第16話 竜騎士・ウォトレスト
「厄介な連中が来たか…」
フリッグスは、ラスリアの頭上でボソッと呟く。
彼女の視線が、完全に空中に現れた竜騎士達に向いていた。
…今だ…!
そう思ったラスリアは、フリッグスの腕を強くひっかく。
「っ…・!!」
思っていた以上にフリッグスが反応したため、ラスリアはその直後、相手を突き倒すようにして、堕天使の腕から何とか逃れる事に成功した。
「ラスリア…!!!」
敵から逃げた彼女を見つけたアレンが、ラスリアの肩を引き寄せる。
船上には、藍色の翼を持つ竜が2・3匹ほど、降り立っていた。
「…もしや、てめぇらが“ウォトレスト”か?」
ミュルザは、少し警戒した
しかし、ミュルザの台詞には全く耳を貸さず、竜に跨っていた男は言う。
「黒竜達の様子がおかしいとは思っていたが…どうやら、貴様の仕業のようだな」
そう告げた後、竜騎士の男性はフリッグスを睨みつける。
その様子を見た堕天使は、観念したかのように深いため息をついた後に口を開く。
「普段は住処からなかなか出てこないくせに、今日は随分景気がよろしいのね?」
「
堕天使に言い放った竜騎士の手には、細長い槍が握られている。
双方の間で、緊迫した空気が流れていた。
一方でアレン達は、彼らの会話についていけないため、ただ呆然としていたのである。
この人達が、ラゼの言っていた“ウォトレスト”…
ラスリアは、槍を持った
「ちっ…」
微かに舌打ちをしたフリッグスは、白い翼をはばたかせたと思いきや、その場から去ってしまう。
その様子をじっくりと見届けたウォトレストは、すぐにラスリア達の方へ向きなおす。
「驚かせてしまったようで、申し訳ない。我々は“ウォトレスト”。…人間達に“竜騎士”と呼ばれる者です」
「あ…。助けて戴き、ありがとうございました…」
自分に対して跪いてきたため、驚いたラスリアは困惑した状態で礼を言う。
「我々は、貴女様がこちらへいらっしゃるのを、ずっとお待ちしていました。そして…」
ラスリアに優しい口調で述べたウォトレストの男は、今度はアレンの方を向いて話し出す。
「…貴方には、早急に我らの長に会ってもらわねばなりません。…“ガジェイレル”」
「え…!!?」
“ガジェイレル”の言葉に反応したアレンは、目を丸くして竜騎士達を見つめた。
「…ここでは落ち着いて話もできないでしょう。…我々の村へ向かいます」
周囲の状況を見て何かを悟ったのか、この
「すごい…絶景だわ…!」
竜騎士ウォトレストに助けられたアレン達は、彼らの竜の背に乗ってウォトレスト達の村へ向かっていた。
「空を飛ぶ」という生まれて初めての体験に、ラスリアの心は躍る。
「そういえば…何故、私やアレンに対する待遇が良いのですか?」
先ほどから気になっていた事を、ラスリアは目の前に乗っている
「…古代種“キロ”は、我々竜騎士にとって、“同志”とも言える大切な存在だからです。また、彼の場合…」
「アレンの場合だと…?」
違う竜の上に跨っているアレンを横目で一瞬見た後、男は呟く。
「…彼については、後ほど“長”から話を聞いてください。今ここで説明できるほど、簡単な存在ではないから…」
この
一つだけわかるのは、自分が“キロ”だからと言って、何かされるわけでもなさそうだという事だ。
これまでは、
じゃあ、逆に…あのフリッグスっていう
目の前にいる竜騎士の背中にしがみつきながら、ラスリアは一人考え事をしていた。
「いやー!こうやって堂々と飛べるなんて、何十年ぶりだろ…!!!」
漆黒の翼を広げ、ミュルザは楽しそうな笑みを浮かべながら、大空を飛び交う。
そして、ミュルザはラルリアが乗っている竜の近くまで飛んでくる。
「よう、ラスリアちゃん!乗り心地はどうよ?」
「ええ…すごくいいかんじ!…ミュルザも、すごく楽しそうね?」
翼を広げている所すらあまり見ないのに、こうやって
「まぁ、”契約”のせいもあってか、最近長距離を飛ぶ暇なかったんだよ!だから、こうやって人目を気にせずに飛べるのが楽しくてな♪」
楽しそうな
「…じゃあ、また後でな…」
そう告げた後、ミュルザは離れていった。
そうよね…。私やアレンは普通に対応してもらっているけど、悪魔であるミュルザや普通の人間であるイブールに対しては、本来は忌み嫌っている存在だから…
ラスリアはラゼより、「ウォトレストを含む竜騎士は非常に警戒心が強い」事を聞いていた。また、普通の人間であるイブールを背中に乗せる事に対して、最初は竜達も嫌がっていた。しかし、ウォトレストの一人が「今回は特別です」と言って竜達を宥めていた事も、ラスリアはちゃんと記憶している。
…訊きたい事は山ほどあるけど、まずは
風を感じながら、ラスリア達を乗せた竜達は、崖の底にあるとされるウォトレストの村へと向かっていく。
※
「着いてきてください」
幾分か時間が経過した後、アレン達はウォトレストの村へ到着する。
そして、自分達に話しかけていた男性が、彼らを村の奥へと案内する。
…ほとんどの者が、藍色の髪に澄んだ水色の瞳を持っている…。それに…
歩きながら周囲を見渡していたアレンは、村のあちこちにいるウォトレストを見ながら考えこんでいた。
「アレン」
「ん…?」
すると、ラスリアが彼に声をかけてきた。
「ここの人達すごいね…。なんだか、普通の人間じゃ持ち得ない“何か”を感じるの」
「そうだな…。俺も今、似たような事を考えていた…」
アレンとラスリアが会話する中、彼らは奥へ奥へと進んでいく。
この村自体が森の中のため、周囲にはたくさんの木が生い茂っている。ミュルザはいっそ「飛びながら進みたい」と言ったが、当然イブールによって却下される。しかし、仮に許可が下りても、ウォトレスト達がそれを許さなかったであろう。
ウォトレストや…船で会った天使も言っていた“ガジェイレル”とは、一体何だろう…?
天使が何故ラスリアを連れ去ろうとしたのか…という事よりも、今のアレンはその事が気になって仕方なかった。
こうして、森の奥へと進んでいくアレン達。気がつくと、視線の先には門番らしき男2人と、その間には一人の少年の姿が見えた。
「あ…ビジョップ兄さん、おかえり!」
こちらの存在に気が付いた少年は、こちらに向かって声をかけてくる。
「“兄さん”…?」
イブールが、不思議そうな
「チェス、今は客人の前だ。私語は慎みなさい」
「は…はい…」
“ビジョップ”とは、アレン達をこの場に連れてきた男性の名前であった。
兄に指摘をされたチェスという少年は、残念そうな
「…じゃあ、僕が彼らを水竜様の下へ連れて行くよ…」
少年がそう呟くと、門番のような格好をした男達が、アレン達に道を譲った。
「あの…“水竜”って…」
「僕らウォトレストの長であり、“水”を司る神竜様のこと。…僕ら以外だと滅多にお目にかかれないから、粗相のないようにね!」
ラスリアの呟きに、少年は進行方向を向いたまま答える。
「…まさか、水竜にお目にかかれるとは…」
「それにしても、なぜあんな小さな子が案内をしているのかしら…」
アレンとラスリアの後ろでは、ミュルザとイブールが小声で話していた。
だが、こいつらの言う事も一理ある…。この子供は一体…?
アレンは、この12・13歳くらいの少年の後姿を見つめながら、更に奥へと進んでいくのであった。
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