第79話 右往左往

 次の日の朝、ヨハネはパウロたち新人奉公人を連れて隣の建物に入った。メグはもう一階で腕組みをして待っていた。昨日の栗鼠りすが足元にまとわりついていた。


「遅いわよ」

「ごめん」

「この建物寒いわね。どうにか暖かくしなくちゃ。それよりも、まず一階には織機おりきを二十台置きたいの。わたしの知り合いの織物屋おりものやさんが中古の織機おりきを安く売ってくれるのよ。それを取りに行けるかしら」

織機おりきって大きいかな」

「机を大きくしたくらいよ。そんなに大きくないわよ」

「そんなのどうやって運べばいいんだ。馬車には積めないよ」

「馬鹿ね。バラバラにして運ぶのよ」


 メグが間髪入れずに言うと、ヨハネの部下たちはクスクスと笑った。ヨハネは耳を赤くして「笑うな」と後ろにいる彼らを叱りつけた。

「あら、そんなに怒ることないじゃない。この人たちはあなたの下で働いてるのね。みんなよろしくね」


 メグが笑顔で言うと新人たちは頬を赤らめて、よろしく、よろしく、といつもより張りのある声で口々に答えた。

「機織りは埃が出るのよ。風通しをよくしたいんだけど」

「窓の蔀戸しとみどを開ければいい」

「それだと中が暗くなっちゃうわ。暗い所で作業をすると目が悪くなるし、布の質も落ちるのよ」

鎧戸よろいどに付け替えよう」

「あと出荷用の箱が必要だわ。それに出来上がった布を出荷前に調べて不良品が出ないようにしなきゃ。そのための部屋が別に必要よ。そこから馬車に乗せて出荷したいの」

「じゃあ、作業用の部屋と搬入口の間に検品用けんぴんようの部屋を作ろう」

「よろしくね。次は台所。食事は一番大事よ。台所はあるの?」

「もちろんあるよ。井戸も裏にある。きれいに掃除したから問題ない。後は調理器具の準備、水汲み、薪割りだ」

「そう。料理は女奉公人たちで当番を決めてやるわ。洗濯もやります。あとは寝床ね」

 二人は階段を昇った。新人たちもぞろぞろと後を付いてきた。


「ここに二十人分の寝台を置いてほしいの。睡眠は大事よ。しっかり休まないと良い仕事はできないわ」

寝藁ねわらでいいかな?」

「寝台じゃなきゃだめよ。白いシーツも付けてね。寝藁だけだと体が痛くなっちゃうから。寝台は一人に一つよ。箱型のでいいからね。あてはある?」

「知り合いの古道具屋に聞いてみるよ」

「そう。よかった、お願いね。きれいな寝台じゃなきゃいやよ。それから枕元における机もお願い。あっ、寝台の間に置くついたてもね。全部新品じゃなきゃいやなんて言わないわ。中古で構わないけど、あんまり傷んだのはいやよ」

「わかったけど、そんなにたくさんどうやって運べばいいんだ」

 メグは間髪を入れずに言った。

「だから言ったでしょ。バラバラにして運んで組み立てるのよ」


 新人たちは笑った。今度はケラケラと笑った。

「おい、お前ら何ぞろぞろ付いて来るんだ。話を聞いていたのなら、命令されなくてもやれる事から始めろ。台所に薪と水瓶を用意してすぐに煮炊きができるようにしておけ」

 ヨハネは耳を真っ赤にしながら大きな声で命令した。新人たちは笑いながら階段を降りて行った。


「なに怒ってるのよ。あなたが同じこと聞くから笑われたんでしょ」

「そうだけど……」

「八つ当たりなんてみっともないわよ。よしなさいよ」

「そうじゃないよ。新人に笑われるのはまずいんだよ。みんな言う事を聞かなくなるんだ。ねえ、どこ行くの?」


 メグはヨハネに背を向けると階段を降り始めた。

「糸屋さんに行ってくるわ。糸が無くならないうちに予約してしまわなくっちゃ。アギラ商会の名前で予約していいのよね」

 階段途中から二階を覗き込むように顔を出してヨハネに言った。

「午後には残りの十九人も来るから紹介するわ。みんないい娘たちよ。きっと仲良くやれるわ」


 そう言うとメグは革靴の踵の音をコツコツとリズム良く響かせながら階段を降りて行った。


 ヨハネはまた立ち尽くして取り残された。

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