(22)レンフィス伯爵領の真髄?

 セレナ達が、夫婦での街中行脚を始めて五日目。いつも通りの夕食の席で、パトリックが問いを発した。


「セレナ様。お伺いしてもよろしいですか」

「はい、何でしょうか?」

「以前、レンフィス伯爵領では有事が起きた際の対応の為、女子供を含めた訓練制度や施設があり、そこでの訓練を経て他領へ私兵として働きに出る者が多いと伺いましたが。ヤーニス辺境伯も、そのような事を申しておられましたし」

「ええ、その通りです。それが何か?」

「そちらの訓練施設というか、訓練内容を見学させて貰えないでしょうか?」

「見学というか、体験などをさせて貰えないかと思いまして」

「……え?」

 パトリックに続いてコニーが申し出た内容を聞いて、セレナは絶句して顔を引き攣らせた。そのまま食堂内に沈黙が漂ってから、パトリックが不思議そうに声をかける。


「どうかしましたか?」

「ええと……、その、ですね……」

 どう説明したものかとセレナが口ごもっていると、横からラーディスが口を挟んできた。


「はっきり言ってしまうと、正規の近衛騎士としての訓練を受けた方からすると、ここの訓練過程は非常に粗っぽい上に、確実に非常識と思われる訓練内容だから、相当驚かれると思う。だから見学はともかく、体験はお勧めしない」

 その身も蓋もない物言いに対して、コニーは釈然としない顔付きになりながら尋ね返す。


「非常識とは言っても、理不尽に殴る蹴るなどの暴行行為などは無いのだろう?」

「勿論、そういう事は無い。何と言うか……、剣や弓、槍などの正規の武器を使った、通常の指導の時間が比較的少ないと言うか……。臨機応変な対応を習得するのが、前面に出ていると言うか……」

「そ、そうですね。私もこちらに居る時は教官役から指導を受けましたが、一般的な武術指導とは結構逸脱していた所があったかもしれません。正式な指導を受けた事はありませんので、何とも言えませんが……」

 微妙に言い淀んだ義兄に続き、セレナもあまりお勧めできないと言外に含めながら意見を述べたが、生憎目の前の二人にそれは通じなかった。


「それはそれで面白そうですね。是非やってみたいです」

「そうだな。やはり後学のためにも、一度体験させて貰いたいのですね。セレナ様も指導を受けたなら、年齢や進度別なども考慮した指導をしているでしょうし」

 そんな事を重ねて要請されてしまったラーディスは、説得を諦めて提案した。


「それなら、お二人が明日一日体験させて貰えるように、訓練所の責任者に話をつけておきますか?」

「ちょっと待って、義兄様!」

「よろしく頼む」

「是非お願いします」

 慌てて義兄を制止しようとしたセレナだったが、パトリックとコニーが揃って真顔で頭を下げたのを見て、彼に向けて恨みがましい目を向けた。


「……義兄様」

「本人が希望しているのだから、構わないだろう?」

「それはそうかもしれませんけど……」

 ラーディスの主張に、セレナは不安に満ちた表情で応じ、クレアはこの間のやり取りに口を挟まず黙って見守っていた。


「それでは行って参ります」

「お気をつけて」

 翌朝、朝食を済ませてから、案内役のラーディスに連れられてパトリックとコニーは出掛けていき、玄関で見送ってから溜め息を吐いたセレナに、クレアが不思議そうに声をかけた。


「セレナ? 昨日話が出た時にも何だか浮かない顔付きでしたが、どうかしましたか?」

 その問いかけに、セレナが幾分困り顔で応じる。

「あのお二人が、色々な意味で疲労困憊して帰って来ないかと思いまして」

「そんなに訓練内容が厳しいのですか?」

「そういう身体的な疲労とは別に、精神的な疲労もあるかと」

 それを聞いたクレアはどういう事かと首を傾げたものの、取り敢えず相手を宥める必要性を感じてセレナを促した。


「はぁ……。でもあの二人なら大抵の事は大丈夫でしょうから、心配要りません。それより今日も、街の皆様へのご挨拶も兼ねて、大公夫妻の仲睦まじさを宣伝しに行きましょうか」

「そうしましょう」

 そこで気を取り直したセレナは、クレアに促されるまま外出の支度を整え、意気揚々と街中に繰り出した。


 結果として、その日クレア達が見学に出た二人と再び顔を会わせたのは夕食の席だったが、二人はかすり傷一つ無く、服の乱れも全く無いながら、何故かクレアにはたった一日でどことなく面やつれして見えた。


「パトリック、コニー。今日はこちらの訓練過程を見学して来たのですよね? どうでしたか? 参考になりましたか?」

 クレアは本当に何気なく問いを発したのだが、問われた二人はピクッと身体を強張らせてから、引き攣り気味の笑顔で応じた。


「え、ええ……。普段の訓練からは思いもよらない内容で、色々勉強になりました」

「レンフィス伯爵領出身の騎士や兵士に優秀な者が多い理由を、身をもって体験できたかと」

「それは良かったですね」

 クレアはその台詞を文字通りに受け取ったが、二人の顔色がどことなく悪いように感じたセレナは(きっと義兄様が裏から手を回して、いつもの何割増しの過激で破天荒な訓練をしたに違いないわ)と心の中で呻いた。


「それで二人とも、もう少し見学と体験を続ける予定ですか?」

 そのクレアの問いかけに、二人は僅かに狼狽しながら答えた。


「いえ、あの……、王太子殿下からは、レンフィス伯爵領への同行後は、現地の警備状況を確認して欲しいと依頼されましたが、警備に不安がないと確認できれば、撤収して構わないとの指示も併せて受けておりまして」

「こちらの地での訓練状況と私兵組織の実力を確認できましたので、大公ご夫妻の警護を全面的にお任せして良いかと判断致しました」

 それを聞いたクレアは、軽く首を傾げながら確認を入れた。


「それでは二人とも、そろそろ王都に戻るつもりですか?」

「はい、そうさせていただきます」

「分かりました。道中気をつけて帰ってください」

「大したおもてなしもできませんで、申し訳ありません」

「いえ、セレナ様、大変良くしていただきました。お礼申し上げます」

 その夕食の席でパトリックとコニーの帰還が決まり、二人は翌日には荷物を纏めて王都への帰路についた。


「義兄様……。本当にあのお二人に、どんな訓練内容を見せたりさせたりしたの?」

「…………さぁ、どうだったかな」

 馬上の人となった二人を見送ってからセレナが軽く義兄を睨み付けると、ラーディスは彼女から視線を逸らしながら惚ける。

そんな二人を見たクレアは、笑いを堪えながらセレナを宥めた。


「ですが、思ったより早く二人に帰って貰えて助かりました」

「そうですよね。これで二人に見られる危険性が無くなりましたから、クレアさんに家事の練習をして貰ったり、市場廻りとかもして貰えますね」

 そこで女二人は上機嫌に頷きあったが、ラーディスだけは身から出た錆とはいえ、レンフィス伯爵領での過激な兵士訓練過程の事が王都、特に近衛騎士団内で噂にならなければ良いがと、切に願っていた。

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