第5章 統合した2つの世界
第24話 提案
“2つの世界の統合”―――“イル”を求めていたアレンがそれにたどり着き、それに触れた後、地震と共に起こった超常現象を指す。地上にいた生き物にとっては地震が起きているだけに見えるが、実際に統合された瞬間は物凄い衝撃があり、全ての生き物が気を失う事となる。
この出来事によって、レジェンディラスにはなかった
「よいしょっ…と…!」
草木が多く生えた山道を、チェスは登る。
「ここを抜ければ…」
独りで山道を歩いていたチェスは、見晴らしの良い場所を目指していた。
それにしても…
チェスは歩きながら、周囲を見渡す。鳥の囀る声や木をつたう小動物。どこにでもある山が、彼の視界に入ってくる。しかし、唯一違っていた事があった。
「1つに戻った世界…か…」
その場に立ち止まったチェスは、ここに向かう前の会話を思い出す。
「う……一体、何が…?」
ルーメニシェアにて、ライトリア教団の連中に監禁されていたチェス・イブール・ミュルザの3人。しかし、イブールはアレンが教えてくれた言葉が、ミュルザに嵌められた首輪を解除する魔法の呪文だと気がつく。そして、自分を押さえつけていた
しかしその後、突然、地震が起きたと思った矢先に意識を失っていたようだ。
「意識を…失っていた…のね」
ゆっくりと起き上がったイブールが、低い声で呟く。
しかし、先に目が覚めていたミュルザは、遠くの方を見つめながらその場に立ち尽くしていた。
「ミュルザ…どうしたの?」
チェスはその場に立ち尽くしている彼を、横から見上げる。
「この感覚は……もしや…!?」
そう呟く彼の
「ミュルザ…どうかしたの…?」
イブールがそう問いかけると、少しの間だけ沈黙が走る。
「もしかしたら…2つの世界が元に…元に戻ったのかも……な」
ミュルザらしからぬ不確実な
そんな2人に対して、ミュルザは顔をしかめながら話し出す。
「俺は、世界が2つに分かれた後…すなわち、古代大戦が終わった後に誕生した
「そう…だったんだ…」
その
それにしても…古代大戦が終わった後とはいえ、ミュルザは1000年近く生きてる…って事だよね…
彼ら3人の中で一番背の低いチェスは、自分より背の高いミュルザを見上げながら考え事をしていた。
数分ほど、彼らの間に沈黙が続いた後――――――最初に口を開いたのは、イブールだった。
「あんたが言うように、2つの世界が統合したとすると…私、少し行きたい場所があるのよね」
「行きたい…場所…?」
瞳を数回瞬きしたチェスは、イブールを見上げる。
「…ええ。おそらくそこへ行けば、この世界の現状とか…何かわかるかもしれない…って考えているの」
そう語るイブールは、横目でミュルザの方に視線を向ける。
「…了解」
低い声で何かに了承したように呟くミュルザは、その直後、チェスに視線を落とす。
「おい、ガキんちょ!!」
「な…なんだよ!」
自分の事を
「俺はイブールと一緒に、その“行きたい所”へ行く…。だからお前は、水竜の元へ向かえ」
「え…?」
ミュルザの口から、思いもしない言葉が紡ぎだされ、チェスはその場で驚く。
水竜…僕らウォトレストの長である水竜ウンディエル様の事…?
「なぜ」と聞くまでもなく、ミュルザは言い切る。
「奴は…この世界でも数少ない、世界が分かれる前を知っている
「聞き出してこい」…という言い方は気に食わなかったが、おそらく、「指示を仰げ」と言っているのだろう。
そして、ウォトレストの皆に会いに行くのに、ミュルザやイブールのように竜騎士でない者を連れて行くのは得策ではない。ミュルザがチェスに対して言った
ミュルザの提案に乗ったチェスは、彼ら2人と別行動を開始し、現在に至る。チェスは竜騎士ウォトレストの1人ではあるが、まだ幼いため、背にまたがれる竜がいない。そんな彼が、仲間たちと連絡を取る方法は一つしかなかった。
「よし…ここからだったら…!」
山道を進んでいたチェスは、見晴らしのよい崖の前にたどり着いていた。
彼の下には、数メートルは深さのある崖―――――そして、その下には勢いよく流れる川が存在する。
「よし…。他の獣達に見つかるなよ…!」
そう呟くチェスの掌には、登山中に見つけた小鳥の姿があった。
彼の水色の瞳が閉ざされ、何か念じ始めた数分後に、手の中にいた小鳥が羽ばたき始める。
さて…この川の流れに沿っていけば…!
その後、チェスは空を飛んでいた。…否、この川に沿って飛んでいるのは、チェスの意識を宿した先程の小鳥だった。
竜騎士である彼らは、常に槍を扱う訓練と共に、もう1つの訓練も並行して行っていた。それは、背にまたがる竜と心を通わせるための訓練―――――――豊富な知識を持つ竜を従わせるのは困難のため、将来竜騎士となる子供達はまず、自分の意識を動物に移して操る術から身につけていくのだ。
やっぱり、水の加護もあってか…小鳥を扱いやすいな…
小鳥の瞳を借りて周囲を見渡していたチェスは、ふとそんな事を考えていた。
ウォトレストであるチェス達の一族は、水に強く、そして操る事のできる竜騎士の部族だ。どんな術を使うにせよ、恩恵に預かれる属性の側では、何かしら力が増幅するようになっている。
彼の意識を映した小鳥は、川に落ちないように注意をしながら飛ぶ。そして、チェスは鳥が川に落ちてしまわないように、集中力を保つよう努力し、時間が刻々と過ぎていく。
あれ…?
川沿いを進んでいく内に、人影が見える。しかし、この辺りに人間の住む村はないはずなので、普通の人間がいる可能性は引く。しかも、布か何かで顔を隠しているため、男か女かすらわからなかった。
いくら鳥に意識を映して飛んでいるからとはいえ、あまり近くで飛ぶと危険かもしれないという考えから、その人物の後ろを飛び去ろうとする。
え…!!?
チェスの意識を宿した小鳥が、その人物の背後を飛び始めた時だった。
「っ…!!?」
声をかけたわけでもないのに…気がつけば、その顔を隠している人間は、チェスの方を振り向いていた。
いつのまに…?
当然、このまま立ち止まるわけにいかなかったチェスは、羽を下ろさず、そのまま目の前を通り過ぎる。その時に見えた人物は…少し“不気味”とも取れる笑みが、一瞬だけ見えた。そして、その瞳が血のように真っ赤だったのである。
とにかく…ウォトレストを探さなくては…!!
真っ赤な瞳をした人物が、なぜ自分を見つめていたのかは理解できなかったが、今やっている事に集中しようと思い立ったチェスは、再びウォトレストの村を目指して、飛び始める。
そして、数時間後――――――
「…しかし、俺らと別れた後にそんな事が…」
チェスの目の前には、彼の兄であるビジョップの姿があった。
あれから、何とか仲間達に連絡の取れたチェスは、兄がまたがっている竜に乗せてもらいながら、ウォトレストの村へ向かっていた。
「そうなんだ…。だから、ウンディエル様に知恵を授けてもらおうかと思って…」
兄の後ろにまたがるチェスは、これまで起きた出来事を語っていた。
しかし、その提案をしたのが悪魔であるミュルザだという事は、敢えて伏せておく事にした。自分よりも異民族に対する警戒心の強い兄では、怒りを顕にするのは目に見えているからだ。最も、それは兄だけに限らないという事が、今の竜騎士の現状である。
そして、ウォトレストの村に到着したチェスとビジョップの兄弟は、そのまま水竜ウンディエルの元へ赴く。
村を出てまだそんなに日にちが経っていないはずだが、チェスにとっては相当久しぶりな感覚を覚えていた。
「お久しぶりです、ウンディエル様…」
『…元気そうで、何よりです』
チェスは深くお辞儀をしながら、水竜に
それに対して、ウンディエルは穏やかの声で答えてくれた。しかし、数秒ほどの沈黙が続いた後、
『して、一体何があったのですか…?』
「えっと…」
チェスは、ここに来るまでに起きた出来事を、水竜に報告する。
『成程…それで、私を頼ってきたのですね…』
ウンディエルは、その場でため息をつくような
「僕らは誰も、2つの世界が分裂する前を知らなくて…。貴女にだったら、冷静な対応をできるかと」
『…』
「ウンディエル様…?」
チェスがウンディエルと話していると、水竜は、突然黙り込む。
…どうしたんだろう…?
内心でそう考えながら、チェスは水竜を見上げていた。
『すみませんね、チェス…』
「何が…何か、見えたのですか?」
チェスは、ウンディエルに問いかける。
彼らの長である水竜ウンディエルは、自らの属性である水を使って、様々な使い道を知っていた。
すると、主と僕の間に、少しの間だけ沈黙が続く。
そして数分後―――――最初に話し始めたのが、ウンディエルだった。
『先程…水の流れから、とある人間の存在を確認できました』
「人間…ですか?」
チェスは、水竜が“人間”の事を話し出すなんで珍しいと考えていた。
他の仲間達ほどでなくても、少なからず人間に警戒心を抱いているからだ。
『この独特の気は…』
そう呟きながら、水竜の視線はチェスに映る。
『…おそらく、以前にお会いした、あのラスリアという少女の
「えっ…!!?」
その
ラスリアとアレンは、モーゼ達に連れて行かれたため、ルーメニシェアで別れたきりであった。そのため、何故、ウォトレストの村近辺にいるのかが理解できなかった。
『…チェス。他の者を集め、彼女を迎えに行っておあげなさい』
「ウンディエル様…!!」
深刻な
話を途中で切り上げるのは悪い気もするけど…でも…!!
チェスは、もしかしたらラスリアに何かが起きたのではないかという予感が脳内を占めていた。
「では…彼女を保護して、事の次第を聞いたら、ご報告しますね…!!」
口早に告げたチェスは、水竜にお辞儀をした後、その場から去っていく。
水竜ウンディエルはチェスの背中を見つめながら、何故、古代種キロの末裔が、村近くの川にいたのかの理由を考えていたのであった。
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