第69話 増える富裕層
今までヨハネとペテロが歩いていたのは、エル・デルタの街の中でも下層階級から中流下位階層に物を売るための市場だった。
もう一つ市場の突き当りの階段を上ると中流から中流上位が消費する高級品が売られている市場が作られていた。今二人がいる市場の突き当りに山裾があり、そこの石段を昇り切った上に広場があった。
そこでは、もう一つの市場が開かれていた。二人は大通りの突き当りまで歩いて行った。石段の両側にはしっかりとした作りのドア付きの店が幾つか並んでいた。それらは
二人は階段を昇り、第二の市場の入り口までたどり着いた。
そこには見回り組とは違って黒い服を着た背の高い男が二人、門番として立っていた。ヨハネとペテロを見下ろしながら
「申し訳ありませんが、ここは下の市場とは違います」
ペテロは、分厚い紙でできた紙片を見せた。
「アギラ商会の
門番の二人はそれをしばらく見ていた。
「どうぞお入りください」
そう言って門の両脇に下がった。
ヨハネは目を見開き、あの紙片にそんな効果があるのかと驚いた。
ヨハネは振り返って石段の上から下の市場を見下ろした。数えきれない程の屋台と人間が集まり、店の主人たちが呼び込む声が一面に響いた。その上から朝焼けの光が落ちて、朝の世界を金色に染めていた。その喧騒は
こちらの市場には百件ほどの店しか出ていなかったが、その店構えは明らかに下の市場にある店とは違っていた。どの店もがっしりとした木で組まれ、その木は黒く塗られていた。店主たちは上等な服を着て大声での呼び込みもしなかった。店頭に並べられているものは装飾品と高級な織物、そして香辛料だった。
軽蔑の冷たい目、悪意で透明になった目、恐怖で張り付くような目、無関心を装うために落ち着きなく左右に動く目。
ヨハネとペテロは居心地の悪さを感じながら通りを歩いた。通りを歩く人々は品の良い服を着た婦人とそのお付きの女だった。ある衣料品の店の前を通ると様々な装飾を施された高級布製品がヨハネの目に入った。それらは、ただでさえ高い絹の生地に金銀の糸で様々な刺繍をした商品だった。その模様は、
「あれはいったい何なんだ」
「
その店ではドレスを着た中年の婦人が侍女を連れて買い物をしていた。侍女は首に大きな袋を下げてその中からジェン紙幣を取り出し支払いをしていた。
その時、香しい臭いがヨハネの鼻に届いた。彼が嗅いだ事もない世にも不思議な香りだった。
「この臭いは何だ」
「香水だろう。
ペテロは東インドで仕入れた新しい情報をヨハネ相手に得意げにひけらかした。
「他にも東インドじゃ、いろんな贅沢品が取れるぞ。
ヨハネは普段の生活との断層に
「たぶん、オランダあたりの言葉じゃないか。俺もよくは知らない。東インドでもよく聞いた」
ペテロは答えた。
ヨハネは通りを歩く人々の顔かたちを観察した。侍女は肌の浅黒い女が多かったが、高そうなドレスを着ている婦人は金髪か赤毛で目の青い、背の高い女たちだった。ヨハネはその彫りの深い顔を横目で見ると、すぐに視線を下に落とした。
「ペテロ。なんか俺たちは場違いだ。そろそろ帰ろう」
「そうだな。これを換金して戻ろうか」
「それ、ほんとに金に代わるのか」
「ああ、大丈夫さ」
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