第26話 剣には剣を
高速艇から降下し、空人達の母船へと取り付いたユルリは、その広さに混乱していた。
上から見た宇宙船は緩やかなカーブを持つ4つの巨大なドーム状の膨らみを持ち、ナルシーはその中でも街の方角に面していた膨らみの上へと降下したのだが、目的となる破壊の光と放つ装置がどこにあるのか、広すぎて検討がつかないのである。
「――よく聞け、微妙少女。破壊の光とやらがキャノンならば、砲は街の方角を向いていると見て良い。奴らの宇宙船がどれだけ広かろうと、砲を破壊するなら、街へ向いている方面を探すんだ」
降りる直前にそう言ったタークスの言葉を思い出し、ユルリは気を抜けば失ってしまいそうになる自分の意識を保とうと、必死に前を向いた。
宇宙船の表面にはところどころに光源となる物が覗いている隙間があり、視界が暗闇に閉ざされているわけではない。
それに進むべき方向が分からないわけでもなかった。
遠くにヴィルボリーの明かりが見えるのならば、それに向かって歩けば良いのである。
『大丈夫ですか? ユルリ。疲れが見られるようですが』
「う、うん。でも、止まってなんていられないもの」
ユルリは気丈だった。
また、出来れば誰とも戦いたくないと言う優しさを失ってはいなかった。
――あなたなら誰とだって友達になれるよ。
ネーコスの言葉が脳裏に再現される。
しかし、それは実現できるだろうか。
剣を取り、間もなく故郷を焼き尽くそうとしている宇宙からの帰還民達に対して、それでも花を差し出すことが出来るのだろうか。
「それでも、心には花束を、私は……ネーコスさんが、私に教えてくれるから」
ユルリは呟くようにして言ったが、その言葉を試すがごとく試練はユルリの目の前に現れた。
『ユルリ。エネルギーの反応が多数観測されました。注意してください』
「え?」
見れば、視界の所々に仄かに魅了力の美しき光を纏っている者共が現れたではないか。
「き、機械の巨人?」
言うまでも無く敵である。
ユルリはまたパニックになった。
しかし、レッサはそんなユルリを勇気付けるようにして言うのだった。
『貴女が先の戦いで覚えた恐れを、私は理解しています。それでも貴女は戦うことを選んだ。これは貴女と言う人間が美しいから決められたことです』
「き、決めたけど、もう、さっきみたいに戦いたくないの。どうしたら良いの?」
『戦いたくなくても、貴女は故郷を守るために戦わなければならない』
何で私が? と言う漠然とした疑問が浮かんだ。
この問いは今更ではある。
だが、それでも『私が貴女を選びました』と語ったレッサの、あの言葉の意味を、ユルリは考え知ることが出来ない。
『貴女の真に美しい部分は優しさです。優しさのために歩き出すことの出来る勇気です。その美しさで貴女の故郷を守りましょう。さぁ、貴女は自分の美しさを肯定なさい』
「で、でも」
ユルリは未だ納得できない表情だったが、不意に前を向いた。
一人目の敵が接近していたのだ。
『やぁやぁ! 良くぞ現れたな、大胆不敵な客人め! 私はかの有名なザウイット家の末裔、エウロズのウスケル・ザウイットです! 他の者には手出ししないように言ってあるので安心して立ち向かってきなされ! さぁ、勝負! 勝負!』
外部音声で放たれたその声は、実に楽しそうであった。
このウスケル・ザウイットと言う者は、DOLLで戦ってみたくて仕方の無い人物であった。
ユルリ達が脱包囲に穴を開けた人物であり、エウロズの中でも自分の美しさに盲目的な自信を持つ問題児である。
『ユルリ、心に美しさを。ナルシーはまだ貴女を美しいと認識してません』
「そ、そんなこと言われても! でも、やるしかないんだったら!」
ナルシーは剣の柄を取り出し、再び美しき破壊の力を纏わせた刃を形成させた。
『ほう! 何もないところから剣を出すとは、なかなか面白いですねぇ! わくわくしてしまいますよ! その剣で私と戦うというのですねぇ! では勝負だ! 行っくぞー!』
ウスケルのDOLLは、速かった。
先ほど戦った、バニールのヴォーパルにも劣らない速さであった。
美しき装飾の施された刀を構えながら迫るその姿にユルリは戦慄し、叫んだ。
「きゃあああああ!」
まるで被害者の絶叫だった。
何しろ、先の戦いのように自分の美しさに目覚めてないユルリの目……ナルシーの視覚で見たそれは、自分を殺そうとして迫ってくる恐ろしい怪物にしか見えないのだ。
『ユルリ、気をしっかり持って! 自分が美しいことを!』
焦ったレッサの声を聞きながら、ユルリはやはり自分なんかでは無理だと思った。
しかし、生存本能がさせたのか、ナルシーは剣を持ち上げて敵の初撃を防ぐ。
ナルシーの剣が弾かれ、地に落ちた。
「く……うッ!」
ユルリは心の底から湧き上がってくる悔しさに気づいた。
「私は、街を守りたいだけなのに」
素の自分では、相手に勝てないと言うこと。
平和を愛する心を持ったままでは、相手よりも美しくないと証明されているようだった。
「あ、あのミヤビさんだって、こいつらに、負けたんだ。やっぱり、私なんかじゃ」
『違います』
「ち、違く無いよ!」
ユルリの目には涙さえ浮かんでいた。
「私は、誰も傷つけたくない! 誰にも傷ついて欲しくない! 死んで欲しくない! 仲良くして欲しいの! なのに……私の心が美しいって言うなら、なんでナルシーは強くならないの!」
『それは相手が貴女を滅ぼそうとしているからです』
「……え?」
『どんなに差し出した花が美しかろうと、突き出された
「……じゃあ、どうすれば」
『まずは相手の剣を折れば良い。その手に刃が無ければ、相手は貴女の美しい花を見ずにはいられないでしょう。そして、貴女に剣を向ければただでは済まないと言う状況を周囲に魅せつければ、他の者の剣も止まります』
しかし、それは力に力で対抗してしまうと言う、人類が忌み嫌いながらも止められなかった交渉方法の一つである。
例え、どんな意思を持つ力であろうと、力で対抗する事態となれば、それは……
だがしかし、突き出された剣に剣で対抗しなければ滅びると言うのは、一つの真理であった。
それは『生きる』と言うことであり、模様は違えど地球上に暮らす生物のほぼ全てが持っている、過酷な競争を生き抜くための手段なのである。
レッサはそれをユルリに説いた。
『戦うことは何も間違ってません。傷つけたくないというのは優しさで、それも正しいことですが、優しさだけでは生きていくことができない。貴女は美しい。その美しさで、自分が生きているということを相手に示すのです。ナルシーにはその力があります』
「私は」
ユルリの心に、またあの狂気が灯り始めた。
『貴女は生きている』
「私は……生きてるんだ」
ユルリは必死に抵抗していた。
心の底では、再び戦いに魅せられ、相手に自分の強さを魅せつけ、屈服させ、自分の意思次第で簡単に命を簡単に奪うことのできる、あの感覚を自分の中に存在させることを否定していた。
だがしかし、それはまるで麻薬のようにユルリの心の中を蝕んでいた。
抵抗せず、心を委ねてしまえば楽になれる。
自分のしたいことが出来る。
自分に、自信を持つことができる。
何よりも、あの快楽だった。
ユルリは全身がカーッと熱くなるのがわかったが、どんなに理性が止めようとしても、その疼きは止められようも無い。
『そうです! 貴女の、強く生きたいという心を感じますよ! 相手を否定なさい! 自分の方が美しいと、自分の心が指し示すものの方が美しいと信じなさい! 生きるということは美しさ。美しさは強さです! さぁ!』
ナルシーの装甲を包む光の強さが若干、強まった。
とたんに敵のDOLL……パイロットのウスケルが愉快げに笑う。
『うほー! 様子がおかしくなったんで観察してたら、雰囲気が変わってきましたね! 本気を出すのかな? なら来てくださいよ! 私を楽しませてくださいよ!』
相手の挑発にユルリは思う。
自分達を否定しようとしている剣があるのなら、戦うしかない。
どんなに戦いたくなくても、話が通じず、分かり合えず、戦わなければ守りたいものを失ってしまうのならば。
「私は……」
直後、脳裏に浮かぶネーコスの姿。
――ユルリ。また怖くなっちゃうの?
――仕方が無いよ……ネーコスさん。
ユルリは快楽に溺れていく自分を感じて、自分の体を抱きしめた。
堕ちてしまう。転がってしまえば止めようがない。
そして、それは、耐え切れずに放ってしまった悦楽の声として叫ばれた。
「私は美しい!」
直後、再びユルリの体に変化が現れた。
まるで、清浄なる風がユルリの汚点たる要因を吹き飛ばしたかのような、美しき変化だった。
唇が潤って輝き、瞳は輝きを取り戻した。
昨日、ミヤビに編まれたままの髪がほどけて、肩までの黒髪がサラサラと流れて揺れる。
張り詰めたすべすべの肌。軋む骨。
低かった身長が僅かに伸び、ユルリは美しくなっていく自分自身を感じて、笑った。
笑う以外のことが出来なかった。
「あは、あははははははははははは!」
『素晴らしい……』
レッサの声が響く。
ユルリから立ち上った香りは、やはり花の匂いだった。
強烈に甘く、主張の激しい、艶やかな蜜の匂いだった。
『ユルリ、貴女は本当に美しいですよ。心は正しさに飢え、戦いたくないと願いながらも戦うことしか出来ない、その心の葛藤……! 先ほどの戦い以上の美しさです! 貴女はどんどん美しくなる……! もっと、ずっと美しくなれる!』
「そ、そうだよねぇ。わ、私、美しいもんね! 生きているもん! 生きるんだもん!」
ユルリの目の狂気は、先ほどの戦い以上だった。
それでも、僅かに残った理性は必死に自制を促していた。
戦いを楽しもうとは思ってはいけない。
ただひたすらに、自分が成したいと思う事……焼かれてしまう街と、そこに暮らす沢山の人々を守りたいと願うだけだった。
だが、溺れてしまった以上、相手を破壊してしまいたいという衝動にどれだけ耐え切れるだろうか。
ユルリは口角を上げる。
待ちきれなくなった敵が、迫り来ていた。
『オラァ! 来いって言ってんのに来ないんなら、一撃でダウンさせてやるぜー!』
ウスケルの怒号と共に振り払われる剣。
ナルシーはそれらを僅かな動き回避すると、敵機の腕と肩を掴み、力任せにもぎ取った。
あっさりとした動作だったが、だからこそ、圧倒的な破壊だった。
投げ捨てられた腕に驚愕するウスケル・ザウイットの混乱がナルシーのコックピットに伝わり、ユルリは呼吸を荒くして楽しんだ。
「わ、私は、一撃でダウンなんてさせないよぉ! すぐ終わったらつまんないもんねぇ!」
ナルシーは残った腕もへし折ると、続いて首をもぎ取った。
脳波で操作しているDOLLの首が無理やり胴から離されるのは、まるで自分自身がされているものと錯覚する。
もちろん、痛みはない。
しかし、それでもどうしようもなく叫ばれたウスケルの絶叫がユルリの耳に届いた。
自分の首元を掻き毟り、呼吸の感覚が不安定になって喘ぎを漏らしながら泣き喚く、パイロットの命の苦しみが伝えられたのだ。
「あは、あはははははは!」
散らばる敵の破片と共に、ナルシーの輝きが増す。
ユルリ自身、これ以上の攻撃はいけないと思った。
……だが、止められない。
一度覚えてしまった愉悦さで、もはや、肉体は理性で制御することが出来ない。
ナルシーは倒れる寸前の敵機の足を鋭い蹴りで粉砕して地面に激突させると、そのまま胴に馬乗りになった。
『や、やだ! やめて、やめてぇ! た、助けて、もう、戦えない!』
ウスケルの、先ほどの愉快そうな笑いはどこに行ったのか。
泣き喚き、必死に命の懇願をする犠牲者の声に、ユルリは再び声を上げて笑った。
「ちょ、挑発なんて、するからいけないんだよぉ! 我慢できなくなっちゃったじゃない! ほら、私とヤりたかったんでしょ! 命のやり取り! あははははははは! た、楽しませて欲しいって言ってたじゃない! ほ、ほら、行くよぉ!」
『あ……あああああああ! やだ! やめて!』
拳で胴を叩き、ヒビを入れる。
その稲妻模様の亀裂の範囲が広がるたびに、相手の苦しんでいる苦悶が伝わり、それが楽しくなったユルリは、振り上げては叩きつける拳のリズムを断続的に早めていった。
「良い! 良いでしょ! ほら! どうなの! あなたも! 楽しい、でしょ! ほら! あは! あはあは!」
振り上げる。打ち付ける。打ち付ける。打ち付ける。
しかし、ユルリ自身の心の底では、それらを否定する叫びを上げていた。
(やだ! やめて! こんなこと、したくない! だめ! だめぇぇぇぇぇ!)
「良い! 良いよ! すごく良いの! 気持ち良いよ! どうしよう! 私、おかしくなりそう!」
止まらない、止められない。
ナルシーが拳を叩きつけて、相手の胴を突くたびに、ユルリの体に快楽が走り回った。
悦楽を求めて、勝手に腕が下ろされる。
そうして、ユルリはついに敵の上半身を砕いた。
はじけ飛ぶ破片。突き破られた装甲。
その瞬間に感じた快楽は、ユルリが今まで感じたことの無いものだった。
「あ……ッ! あッ!」
無垢だった少女がまるで感じたことの無い、胸の中で切なさだけが暴れまわるような快楽的感覚が脳を支配した。
それらはあっという間に全身に伝わり、ユルリはその場に座り込んでしまいたくなる程に体を痙攣させ、自然と内股になる自分の足で耐えるようにして立った。
それから艶っぽい吐息を漏らしながら、言う。
「あ、あ……良い……良かった。あなた。私、あなたとなら、また、やりたい、な、戦い。あなたも、良かったでしょ? 戦いって、こんなに気持ち良いもんね。……良いって言いなさいよ!」
接触回線。
ウスケル・ザウイットはその言葉を聞いていたが、恐怖で心を壊してしまった彼女は、コックピットの中で座り込み、ただただすすり泣くばかりだった。
「……いいよ、もう。じゃあ、次は誰が私と、やりたいのかな? もっと、気持ち良いこと私、したいよ。私に生きてるって感じさせてよ!」
ユルリは上気した笑顔を浮かばせて、さらに笑った。
本当に楽しげだった。
残された敵の下半身。コックピット周りだけを残し、ナルシーが立ち上がる。
その場にいた誰もが怖気づいて、前に出たがらない。
と、その後方に武装したDOLLの一団が現れた。
念のためとDOLLで出撃したエウロズ代表、クファル・C・ジャニンスキーである。
彼女はウスケル・ザウイットが呆気なく蹂躙された目の前の光景を見て、戦慄していた。
「何者だ、あいつは! あんな戦い方をして、どういう奴なんだ!」
戦意喪失している迎撃に出た味方を見ても、彼女達にかける叱咤の言葉以上に敵の強大さが目に付く。
「……機種不明? 見たことの無い型だ。調査団のメンバーではないのか? これ以上、被害が出るのは面白く無いが、近づくのは危険だな。私が出たのは幸運か! 各員、魅了力の充填は良いな! 奴を止めるぞ! 構え!」
クファルは天使のような顔で号令すると、自機と共に歩む自らの親衛隊と共に、ナルシーに向かって歩く。
『そこのDOLL! それ以上動くな!』
クファル、そして彼女の親衛隊のDOLLの手には、筒が握られていた。
その先端が、一斉にナルシーに向けられている。
『我らの手にあるのは魅了力キャノンをDOLL用に小型化した美しき射撃の武器である! 撃たれたくなければ抵抗せずに投降しろ!』
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