が可笑しい!!?」
ミュルザだけでなく、チェスやイブールまで笑い出したため、頬を少し赤らめながらアレンは叫ぶ。
そんな彼らの横で、シアが苦笑いをしていた。
「いや…悪ぃ。あまりに珍しいものを見たんで…つい…!」
まだ笑いが収まっていないのか、お腹を押さえながらミュルザは答える。
すると、ラスリアがアレンの手を両手で握る。
「ラスリア…?」
「…ありがとう、アレン。姉や、村の皆の心配をしてくれて…」
そう言いながら見せるラスリアの笑顔に、アレンは何て言えばよいかわからなくなる。
「ただ…いつもは静かなあなたが、あんなに早口でベラベラ話すなんて…ぶふっ」
「…五月蠅い」
終いにはラスリアにまで笑われてしまったため、アレンはふてくされてしまう。
…「笑顔が可愛い」なんて思った俺が馬鹿だったようだな…
こらえきれなくなって笑い出したラスリアを見て、アレンはふとそんな事を考えていた。
その後、シアをどうするかはストの村に戻ってから決めることにした。村へ戻る道中、ラスリアに同時通訳をしてもらいながら、「復活の手助け」に関する詳細を訊きだした。
「つまり…“8人の異端者”達を閉じ込めていた特殊な檻の強度を…“歌を歌う”という行為で弱め、出やすいように動いていた…という事ね」
「…みたいだね。それにしても、家族を人質に取るなんて…なんて卑怯な連中…!」
シアから話を聞いたイブールとチェスが、各々の感想を述べていた。
「…?」
「…“私を責めないのですか?”だって…」
ラスリアの同時通訳を聞いて、少しの間だけ沈黙が続く。
「…俺が思うに…」
口を開いたアレンは、ラスリアに通訳するようアイコンタクトを送る。
「奴らがそんな事を命じさせたのは、あくまで“
アレンは、少しうつむきながら話す。
それに…「ラスリアに似ている」からか…少し調子が狂うな…
ため息をつきながら、アレンはそんな事を考えていた。
「…Thank you」
この時、何を言っているのか理解はできなかったが、表情を見てお礼を言おうとしているのは、何となく理解できた。その表情は、まさにラスリアそっくりの笑顔。その顔色からは、感謝の気持ちが見て取れたからだ。
「自分に“心”なんてあるはずない」。…そう思っていたが…まんざら、そういう訳でもないのかもな…
アレンは心の中でそんな事を考えながら、歩き出して行く。
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