(4)傍迷惑な牽制

 結構冷や汗ものの入団試験を済ませたアルティナは、その後小隊長であるパネラから様々な業務や白騎士隊の組織、その他設備などの説明を受け、当面の日勤のスケジュール内容を確認した所で昼休憩の時間になった。そこでタイミング良く表れたナスリーンに連れられて、騎士団専用の食堂へと向かう。


「ここが騎士団棟の食堂になります」

「結構広いですね」

 惚けて感心した声を出したアルティナに、ナスリーンが微笑んだ。


「昼は交代で勤務者が食事を取りますが、それだけではなく朝晩は独身寮に入っている者や、夜勤の者が食べますので。夜間も人数は少ないですが、調理人が当直をしています」

「そうなんですか。大変ですね」

 そう感心して見せながら、彼女はさり気なく周囲を見回した。


(うん、久しぶりだわ。だけどここではまた一段と、驚愕と興味津々の視線が突き刺さるわね。隊長と一緒に居るなら、気軽に声をかけてくる人間はいないと思うけど)

 視界の中に何人も良く見知った顔を認めたアルティナは、大人しくナスリーンの後に付いて歩き出したが、ふと気が付いて声をかけた。


「すみません、わざわざ隊長にお昼に呼びに来て頂いて」

 それに軽く背後を振り返りながら、笑いを含んだ声が返ってくる。

「構いません。初日ですし、交代で昼休憩を取りますから、初対面の人間同士で誘い合ってと言うのも難しいでしょう。他の方も最初は私がお付き合いしているので、気にしないで下さい」

「ありがとうございます」

 恐縮しながらナスリーンに続いて配膳台に進んだアルティナは、改めて彼女から説明を受けた。


「それからこちらでは食べるものは自分で取って、空の食器は自分であそこに返却しないといけませんので、注意して下さいね?」

「そうでしたか、気を付けます」

(うん、やっぱりナスリーン隊長って気配りの人だわ。私がたとえ冷遇されていても公爵令嬢として育ったから、基本的な所で戸惑う事が多いだろうと、余計に心配してくれたのよね)

 実は何年も通った、勝手知ったる場所だとは言えないアルティナは、少々罪悪感を覚えながら席に着いた。


「それでは頂きましょうか。公爵家や伯爵家での食事に比べたら貧相な料理に見えるでしょうが、こちらの厨房の調理人の腕前はなかなかですよ?」

「粗食には慣れておりますし、十分美味しそうで楽しみです」

「それなら良かったわ」

 ナスリーンが穏やかに微笑んでから二人で食べ始めたが、すぐに斜め上から声がかけられた。


「失礼。こちらに同席させて頂いても、宜しいですか?」

「ええ、どうぞ……、ケイン殿?」

「ケイン? どうしてここに?」

 顔を上げた二人は、揃って当惑した顔になったが、当のケインは自然な動作でアルティナの隣の席に座りながら、平然と言葉を返した。


「どうしてって……、普通に昼食を食べに来たんだが? ああ、今日は夕飯も一緒に食べようか」

「はい?」

 さり気なくかけられた誘いの言葉に、アルティナがひたすら困惑していると、ナスリーンが向かい側から、軽く顔を顰めつつ確認を入れてくる。


「ケイン? あなたは今日は日勤だから、朝にアルティナと一緒に王宮に来たのではないのですか?」

「はい、その通りです。単に日勤に引き続いて夜勤をするだけですから」

「ですからって……」

 さらりと聞き捨てならない事を言われたアルティナは絶句し、ナスリーンは額に手を当てて俯きながら溜め息を吐いた。


「ケイン殿……。何も初日だからと言って、こんな所で周囲を牽制しなくとも……。少々、度が過ぎませんか?」

「初日だからこそです、ナスリーン殿」

「……分かりました。お好きにどうぞ」

「はい、勝手にさせて頂きます」

 何やら諦めたらしいナスリーンと、平然としたケインのやり取りを聞いて、アルティナは頭を抱えたくなった。


(ケイン。強引過ぎるし、ナスリーン様が呆れてるわよ?)

 そう叱りつけたかった彼女だったが、人目がある為にそれもできず、黙って食べ進めようとした。しかしケインが、何かにつけて話しかけてくる。


「ああ、やはりメニューは同じだが、女性には加減して配膳しているな。アルティナ、少し俺の分を分けようか?」

「この量で大丈夫よ。ケインはしっかり食べて頂戴」

「しかしだな、君は元々食べる量が少なかった筈だし、食べられる時になるべく多く食べておかなければ駄目だぞ?」

「ええ、好き嫌いは無いし、ちゃんと食べるから心配しないで」

「因みに、この中だったらどれが一番食べたい? やはり俺の方が量が多いし、少しだけ分けるから」

「それは本当に大丈夫だから」

 さすがに一応夫婦のやり取りに口を挟む気は無かったらしく、ナスリーンは黙って食べ続けた。しかしある意味絡まれているアルティナは、次第に苛々してくる。


(ちょっと、何なのよ! 変に食堂内の視線を集めちゃってるし、話しかけられてなかなか食べられないんだけど! ウザいしスープが冷めちゃうわ!)

 結構切実な事情と食欲に負けて、アルティナはケインの気の済むようにしてみた。


「ええと……、それなら、その鳥の香草焼きが少し余計に食べたいかも。貰えるかしら?」

「そうか。それならちょっと待っててくれ」

「ええ」

 そうしていそいそと鶏肉を切り分けるケインを横目で見ながら、アルティナは安心してスープを飲み始めた。しかしすぐにケインに呼びかけられる。


「アルティナ」

「え? 何?」

「さあ、口を開けて」

「……は?」

 切り分けた鶏肉を突き刺したフォークを眼前に突き出され、アルティナは瞬きして固まった。


「心配しないで、ちゃんと美味しいから」

「いえ、そういう事じゃなくて!」

(この馬鹿! こんな人目がある場所で、何馬鹿面晒して馬鹿な事言ってるの! しかも私を巻き込まないで! 隊長もさっきから呆れてるし!)

 しかし拒否しても相手の性格上受け入れる筈もないと色々諦めたアルティナは、幾分躊躇ってから口を開け、それを食べさせて貰った。


「どう?」

「……美味しいわ」

「それは良かった。じゃあもう少し」

「あのね……」

 もう殴っても良いかしらと、結構物騒な事をアルティナが考えていると、呆れ果てたといった感じの口調で、ナスリーンが制止してきた。


「ケイン、もうお止めなさい」

「何故です? ナスリーン殿」

「あなたも既に気が付いているでしょう? と言うより、意図して見せつけていますよね?」

「と仰いますと?」

「夫婦仲が良いのは大変結構ですが、先程から主に独身者と見られる人間の、周囲からの怒りと妬みと嘆きの視線がこちらに向けられていて、大変居心地が悪いのです」

 明らかに怒っている顔を向けられて、ケインは一応しおらしく謝罪の言葉を口にした。


「それは失礼しました。ナスリーン殿は席を移られて結構ですので、お気遣い無く」

「私がこの席を立った瞬間、更に状況が悪化するのが分かっていて、立ち去れますか! アルティナはれっきとした私の部下です! 良好な勤務環境を保持する義務が私にはあります! 予め周囲の男性を牽制したい気持ちは分かりますが、時と場所と限度を考えなさい!」

 しかしケインの誠意の籠っていない謝罪は、ナスリーンの怒りを煽っただけだったらしく、彼女は眦を釣り上げて盛大に怒鳴りつけた。それが余計に食堂内の視線を集める事になったが、アルティナは心の中で彼女に拍手喝采を贈る。


(さすがナスリーン様! 騎士団随一の人格者で常識人です。白騎士隊隊長がこの方で、本当に良かった。どこまでも付いて行きます!)

 そのナスリーンの非難を正面からぶつけられたケインは、僅かに首を傾げた。


「勤務中に声をかける訳にはいきませんので、時と場所は考えたつもりなのですが」

「限度は考えなかったわけですね?」

「私としては、十分許容範囲内かと思っていましたので」

「物凄く残念な事に、あなたの認識と私の認識との間には、大きな隔たりがあると思われます」

 そう言って再度ナスリーンが睨むと、ケインが苦笑いして軽く頭を下げる。


「今後は気を付けます。同席するのも禁止などと言われたら、流石に傷つきますので」

「そうして下さい。さあ、アルティナ、冷めないうちに食べましょう」

「はい」

 促されて、漸く落ち着いて食べる事ができたアルティナだったが、今の騒動で注目を浴びまくってしまった彼女は(普通に食べるだけで視線が痛い……)と心底うんざりした。そんな彼女に全く懲りていない顔付きで、ケインが尋ねてくる。


「じゃあ、夕食の時間帯もアルティナが上がれる時間帯に合わせるから、教えてくれるかな?」

「ええと……、ちょっと何時になるかまでは、まだ分からなくて。詳しい勤務内容も、今色々と教わっている段階だし」

「ナスリーン殿?」

 ケインが弁解がましく口にしたアルティナからナスリーンに視線を移し、暗に要求すると、自分の執務室に押しかけられてはたまらないと考えたらしい彼女は、あっさりと彼の要求を受け入れた。


「分かりました。正確な勤務スケジュールが確定次第、黒騎士隊の詰め所にあなた宛てに届けさせます。それで宜しいですね?」

「ありがとうございます、ロミュラー隊長」

「それではアルティナ、夕食は私が付いていなくても大丈夫ですね。今日はケインと同席して下さい」

「……はい」

「ただし、ケイン。限度は超えないように」

「努力します」

 がっくりと項垂れたアルティナを見て、ナスリーンはすかさずケインに釘を刺し、それを受けた彼は苦笑いしながらも、一応素直に頷いてみせたのだった。

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