第9話 治癒魔法
「きゃぁぁぁぁっ!!!」
「逃げろぉぉっ!!!!」
コミューニ大学内に突如現れてたトロルによって、周囲にいた大学関係者は、皆が混乱をしていた。
至る所で、人々の悲鳴が響いてくる。
一方、トロルが棍棒を一振りしただけで、中庭にあった銅像が大きな音を立てて粉々に砕けてしまう。
どうして、こんな所に魔物が…!!?
何故この場に現れたのかを考えていると、トロルの青白い瞳がこちらへ向く。
「あれ…?」
魔物を正面で見上げた時、ラスリアは首をかしげながら違和感を覚える。
トロルは本来、“知能が低い魔物”と聞いたことあったけど…。あれは、まるで…
この時は確証もなく考えていた事だが、それが正しい事を後になってラスリアは知ることとなるのであった。
「そこのお嬢さん!!下がりなさい…!!」
すると、目の前に甲冑を身にまとった兵士が何人か現れる。
おそらく、国に属する兵士であろう。
「はい…」
兵士に促されたラスリアは、少しずつ後ろに下がる。
「このっ…!なんで、
「とにかく、こいつを倒すぞ!!!」
そう叫びながら、4人の兵士達がトロルに立ち向かう。
すると、魔物はこん棒を持った左手を勢いよく振り回す。
「ぐわぁぁっ!!!」
「ぎゃぁぁぁぁっ!!!!」
剣を持って立ち向かう彼らだったが、トロルの一撃によって、それぞれが壁に吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた兵士が衝突した壁には、亀裂が発生していた。
何という
トロルの馬鹿力を目の当たりにしたラスリアは、つばをゴクリと飲み込む。
「…っ…!!」
気がつくと、トロルがラスリアの目の前まで移動していていたのだ。
そして、棍棒を持った左腕を振り上げていた。
「きゃぁぁっ!!!」
トロルが棍棒を振り下ろし、物凄い轟音が響く。
ラスリアは何とか避ける事ができたが、彼女が立っていた地面には、大きなひびが入っていたのである。
「黒髪……女………」
「え…?」
突然、微かにだが、トロルが
「キロの…末…裔…!」
「…っ…!!?」
思わぬ言葉が出てきた事で、ラスリアは目を見開いて驚く。
まさか、こいつの狙いは…私…!!?
魔物の目的に気が付いたラスリアは、本能的に「逃げなくては」と感じ取った。
しかし、先程の攻撃を避けてから床に座り込んでしまい、彼女の足が思い通りに動かない。
足が動かない…どうして!!?
逃げようにも逃げられないラスリアに構う事なく、トロルはゆっくりと彼女に近づいてくる。
いや…誰か…助けて…!!
恐怖の余り声を失っていたラスリアは、心の中で叫ぶ。
トロルが腕を振り上げ、彼女に手を出そうとした
「ラスリア…!!」
後方より、彼女の名前を呼ぶ声が聞こえる。
その後、物凄い音が周囲に響いたが、ラスリアは自分を誰かが抱きかかえているのに気がつく。
視線を上にあげると、銀色の髪が彼女の頬をくすぐる。そこにいたのは、息切れしながらもラスリアを抱きかかえる、アレンの姿であった。
※
ラスリアがトロルに遭遇する数分前――――――
「一体、何が…」
ラスリアが研究室を出て行った後、アレンは低い声で呟きながら立ち上がろうとする。
「っ…・!」
立ち上がった瞬間、少しだけ眩暈に襲われる。
貧血…ではないはずだが、何だか気持ち悪い気分だ…
顔が真っ青になっていたが、彼は何とか外に出ようと試みる。すると―――――――
「アレン!生きてっか…!?」
「お前…」
何故か窓際に、ミュルザが立っていた。
「一体、外で何が…?」
頭を抱えながら話すアレンに対し、ミュルザは告げる。
「…問題なさそうだな」
「…っ…!?」
「…よく聞け、アレン。どういうわけだか…この大学構内に、魔物が現れた」
「何!!?」
“魔物”の言葉を聞いた途端、アレンが勢いよく身を乗り出す。
「早く倒さねば…!!」
大学構内のため、当然だが魔法を使うことは許されない。
だからこそ尚更、剣などの打撃で倒さなければならないからだ。一刻も早く向かおうとするアレンに対し、ミュルザが軽く制止する。
「お前なら気付いているかもしれねぇが…この大学に、俺みたいな異質な存在がもう一人いる」
「何…だと…?」
ミュルザの思わぬ
何のことかとアレンは考えてるが、すぐに答えは出なかった。
「あーもー、思考ストップ!!とにかく、俺はその“異質な存在”を確かめてくるから、お前はラスリアのところにでも行ってやれ…!!」
そのようなやり取りがあった上で、現在に至る。
「ラスリア!!!!」
大学の校舎内を走り回っていると、魔物に襲われているラスリアを発見する。
彼女を抱えて逃げる事で魔物の攻撃から助け出すことはできたが、寝起きの運動がきつかったのか、アレンは息切れをしている。そうして少しでも気分を落ち着かせた後、彼は口を開く。
「…・大丈夫か?」
「ええ…大丈夫よ!」
ラスリアは、苦笑いを浮かべながら、首を縦に頷く。
気丈な
本当は怖いはずなのに、無理しやがって…
なんだ…このかんじは…!!?
「人を守りたいという気持ち」を知らなかったアレンにとって、この想いは生まれて初めての
「…お前は、下がっていてくれ」
トロルから少し離れた場所でラスリアを下ろしながら、アレンは低い声で呟く。
「…っ…!!」
ラスリアを庇うようにして抱きかかえたせいか、魔物の攻撃が少し掠ったようだ。
「アレン…腕が…!」
ラスリアが、血の出ているアレンの二の腕に視線を向ける。
「ああ、これか…。なに、問題はない…」
棍棒の先端が当たったのか、二の腕が少しだけ痛む。
「でも、戦っているうちに骨が…なんて事になったら、取り返しがつかないし…」
そう呟いたラスリアは、怪我をしている方の腕を掴む。
「これは…」
アレンは、その後起きた光景に驚いていた。
ラスリアがその黒い瞳を閉じたかと思うと、彼女の手が光りだす。
気がつくと、傷口がみるみると塞がっていくのだ。
これは…
どんな魔法かは知っていたが、初めて目にした
「助けてくれてありがとう、アレン!」
「あ…ああ…」
このとき、柔らかい笑顔で礼を言ってきたラスリアに対し、アレンは胸の鼓動が一瞬強く鳴ったのを感じていた。
その後、気を取り直して、アレンはトロルに剣の矛先を向ける。
彼の剣とトロルの棍棒が当たったとき、耳を塞ぎたくなるような音が中庭に響く。
幸い、トロルは怪力が取り柄の魔物で動きも鈍いため、この後はあまり苦戦することなく倒すことができたのである。
しかし、アレンはこの時に戦っていたから気がついていなかったが、この時――――――物陰から、彼とラスリアのやり取りを眺めている人間がいた。
「“あれ”が言っていた通りだ。…あの娘は、やはり…」
独り言をつぶやきながら、男はほくそ笑む。
その片手には、トロルが封印されていた本がある。そして、魔物が倒されたのを確認した男は、生徒達が避難している方向へと去っていくのであった。
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