(11)郷に入れば郷に従え

「あの……、本当に他の皆さんとご一緒で、食堂でお召し上がりになられるのですか? やはりご夫妻の分だけ、お部屋にお運びしましょうか?」

 食事の支度が整った事を伝えに来たカエラが、かなり逡巡しながら申し出てきた為、クレアは笑いながらやんわりと言い聞かせた。

「お心遣いは嬉しいですが、今回は庶民的な旅をしたいと思っておりますので。特別扱いは不要ですから」

 そう言われて腹を括ったらしい彼女が、笑顔で頷く。


「分かりました。ですが何か不都合な事があれば、遠慮なくお知らせください」

「ええ、その時はお願いします」

(そうよね……。宿の皆さんの懸念は分かるわ。普段の私達の食事とも、方法が違うものね。事前に一応、クレアさんには説明してあるけど)

 カエラの後に付いて歩きながら、彼女の懸念は十分に理解できたセレナは小さく溜め息を吐き、落ち着き払って食堂に入った。すると他の同行者達は既に全員点在するテーブルに着いており、空いているテーブルの横に立っていたドーシュが、セレナ達を出迎えた。


「それでは、お二方でこちらのテーブルをお使いください」

「ありがとう」

「皆! テーブルに料理を運んでくれ!」

「はい!」

「今すぐに出します」

 主の号令に応じ、隣接する厨房から使用人が現れ、続々と料理の皿を配り始める。


「ああ、なるほど。この量で二人分なのですね?」

 目の前に一つずつ運ばれてきた三種類の料理を見て、クレアは納得したように頷いた。それにドーシュが相槌を打ちながら、揃えてある取り分け用のナイフとフォークに手を伸ばす。


「はい。ご希望のお料理を、こちらで手元に取り分けますので」

「いえ、わざわざこのテーブルに、人が付いている事はありませんよ? 自分が食べたい分は、自分で取らせて貰います」

「いえ、ですが」

 クレアに断りを入れられたドーシュは、動揺しながら食い下がろうとしたが、今度はセレナが苦笑しながら彼を宥めにかかった。


「ドーシュさん、心配なさらないで。クライブのお世話は私がしますから。普段の屋敷では料理を取り分けたりしませんから、今日はテーブルに二人だけで、存分に楽しもうと思っていましたの」

「は、はぁ……。それではお邪魔にならないように控えておりますが、何かご用がありましたら、すぐにお呼びください」

「ええ、ありがとう」

 セレナに笑顔で要請されたドーシュは、本当に良いのだろうかと不安な顔になりながらも、おとなしく引き下がった。そして話の内容を聞き取れる程の近くに人が居なくなってから、クレアが感心した風情で目の前に並んだ皿の感想を述べる。


「事前に説明されていましたが、実際に目にするとなかなか圧倒されますね」

 それを聞いたセレナは、早速取り分け用のカトラリーに手を伸ばしながら、笑って応じた。


「一気に三種類のお皿が並べば、順々にお皿が出てくる食事しかした事が無い人なら面食らいますよね? クレアさんのお口に合うかどうかは分かりませんから、最初少しずつ取り分けますね。気に入ったらお代わりしてください」

「分かりました。見た感じ何の料理か分からない物もありますから、全面的にお任せします」

「はい、任されました。こういう所の料理には、その土地の郷土料理も結構出る事がありますから、楽しみです」

 セレナが笑いながら料理を取り分け、それをクレアが美味しそうに食べ始めた。その様子を少し離れたテーブルから眺めていたパトリックが、安堵した口調で呟く。


「クライブ様は、戸惑わずに食べ進めておられるみたいだな」

 それを聞いたネリアは、先程から彼が何に対して戸惑っていたのかを正確に理解していた為、手を動かしながら謝罪した。


「本当にすみません。ごくごく普通一般の旅行者と同じ旅がしたいと言うのが、クライブ様の希望でしたので。大公夫妻が使用人の手を煩わせず、互いに料理を取り分けるなんて、頭の固い貴族の方が目撃したら『とんでもないマナー違反だ』と激怒されて当然ですよね」

 パトリックとコニーに割り当てられたテーブルは四人席で、彼らの他にラーディスとネリアが席に着いていた。れっきとした貴族の子息であろう二人が目の前の料理に戸惑っているのを見て、ネリアは早速料理を取り分けにかかっていたが、彼らは苦笑しながら首を振る。


「それは確かに驚いたが……、ご本人達が和やかに食べ進めているのだから、別に構わないだろう」

「そうだな。現にここは堅苦しい公式行事中でも何でも無いのだし、自分で料理を取り分ける位、何でもないさ。だから侍女殿も、私達の皿には取り分けなくても良いよ? ラーディスみたいに自分で勝手に取るから」

 その申し出はありがたかったものの、立場上すんなりと頷けなかったネリアは、困惑気味に言葉を返した。


「はぁ……、そう言われましても……。そもそも使用人がお客様と同じテーブルに着くのも、色々と問題があるのですが……」

「お客と言っても、私達はいわば押し掛け護衛だから、ある意味君達と同じ立場だよ?」

「ですが……」

 尚も反論しようとしたネリアに、既に勝手に一人で取り分けて食べ始めていたラーディスが、溜め息まじりに口を挟んでくる。


「ネリア、本人達がそう言っているのだから、必要な時だけ手を貸すようにすれば良い」

「分かりました」

「誤解の無いように一言弁解しておきますが、屋敷での普段の夕食は、内容は王宮でのそれとは比較にならない位貧相ですが、きちんと順番に料理が一皿ずつ出されています」

 一応ラーディスが説明を加えると男二人は真顔で頷いたが、ここで何気なく先程から話題にしていた二人に目を向けたコニーが、間抜けな声を上げた。


「それは分かっている」

「誤解はしていないから、安心してくれ……。はぁあ?」

 その声に、同じテーブルの三人が思わず目を向けると、一口大に料理を切り分けたセレナが、それをフオークでクライブの口に運んでいる光景を目の当たりにして固まった。そして一拍遅れて、ラーディスが冷や汗もので弁解する。


「もう一度弁解しておきますが、普段屋敷でああいう事はしていないので」

「あ、今度はクライブ様がセレナ様に食べさせてますね。お二人とも、旅に出て開放的な気分になっているのは分かりますが、自分達だけで無い事を忘れないで欲しいのですけど」

 二人が周囲にわざと見せつけているのは理解していたものの、もはやマナーも何も無い行為に、ネリアは呆れながら溜め息を吐いた。それに男二人が、辛うじて言葉を返す。


「その……、仲が宜しくて結構だな」

「私達は、何も見ていないから……」

「お気遣い、ありがとうございます」

(本当にすっかり仲良くなって、息もぴったりだな。傍迷惑な位に仲が良い、新婚夫婦にしか見えないぞ)

 それからは言葉少なに夕食を食べ進めながら、ラーディスは傍目には大層仲睦まじげに食べているセレナ達を時々盗み見ながら半ば呆れ、半ば感心していた。

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