(16)虚構と現実
「え、ええと……、お嬢様? どうしてこの人達が、近衛騎士の見習いだと思われるのですか?」
その問いに、セレナは事も無げに答えた。
「だってパトリック様はさすがに近衛騎士様らしい動きだったけれど、他の方達は義兄様の動きと比べたら、大人と子供位の差があるもの。幾ら何でも分かるわよ。私が『五人位必要』などと生意気な事を言ってしまったから、殿下達が私に恥をかかせないように、咄嗟に見習いの方々を出してくださったのよ。お心遣い、感謝いたします」
「あ、いえ……」
「確かに、女性に恥をかかせるつもりは、ありませんが……」
台詞の後半で向き直り、セレナがクライブ達に頭を下げた。対する二人は何とも言えない表情のまま、曖昧に頷いてみせる。そして問題にしている者達がれっきとした近衛騎士だと言及するべきか、しかしその場合に彼らのプライドを余計に傷付ける事になりはしないかと二人が密かに悩んでいると、ネリアが自分と相対していた騎士達を指さしながら、再び控えめに声をかけた。
「あの、お嬢様……。見習いと言うには、この方々は少々とうが立っていると思いますが……」
だかられっきとした近衛騎士だと察して、さり気なく先程の発言を撤回した上でフォローして欲しいという含みを持たせたネリアの、ささやかな願いは叶わなかった。
「まあ、ネリア! それは偏見と言うものよ? 何かに挑戦するのに、遅いと言うことはないわ! 寧ろ年齢を重ねてからも騎士となる夢を捨てきれず、敢えて困難な道に身を投じるなんて、なんて崇高な志ではないの! 皆様の騎士としての力量は、素人目にもまだまだ本職の騎士の方には及びませんが、私は心から応援させていただきます! ネリア! 見習いにすら見えないなどという暴言を撤回して、皆様に謝罪しなさい!」
「…………」
本気でネリアを叱りつけたセレナだったが、自分達を見習いと信じて疑わない彼女の台詞に、騎士達は屈辱のあまり顔色を無くして黙り込んだ。そしてさすがに申し訳なく思ったネリアが静かに短剣を元通り鞘にしまい、騎士達に向かって深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。お嬢様に、全く悪気はありません。これは本当です。信じてください」
少し離れた所から見ていたセレナは、ネリアが弁解している台詞を聞き取れなかった。それで誰に言うともなく語り始める。
「本当に近衛騎士になるには、大変そうですもの。義兄が近衛騎士団に採用された時、てっきり第一小隊に配属になるかと思っていたのに、第三小隊に配属されたのを知った時、『義兄様はルイの次に腕が立つのに、どうして第一では無くて第三小隊に配属になったの』と聞いてみましたの」
「そうなのですか? 因みに彼はその時、何と答えたんですか?」
思わず問いかけたクライブに、セレナは変わらず真顔で答えた。
「『近衛騎士団は凄腕のエリート集団だ。俺位の者はゴロゴロいるから、俺の腕では第一や第二小隊配属など務まるものではないさ』と、真剣な表情で教えてくれました。ですから見習いの方ならともかく本当に第一や第二小隊の方なら、ネリアなんか即座に打ち倒し、ルイだって苦戦するに決まっていますわ。正直に言えばそんな素晴らしい闘いを見てみたかったのですが、そこまで贅沢は言えませんわね」
「…………」
笑顔でそんな感想を述べるセレナに、誰も異論や反論を口にできなかった。その沈黙を同意と取ったセレナは、恭しくリオネスにお伺いを立てる。
「それではリオネス殿下。取り敢えずあの二人の力量を確認していただけましたし、これで我が家への近衛騎士派遣については、再考していただけますか?」
それを聞いて我に返ったリオネスは、慌てて了承の返事をした。
「あ……、は、はい……。そうですね。取り敢えず、レンフィス伯爵家の私兵で、屋敷の警護は不安は無いかと思います」
「ご理解いただいて、安堵いたしました。私達はこれで失礼しても宜しいでしょうか?」
「そうですね。ご苦労様でした」
それを受けてセレナは笑顔で一礼してから、ルイ達を振り返った。
「それでは、御前失礼いたします。ルイ、ネリア。エリオットの試験が終わるまで、先程お伺いした所で待たせて貰いましょう」
「はい」
「失礼いたします」
その時までにはルイも剣をしまっており、神妙な顔つきでネリアと共に頭を下げた。そして待機していた官吏の先導に従って三人が鍛錬場から遠ざかっていくのを見送ってから自分の側に戻って来たパトリックに、クライブが尋ねる。
「パトリック。少し聞いても良いかな?」
「何でしょうか、クライブ殿下」
「近衛騎士の配属先は、どのように決定するか知っているかな?」
その問いに、その場に居合わせた近衛騎士達が全員顔を強張らせた。しかしクライブの真摯な顔付きを見たパトリックは、神妙に話し出す。
「それは……、基本的に王妃陛下の護衛の任に就く第五小隊や、同じく王女殿下担当の第六、側妃方担当の第七には女性を配置しますが、他は本人の適性を判断した上で、騎士団上層部が決められるかと……」
「適性か」
「ラーディスはあのルイに鍛えられた、君とも互角の戦いができる騎士だろう? それほどの力量の騎士が、陛下の警護を担当する第一小隊や王太子担当の第二小隊配属ではなく、他の王子担当の第三小隊配属なのは何か理由があるのか?」
クライブは皮肉気に口元を歪めただけだったが、リオネスは納得しかねる顔付きで問いを重ねた。それにパトリックは、少々言い難そうに言葉を返す。
「その……、私の口からは明確に申し上げる事はできませんが、ラーディスの推薦者が上級貴族ではない伯爵家である事と、母親の再婚により伯爵家と養子縁組したものの元は平民と言う事で、そのような配置になったものと推察いたします」
「予想はしていましたが……、くだらないですね」
はっきりと顔を顰めたクライブに、パトリックも深く頷いてみせた。
「全く同感です。私も先程彼女が申しましたように、王族の側近くに侍る者であれば何より実力で選抜されると思っておりました。勿論、不埒者が潜り込まないように、思想や出身の調査は必要でしょうが」
「それでもラーディスに関しては、これまで幾度となく付いて貰ったから、その人格と力量に問題など無いのは分かっている。兄上。近衛騎士団内での不明瞭な選抜基準について、これから騎士団本部に出向いて一言意見したいと思いますが、宜しいでしょうか?」
第三小隊の警護対象だったリオネスは、王太子である異母兄よりもはるかにラーディスと接する機会があり、半ば憤慨しながら提案した。それを聞いたクライブは穏やかに微笑みつつ、小さく頷く。
「リオネス。私に一々、断りを入れる必要はありません。それに私も思う所はありますので、これから特に急ぎの用事がないなら一緒に行きませんか?」
「はい、是非ご一緒させてください」
その提案にリオネスは嬉々として頷き、王子二人は楽しげに語り合いながら双方の護衛を引き連れて騎士団本部へと向かった。
(前々から進言したかった事だが、側付きの立場を利用した形になるのは控えたかったからな。殿下からのご下問に応じる形で、さり気なく口に出せて良かった)
周囲の騎士達から(余計な事を、殿下の耳に入れやがって)という、恨みがましい視線を一身に浴びながらも、かなり前から鬱屈した思いを抱えていたパトリックは、清々しい気分でクライブ達に同行していた。
(しかし彼女が、クライブ殿下の結婚相手か……。この間殿下が彼女との交際を、完全に気取らせなかった事にも驚いたが、以前夜会等で見かけた時の印象と全然違っていて、意外だったな)
しみじみとそんな事を考えながら歩いているパトリックの脳裏には、今回初めて間近に見たセレナの姿が焼き付いていた。
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