第21話
「ふむ……。いささかこちらに分の悪い条件でありますな」
視線だけを涼の方へと遣りながら、エンターテイナーは言った。それから素早く、『足だ』と一言。
「了解」
聞き慣れた銃声が二回、ホールに響き渡った。
「ッ!!」
膝を折る涼。まさか――!
「いい腕だ。さすが、遠距離武器を持たせただけのことはある」
「光栄です。エンターテイナー」
バルコニー奥の暗闇から、ゆっくりと白い煙が立ち上る。
「であああ!!」
姿勢を崩しながらも、涼は思いっきり回転し、ラケットを振るった。しかしそれも、銃声とともに弾き飛ばされる。
「涼!!」
すると、音もたてず、闇を切り取るようにして、エンターテイナーの後ろからシュワちゃんが現れた。涼に気づかれることなく、射程に接近していたのか。カタン、と軽い音を立てて、バルコニーから涼のラケットが落ちる。
くそっ、ここからでは、俺の能力的に攻撃が届かない。そもそも攻撃能力がない。
どうしたらいい? どうしたら……!
「復讐……八つ当たり……そんなことのために……!」
桃子はいつの間にか、へたり込んだ姿勢からすぐに跳躍できる姿勢へとポーズを変えていた。
「あんたなんか……あんたなんか……!」
「おい、桃子?」
「絶っっっ対に許すかあああああああッ!!」
桃子は跳び上がった。しかし、エンターテイナーに向かってではない。石造りの壁に向かって、だ。桃子は三角跳びの要領でエンターテイナーに迫っていく。
「チッ!」
シュワちゃんが舌打ちした。同時に、僅かに桃子の肩から出血が見られる。意表を突いた跳躍で、シュワちゃんの射撃を回避したのだ。怯む様子はない。
「はあああああああ!!」
しかし、エンターテイナーは足元にいる涼を蹴り飛ばし、杖を思いっきりバルコニーに突き立てた。すると、電撃が水平方向に、エンターテイナーを中心に広がった。
「ぐっ!!」
桃子は右腕で釘バットをかざし、左腕で頭部を守る。辛うじて足から着地したが、もはやは満身創痍だ。
「シュワくん、後の処理は任せる。私も無駄に体力を使いたくはないのでね」
「かしこまりました、エンターテイナー」
コツン、コツンと杖を鳴らしながら、エンターテイナーはバルコニーの奥へと去っていった。
残されたのは、俺、桃子、北郎、涼、シュワちゃん。偶然だが、若い者だけが取り残されたような感じだ。
「お前もエンターテイナーの人造人間なのか?」
真っ先に俺は問いかけた。
「まあね。お陰で普通の人間より、メンテナンスが楽でいい」
そう言って、シュワちゃんは左腕をぐるんぐるんと回してみせた。
「さっき治療したんだ。治療というか……左腕の交換、だけどね」
淡々と語るシュワちゃんは、いつも通りの彼そのものだった。
彼には葛藤はないのだろうか? 涼はエンターテイナーのやることが許せなくなり、反発した。それに比べてシュワちゃんは、遥かにエンターテイナーに対して従順に見える。
「お前はどうしてエンターテイナーに従うんだ!? 聞いていたんだろう、あいつの話を!! これは世界平和や悪を倒すための戦いじゃない、エンターテイナーの、個人的な復讐劇だ。俺たちは奴の手の上で転がされてるだけなんだぞ!!」
「構わないよ、僕は」
シュワちゃんは、以前同様拳銃をくるくると回してホルスターに収めた。
「生きていられるというのは、それなりに楽しいんだ。僕にとってはね。だから、そんな機会を与えてくれた、つまり僕を造ってくれたエンターテイナーには感謝しているんだ。僕はそういう立場さ」
それから思いっきり、バルコニーの周囲をぐるりと囲む柵を、一蹴りで床に叩き落とした。
コイツ、まさか……!
「待て、シュワちゃん! そんなところから落としたら、涼は死んじまうぞ!!」
得物を弾き飛ばされた涼に、二十メートル近い高さから落とされて無事着地できるだけの余力があるとは思えない。
「ぐっ……」
涼がシュワちゃんに足で転がされる。
「やっ、止めろ!!」
俺は腹の底から声を出して訴えたが、
「こんな別れ方になるとは……。残念だよ、片桐さん」
その時だった。
「待って! 待ってくれ!!」
思いがけない、俺よりも遥かに大きな声がホールに響き渡った。はっとして視線を巡らせると、そこにいたのは北郎だった。
「君たちは僕らの戦力を削ぎたいだけなんだろう!? だったら片桐さんの代わりに僕を殺してくれ!! せめて彼女は……涼さんは見逃してくれ!!」
前髪でよく見えなかったはずの瞳には光が宿り、これでもかと腕を振り回している。
「北郎くん、何を考えている?」
シュワちゃんが冷静な、というより冷徹な声音で尋ねた。
「僕が、片桐さんの代わりに命をくれてやる!!」
「きっ……北郎、くん……」
微かな声が、涼の口元でささやかれる。
桃子が荒い息をつき、俺はどうしたらいいのか分からない。涼は満身創痍で動くことすらできず、シュワちゃんと北郎の視線はぶつかり合って火花を散らしている。
「残念だけど、その頼みは聞けないな」
シュワちゃんはそう言うと、これで終わりだという空気をまとわせ、涼の脇腹を蹴り上げた。
「涼っ!!」
涼の身体が宙を舞う。俺はダッシュで受け止めるために走ったが、とても間に合わない。
しかし、
「涼さん!!」
俺を遥かに凌ぐ速さで、北郎がホールを駆け抜けた。スライディングの要領で涼の落下地点に滑り込み、全身で彼女を受け止めようとする。俺にはその様子が、あたかもスローモーションのように見えた。
花弁のように、ふわり、と舞った涼の身体。それが床に着く直前、北郎が一気に滑り込む。そして――。
「ぐっ!」
間に合った。
北郎は素早く涼を仰向けに横たえ、傷の具合を見る。
「北郎!! 涼は無事か!!」
俺は一旦桃子の元を離れ、二人に駆け寄る。
「片桐さん! 片桐さん!!」
北郎は涼の肩に手を載せ、揺すぶった。
「ダメだ、北郎、出血が酷くなる!!」
その時、なんとか涼が口を開いた。
「……私なら、大丈夫……」
「お前、何言って――」
「撃たれたのは、足だから……。内臓にも異常はないし」
とにかく、どうにかして彼女をここから運び出し、出血を止めなければ。
俺の額から汗が一滴滑り落ちる。その時だった。
ガチリ、と金属同士がこすれ合う無機質な音が、まるで裁判官のジャッジのように響いた。
「仲良しごっこはもういいかな? 皆さん」
はっとして振り返り、見上げれば、シュワちゃんが俺たちに向かって拳銃を突きつけていた。
今度は俺が狙われている。
そう思った俺は、思わず腰を抜かしてしまった。後ろ手に両手をつく。さっと顔から血の気が引くのが、自分でも感じられた。
しかし、そんな俺とは対照的に、立ち上がった気配があった。北郎だ。
北郎は、これほどまでにないほど堂々と歩を進め、自分の身体を大の字にして、涼と俺に背を向けて立ちはだかった。
「言ったはずだよシュワちゃん、片桐さんを殺すつもりなら、代わりに僕を殺せって」
俺には北郎の背中しか見えない。だが、そこから発せられるオーラというか、気合のようなものは、鬼気迫るものがあった。
恐らく無言の睨み合いを続けていたのだろう、しばしの沈黙がホール全体を覆った。
「本当は、人を殺すのは僕の趣味じゃないんだが……。そこまで言うなら仕方ないね」
びくっと北郎の身体が震えた。それはそうだ。怖いに決まっている。
きっとすぐに、あの銃声が響き渡り、北郎は血飛沫を上げながら倒れ込むのだ。やっぱり俺には、誰も助けられない――。
と、まさにその時だった。
バン! と勢いよく鉄扉が開き、威勢のいい声が飛び込んできた。
「皆の衆、伏せるでござる!!」
「電子!? 電子なのか!?」
鉄扉を蹴り開け、自動小銃を手にした電子と数名の武装集団が、ホールに雪崩れ込んできた。
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