第12話 同胞

「ここは…」

ラスリアは、声の主が出現させた魔法陣によって、先程いた所とは異なる場所に移動した。

彼女の周囲には巨大な本棚がいくつも存在し、中には本が所狭しと納まっている。本棚の近くにある脚立の上にまで、本が置かれている始末だ。

 まるで、図書館みたい…

ラスリアにとって、この空間を見た第一印象が、“図書館のよう”であった。

ゆっくりと用心しながら、ラスリアは歩いて行く。向かった先にある入口には扉がなく、ノックが必要ない状況である事を、彼女は不思議に感じていた。

「貴方は…誰?」

歩いていった先にいたのは、紺色の髪に黒い瞳を持つ背の高い青年だった。

「はじめまして…だね。僕の“同胞”よ」

「“同胞”…?」

初対面の人間によって、そのような言葉が出てくるとは思いもよらなかった。

ラスリアは、そう言いたげそうな表情かおをしている。

「…驚くのも無理はない。僕は、自分が持つ能力を最大限まで知り尽くしているからこそ…すぐに君の事がわかっただけだしね」

「…どういう意味?」

「君だって、自分が“キロ”である事くらいは…勘付いているんじゃないの…?」

「…っ…!!」

ラスリアは、“キロ”の言葉に反応する。

それと同時に、深刻な表情かおをしながら、その場で身構える。それを見た紺色の髪の男は、自分の長い髪をなびかせながら口を開く。

「大丈夫だよ。ここには、君を捕まえようとする連中も、正体を他人に言いふらすような連中も…誰一人としていない。なにより…」

「なにより…?」

「僕も君と同じ人種…古代種“キロ”の末裔だからね」

「…え…!!?」

その台詞ことばを聞いた途端、ラスリアは、目を丸くして驚く。

 確かに、この男性ひとも私と同じ黒い瞳を持っている…。まさか、本当に…?

“自分以外にキロの生き残りがいる”―――――20年間生きてきた中で、そんな事は一度たりとも考えた事はなかった。そのため、驚きを隠せないのは当然だ。そんなラスリアを見かねたのか、男は話し続ける。

「改めて、自己紹介をするね。僕は、ラクマリゼノ・アドグラフ。ラゼでいいよ!」

「あ…えっと、私はラスリア・ユンドラフ…です」

「ユンドラフ…?」

このラゼという男とラスリアは、お互いに自己紹介をする。

その直後、彼はボソッと何かを呟いていたが、ラスリアはそれを聞き取る事ができなかった。ラゼは真剣な表情で考え込んでいたが、すぐに前を向いて話し始める。

「“ラスリア”かぁ…。あれ?“本名”は…?」

「え…!?」

ラゼの思わぬ一言に対し、ラスリアの心臓の鼓動が大きく跳ねる。

というのも、“ラスリア”という名前はラゼと同様、愛称である事は彼女自身も知っていた。しかし、孤児院にいた頃、自分を拾ってくれた院長から「この名前は、あまり人前で名乗らない方がいい」と言われていたからだ。

 今思えば、院長は私が古代種の末裔である事を、薄々と勘付いていたのかな…?

目線を下に向けながら、ラスリアは考え事をしていた。しかし今、目の前にいるのは、自分と同じ“キロ”の青年だ。

この人にだったら、教えても大丈夫かもしれない…

初めて会ったにも関わらず、ラスリアの中ではそのような確信があったのである。

「“ラスリア”は愛称で…本名は、ラストイルレリンドリア・ユンドラフです」

「やっぱり、長いね…」

“本名”を知ったラゼは、不意に呟く。

その後、数秒間だけ彼らの間で沈黙が続いたのである。


「そういえば、貴方…ラゼさんは、こんな森の中で何をしているのですか…?」

「何って…?」

ラスリアの台詞ことばを聞いたラゼは、すぐに真剣な表情へ変わる。

その後、彼女はつばをゴクリと呑み、緊張した面持ちで話し始める。

「イブール…私の仲間が、あの結界術を“高度な魔術”と言っていました。…あんな強力な術は初めて見たし、この塔の存在を隠してまで何をしているのかなぁ…って思って…」

ラスリアは、自分で話している内に、何故彼がこんな場所にいるのかが少しずつわかってきた。

 …自分も同じ“キロ”なのに、何訊いちゃっているんだろう…私…

今の台詞ことばを口走ってしまった事に、ラスリアは少し後悔したのである。

「…この場所だからという深い理由は、特にはないよ」

「え…?」

「僕は“キロ”の中でも魔力が特に強くて、“二大魔術”も使える…。だから、この塔を自分の家として、ただひたすら研究を重ねているだけだよ」

「“二大魔術”って…あの?」

「そう」

ラゼが首を縦に頷いたのを見て、改めてこの男性ひとが“キロ”の末裔である事を理解できた。

コミューニ大学の図書館で調べ物をしていた時…仲間みんなには話さなかったが、“キロ”について軽く触れている書物を、ラスリアは見つけていた。それによると、回復魔法キュアや蘇生術がこれに当てはまる「命」と、時間を操る「時」の属性を持つ魔法――――――「二大魔術」を使えるのは古代種“キロ”だけである…と書かれていたからだ。

「…余計な詮索して、ごめんなさい…」

「…まぁ、別にいいよ。それより君こそ、なんであの辺をうろついていたの…?」

「…そうだ!貴方だったら、知っているかも…!」

「何が…?」

ラゼが首をかしげていたが、ラスリアはすぐに「イル」の手がかりを知っているであろう“竜騎士”について、尋ねてみた。

「奴らは用心深いからなぁ…。ああ、でも“ウォトレスト”だったら、一度だけ会った事あるかも…」

「“ウォトレスト”…?」

初めて耳にする言葉に対し、ラスリアは首を傾げる。

「“竜騎士”にもいくつか部族があるんだけど、そいつらは水竜を長とする部族なんだ」

「…彼らは、どこで暮らしているの?」

「断崖絶壁の所にある滝、“ヒエロパニコン”。…奴らは、そこの谷底で暮らしている」

「谷底…!!?」

思いもよらない回答に、ラスリアはつい声を張り上げてしまう。

「…普通だったら、考えつかないだろう?僕も、彼らを見た時は驚いたよ!」

「そうだったんですね…」

ラゼの台詞ことばに同調しながら、考え事を始める。

すると、同じようにして少し考えてから、ラゼも口を開く。

「それより、竜騎士かれらを訪ねるって事は…“星の意思”と関係があるのかな?」

「…え…?」

またもや初めて聞く言葉に、不思議そうな表情かおでラスリアは彼を見る。

「いや、でも…“ラスリアの仲間が探しているモノ”について聞くって事は…」

ラゼは、目の前にいるラスリアに構う事なく、その場でブツブツと呟く。

一方でラスリアは、彼に「アレンが”イル”を探している」とまでは言わなかった。そのため、これ以上は知らないはずだった。しかし…

「ラスリア…」

「…何ですか?」

「その“探し物をしている”という君の仲間…。顔に、紋章みたいな形の痣を持っているのでは…!?」

そう言ったのと同時に、ラゼはラスリアの両肩をつかむ。

ラスリアは、ラゼの態度が豹変したようで少し驚いていた。「何故、ラゼがアレンの痣について知っているのか」と考える余裕もなく、その場で頷くしかできなかった。

「とうとう…」

そう呟いた直後、ラゼは彼女の肩から手を離した。

何がどうなっているのか理解できないラスリアは、少し慌てた表情で尋ねる。

「なんで、アレンの痣の事を…!?」

大きな声で伝えたつもりだったが、当のラゼは、その台詞ことばが全く耳に入っていない雰囲気だった。

 一体、どうなっているの…?

その豹変ぶりに対し、ラスリアはひどく困惑してしまったのである。



「あ!戻ってきた…!!」

ラゼとの会話から1時間ほど過ぎ、ラスリアはアレン達の所へ戻ってきていた。

「ラスリア!…どうだった?」

彼女の近くに、イブールが寄ってくる。

「うん…。あれ?アレンとミュルザは…?」

ラスリアが辺りを見回すと、イブール以外に人の気配はなかった。

「ああ…。ずっとここにいるのは良くないと思って、この先にある町の宿に置いてきたわ!」

「そうなんだ…」

イブールの台詞ことばを聞いたラスリアは、安堵する。

 とりあえず、皆がいる場所で話した方がいいかな…

そう考えたラスリアは、イブールの方を向いて口を開く。

「皆に伝えたい事があるから…まずは、その宿屋へ急ぎましょう!」

「…そうね!」

納得したイブールは、ラスリアと一緒に歩き出した。

 一方、ラスリアに竜騎士の事を教えたラゼは、窓から遠くを見つめながら、ポツリと呟いていた。

「2つの世界が一つに戻るのも…もうすぐって事なんだね…」

独り呟いたラゼはその後、部屋の奥へと引っ込んでいくのであった。

当然、この意味深な台詞ことばを彼らが耳にすることはなかったのである。

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