第31話 漆黒の竜騎士・ダークイブナーレ
ラスリアがミュルザと一時的な“契約”を結んでいた頃―――――黒い竜によって連れ去られたイブールは、見知らぬ山の中にいた。
両腕に手枷をはめられて魔術を封じられているイブールは、静かに目の前にいる女性を睨みつける。イブールは、このヴァリモナルザと名乗る女性の事を考えながら、口を開く。
「…状況がよく飲み込めてないの。だから、詳しく説明してくれないかしら?」
イブールは、そう問いかける。
すると、その目の前にいる女性は口を開く。
「…私の目的はこの石であって、貴女ではないの。この子達には“石を取ってこい”と命じただけだったんだけれど…貴女というオマケがついてしまっただけの事よ」
女性は、側にいる黒竜を撫でながら語る。
…この女が黒い竜を操っていたという事は…チェスと同じ、竜騎士…?
イブールは、女性を見つめながら考える。
黒髪・黒い瞳という特徴はラスリアと同じだけど…こいつの場合、瞳がミュルザみたいで、怖い…
気がつくと、竜達の側にいた黒髪の女性が、イブールの近くに来ていた。
「“悪魔の花嫁”…」
「えっ…!?」
女性が突然呟いた言葉に対し、イブールは動揺する。
すると、女性は手でイブールの頬に触れる。
「“あの方達”はとても気まぐれだけど…まさか、貴女みたいな女と契約を交わすとはねぇ…」
「“あの方達”って…ミュルザ達、悪魔の事?」
何を言っているか、いまいち理解できなかったイブールは、首を傾げながらヴァリモナルザに尋ねる。
その直後、女性は突然イブールの頬をたたく。
あまりに突然の出来事だったため、イブールはその場で固まってしまう。
「痛っ…」
「
気がつくと――――――ヴァリモナルザの表情は眉間にしわが寄り、かなり怒っているような
「もしかして、あんた…悪魔崇拝者か何か?」
イブールの
竜騎士が悪魔を崇拝するなんて事…あったかしら?
自分で言った
「――――…」
ヴァリモナルザが、何かを言おうとしていた時だった。
「やぁ、ヴァリ」
ヴァリモナルザの背後から、見知らぬ男性の声が聴こえる。
「…ハデュスか」
自分の背後にいる事に気がついたヴァリモナルザは、すぐに立ち上がって男を睨む。
燃えるような赤い髪の男は、一瞬だけイブールに視線を落としたが、すぐにヴァリモナルザの方へ向いて話し始める。
「例の物は…ちゃんと、手に入れられた?」
「ええ。…これよ」
ヴァリモナルザは、イブールから取り上げた淡い水色の石を男に渡す。
「…お疲れ様。あと、残りは3つだね」
「ええ…」
石を手渡したヴァリモナルザは、深刻そうな
「ところで…」
男がイブールの方を向いた時、彼女は身体を一瞬震わせる。
このハデュスとかいう男…ヴァリモナルザの仲間みたいだけど、竜騎士ではない…わよね…
男を見上げながら、イブールはいろいろと考える。
「この
「…そんな所ね」
「ふーん…」
その後、彼らの間で沈黙が続く。
数分後、最初に口を開いたのがハデュスであった。
「さて、僕はそろそろ行くよ。これから”大仕事“に向かわないといけないから…」
「“大仕事”…?」
イブールは、その言葉に反応する。
すると、ハデュスの視線がイブールに向く。
「…っ…!!?」
顔に軽い痛みを感じたかと思うと――――イブールのすぐ真横に、細長い刃があった。
ポタッとにじみ出た血が地面に落ちると、自分の顔に傷が入った事に気がつく。イブールは恐る恐る視線を上げると―――――なんと、その刃はハデュス指から伸びていたモノだったのだ。
「…部外者は、僕らの会話に入ってきちゃ駄目だよ」
ハデュスは微笑みながらそう告げると、指から伸びた刃を引っ込め、その場を去っていってしまう。
一体…どうなっているのよ…!!?
何がどうなっているのか想像すらできないイブールは、ただ黙り込むしかできなかった。
「早く…」
ボソッと呟いたまま俯いたイブールからは、強烈な殺気が溢れ始める。
「早く来い…我が僕よ…!」
その一言を聞き取る事はできなったものの、イブールから発する邪気に対し、黒い竜騎士は一瞬だけ反応を見せていたのである。
※
ミュルザが唱えた瞬間移動の魔術によって、アレン達は、イブールがいる山にたどり着いた。
これが、瞬間移動…
本当に一瞬の出来事だったため、アレンは物凄く不思議に感じていた。
そして、着地した後、立ち上がった彼らは辺りを見回す。
「ここに、イブールが…」
辺りを見回した後、最初に口を開いたのはチェスだった。
すると、ミュルザは何かに反応したのか、一点を見つめている。
「ミュルザ…?」
「…どうかしたのか?」
ミュルザの様子に気がついたラスリアとアレンは、彼に声をかける。
「…いや。なんでもねぇ…行くぞ」
低い声で一言呟いたミュルザは、足早に歩き出してしまう。
「…どうしたのかしら?」
「ねー…」
ミュルザの返答に、首を傾げるラスリアとチェス。
「だが…この先に、敵がいるのは間違いなさそうだ。…2人とも、気を引き締めて行くぞ」
そう2人にアレンは告げたものの、彼自身もミュルザの態度には少々気になっていた。
…何を感じ取っていたのやら…
短いため息をついた後、アレンもミュルザ達について歩いて行く。
「イブール!!」
ラスリアが叫んだかと思うと…アレン達の視線の先には、両腕を拘束されたイブールと、黒髪・黒い瞳の女性がいた。
「…貴様が、イブールを攫った奴か」
「攫うだなんて…。彼女はたまたま、この子達と一緒に来ちゃっただけなんだけどね」
黒髪の女性は、イブールの方を見ながら呟く。
「貴様の目的は一体…」
アレンがその先を言おうとしたその時だった。
「まさ…か…」
前に歩き出しながら、チェスが何かを呟いたのだ。
そして、アレン達の前に出ると、黒髪の女性を見つめながら口を開く。
「お姉さん…。もしかして、“ダークイブナーレ”…?」
「え…?」
チェスが述べた
「…はるか昔、同じ竜騎士共に滅ぼされた、黒い竜の背に乗る竜騎士の事だぜ」
「滅ぼされた…」
首をかしげる2人に、後ろからミュルザが助け舟を出してくれた。
ミュルザの方を向いたままでアレンは動かなかったが、“滅ぶ”という言葉に反応していたラスリアは、俯いている。
「…という事は、君が…“漆黒の悪魔ヴァリモナルザ”…なんだね」
せつなそうな
「…何、その
「いや…。そういうわけでは…」
「じゃあ、なんだっていうのよ!!?」
ヴァリモナルザの物凄い剣幕に対し、チェスは黙り込んでしまう。
「チェス…“異端者”って事はつまり…」
ラスリアがチェスの方を見ると、その視線に彼は答える。
「…以前、村の皆から聞いた事があったんだ。古代大戦の前後に、人々を殺戮して戦争を起こした張本人たちの中に…僕と同じ竜騎士の女性がいる…って話を」
「!!!」
チェスの
…そんな話が、ウォトレストの間では広がっていたのか…
アレンはヴァリモナルザを見つめながら、ふとそう考えた。
その後、その場にいる全員の間で沈黙が続く。どちらも緊張状態で、いつ戦いが始まってもおかしくない状況だった。
「てめぇの事情なんざ知らねぇが…。とっとと、そいつを返してもらおうか…!!」
物凄い形相で、ミュルザはヴァリモナルザを睨む。
最初はミュルザの瞳を真っ直ぐに見つめていたヴァリモナルザであったが…小さなため息交じりで、話し出す。
「ええ、貴方様がそれを望むのなら、構いませんよ…。ただし…」
ミュルザの
「そこの少年が、私に勝ったら…ですけどね!!」
「えっ…!?」
ヴァリモナルザが持つ漆黒の槍の矛先は、チェスに向けられていた。
「つまり…貴様とチェスで、一騎撃ちをさせろという事か…?」
アレンがそう尋ねると、ヴァリモナルザは黙って頷いた。
「わかっているとは思いますけど…。もし、あなた方が邪魔をしたら…」
「…っ…!!」
気がつくと、イブールの周囲に2匹程の黒い竜が待機していた。
その瞳は、今にもイブールを食らいそうな眼差しをしている。
「…チェス。お前は大丈夫か?」
“イブールの命はこちらが握っている”と言わんばかりの行動に、アレンは憤りを感じつつも、怒りを押させてチェスに声をかける。
チェスも最初は戸惑っていたが、相手が本気だと理解したのか…矛先にかぶせていた布を外す。布の下に隠れていたのは――――――藍色で先端が尖った、竜騎士が持つ槍の矛先であった。
「彼女を人質になんかしなくても…僕は貴方と一対一で戦うつもりだったから」
「何ですって…?」
イブールを見下ろしながら呟くチェスに、ヴァリモナルザは反応する。
すると、チェスが持つ水色の瞳が、より真剣な
「例え、同族であろうとも…過去の過ちは、これからを生きる僕達が断ち切らねばならない…!!」
「ふふ…ならば、坊やの四肢を引き裂き、その裂き首を水竜の元へ献上してあげるわ…!!」
チェスの覚悟を聞いたヴァリモナルザは、狂気と歓喜の両方を思わせるような
こうして、アレン・ラスリア・イブール・ミュルザら4人が見守る中、チェスは竜騎士ヴァリモナルザとの一騎撃ちを開始するのであった―――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます