(2)アルティナとしての勝利

「ここが訓練所の、主競技場よ」

「思ったより広いですね。王宮内にこの様な場所があるとは、思っていませんでした。ここで試験をされるのですか?」

「ここは訓練に使用する場合でも、厳密にスケジュールが決まっているの。今から使うのは他の予備競技場よ」

「そうですか」

 すっかり案内役にされている事に苛立ちながらも、リディアは律儀に施設の説明をしながら建物の中を進んだ。そして先程目にした広い競技場よりは一回り小さい、建物に囲まれた中庭状の整地されたスペースに到着したリディアは、アルティナに言い付けながら側の建物内の一角に向かう。


「使用許可の手続きをしてくるから、ここで少し待っていて」

「はい」

(構造は説明されなくても、本当は分かっているけど。だけど、人目を集めちゃってるわね。あなた達、こっちをボケっと見てないで。訓練は良いの?)

 アルティナが大人しくその広場の片隅に佇み、さり気なく周囲を観察していると、周囲の通路や渡り廊下などから興味津々の視線を向けられている事に気が付いて、少々うんざりした。そして何気なく空に目をやると、あまり高くない所を円を描きながら飛んでいる鳥に気が付いて、密かに驚く。


(あれは……、ひょっとしたらウェジーラ? と言う事は、どこかでデニスが見ているわね。良かった。最悪、手を貸して貰えそうだわ。……例の事を未だに怒って、根に持っていなければの話だけど)

 そこで瞬時に腹を括った彼女の所にリディアが戻り、簡潔に告げた。


「待たせたわね。この第三競技場の使用許可を貰ったわ」

「分かりました。それでどうすれば、入隊を認めて頂けるのでしょうか?」

「それは」

「三本勝負で、入隊希望者は相手から一本取れば合格とします。ただし基本的に寸止めで、移動は競技場内のみです。実際の戦闘では無いのですから」

「隊長……」

「それから、寸止めできずに斬り付けてしまったら、それは相手が一本取った事になりますので、注意して下さい」

 二人に追いついたナスリーンが、さり気なく会話に割り込んで説明を加えると、アルティナは素直に頷いて確認を入れた。


「それでは相手に致命傷を負わせずに、試合続行が不可能な状態に陥らせるか、もしくは相手にそう認識させれば一本取る事になるんですね」

「そうです。アルティナ、できますか?」

「やってみます」

 それを受けて、ナスリーンは広場の中に設置されている競技場に向かって足を進めた。


「それでは二人とも中央へ」

 それに無言で頷いたアルティナ達は、互いに相手を意識しながら指示された中央へと向かう。

(アルティナを装いながらはさすがに難しいけど、やるしか無いわね)

 意外に骨が折れそうだと、うんざりしながら腰に下げていた剣を鞘から抜くと、同様に剣を抜いたリディアが、剣呑な視線を向けながら悪態を吐いてきた。


「……随分、舐められたものね」

 その台詞に、アルティナが首を傾げる。

「別に副隊長を侮ったつもりはありませんが?」

「格好つける為のレイピアならともかく、ソードですって? あなたにそんな物、まともに扱えるわけ? 生憎と近衛騎士団は、ぬくぬくとお育ちになった公爵令嬢様の、お遊びの場じゃ無いのよ。痛い目を見る前に帰ったら?」

 どうやらアルティンとして使っていたのと同型の剣が気に入らなかったらしいと悟ったアルティナだったが、他人に自分の得物についてどうこう言われる筋合いは無かった為、素っ気なく言い返した。


「ここには、遊びに来たわけではありませんので」

「あらそう。……それなら遠慮も手加減も無用と言う事ね」

「宜しくお願いします」

「それでは……、始め!!」

 彼女の怒りを余計に煽ってしまったらしいのは分かったが、完全に腹を括ったアルティナは、軽く一礼してから剣を構えた。そしてナスリーンの試合開始の号令と共に、鋭い一撃を受ける。


「くっ……」

 勿論油断などせず、その一撃を冷静に受け止めつつ打ち払ったアルティナだったが、想像以上に重い衝撃に、無意識に渋面になった。


(彼女もソード使い。それに女性にしては威力もなかなかだし、剣筋も良いわね。全力で当たれば勝てるとは思うけど、最近まで隠遁生活を送っていたアルティナがあっさり勝ったりしたら、さすがに不審がられるだろうし。さて、どうしたものかしら?)

 積極的に斬り込んでくるリディアの剣を間一髪で避け、また受けては打ち返しているアルティナの様子は、傍から見れば防戦一方にしか見えなかった。


「ほらほら! どうしたのよ? 遊びに来たんじゃ無いんでしょう!?」

「…………」

(とにかく、彼女とはこれまで打ち合った事が皆無だし、少し動きを見て判断するしか無いわ)

 そんな事を冷静に考えていたアルティナだったが、それに気を取られたか勢いに乗ったリディアの突きを交わし損ね、喉元に剣先を突き付けられた。


「…………っ!」

「はい、死んだわね」

「リディア、一本です」

 得意げに笑ったリディアに、ナスリーンが冷静に判定を告げる。そして予想以上にあっさりと不覚を取ってしまったアルティナは、小さく息を吐いて意識を切り替えた。


(やれやれ、取られたか。どうやって手を抜くかなんて考えている余裕は、残念ながらあまり無さそうだわ)

 しかしやはり全力で撃退するのではなく、偶然を装って何とか勝ったという風に持ち込みたかった彼女は、空を見上げて考えを巡らせた。


(ウェジーラは、まだ上空を飛んでいるわね……。そろそろデニスに、私の考えを読んで貰いたいものだけど)

 そのまま少し考え込んでいたアルティナに、ナスリーンが落ち着き払った声をかけてくる。


「アルティナ。二本目を開始しても宜しいですか?」

「はい、お願いします」

「あら、まだやる気なの? 物好きね」

 向き直って神妙に頭を下げた彼女を見て、リディアが嘲笑めいた笑みを見せた。しかしそれに気分を害する事無く、アルティナは競技場の中央に戻って、無言のまま再度剣を構える。


「それでは二本目、始め!!」

 鋭いナスリーンの号令と共に、二人の剣が勢い良くぶつかり合った。先程までの相手の剣さばきと微妙に異なるのが瞬時に分かったリディアが、僅かに驚いた表情になったが、アルティナはそんな戸惑いには構わずに、無表情で剣を繰り出した。


(相手に斬り付けないで、戦闘続行が不可能になれば良いのよ。だから戦闘自体が不可能な状況になるか、戦闘続行の意欲を削ぐか、或いはその両方か)

 剣を振り下ろし、かわされた所をすかさず突き、相手の攻撃を受け止める。そんな一連の動作をしながら冷静に絶好のチャンスを狙っていたアルティナに、その好機がやって来た。


「……っと、はあぁっ!」

「しぶといわねっ! 目障りだわ!」

 身体の真正面で互いの剣を打ち合わせ、その直後に両者とも僅かに身体を引いて、次の攻撃に入ろうと身構えた瞬間。アルティナは斜め上方から、羽音と風圧を感じた。


(……来た!)

 見上げなくても、予めそれが何かを理解していたアルティナは、油断せずに相手の手元に視線を集中させたが、リディアは反射的に音のした方に目を向けた。


「え、何?」

 その瞬間、彼女達の間に大きな焦げ茶色の鳥が横切る様に舞い降りたが、両者が手にしている煌めく剣に怯えた様に、慌てて速度を落としてその場で無様に羽ばたく。


「きゃあっ!」

「うあっ! 何!?」

「ギャアァッ! グァッ! クェエッ!」

 鳥としてはさほど大きい種類ではなかったものの、羽を左右に広げれば楽々と人の視界を遮ってしまう大きさで、至近距離でそんな事をされてしまった日には、たまった物では無かった。


「何、この鳥っ!? あっち行って!!」

「きゃあっ!!」

 狼狽しながらリディアが剣をふるって鳥を脅かし、追い払おうとしたが、そこですかさずアルティナも動揺した様な声を上げて剣を振りかざした。しかし鳥もリディアの剣の刃は狙わず、振り下ろした自分の剣の柄頭で、思い切りリディアの手首を打ち付ける。


「つうっ!」

「嫌あっ、羽が目にっ!!」

「って、ちょっと!!」

 その一撃の衝撃で、反射的にリディアの柄を握る力が弱まった瞬間、アルティナは勢い良く相手の剣の柄を引っかける様にして剣を跳ね上げた。そして宙を舞った剣に驚いた風情で、その鳥がバサバサと慌てて飛び去ったのを見届けたアルティナは、あくまでも偶然に剣を弾き飛ばしたという風情を装って、まだ動揺している声を作りながらリディアに声をかける。


「……びっくりした。今の鳥、何だったのかしら。副隊長、大丈夫でしたか? ……って、あら? あの、副隊長の剣はどちらに……」

 そして惚けながら、傍目には間抜けな問いかけをしたアルティナを、丸腰のリディアは右手首を押さえつつ、憤怒の形相で叱り付けた。


「何をわけの分からない事を言っているのよ! あなたが私の剣を跳ね飛ばしたんじゃない!?」

「え!? 私がですか? いえ、私は鳥を追い払おうとして、剣を振り下ろしてから、勢い良く振り上げただけですが」

「あのねえっ!!」

 そこで尚も怒声を浴びせかけたリディアだったが、ここで冷静なナスリーンの声が割り込んだ。


「とにかく、アルティナはリディアから一本取った事になりますね。あなたは剣を弾き飛ばされて、戦闘不能になっていますし」

「隊長! これは偶々鳥に驚いて剣を振り回したら、偶然私の手と剣に当たっただけで」

「例え偶然でも、仮にも騎士であると言うなら、素人に遅れは取りませんよね? それならばアルティナには十分、入隊資格があるかと思うのですが」

「…………」

「どうでしょう、リディア」

 悔しそうに黙り込んだリディアに、ナスリーンが穏やかに問いかける。すると彼女はこれ以上異議を唱えても、自分に益は無いと判断したのか、面白く無さそうにしながらも了承の返事をした。


「確かに経過はどうあれ、今のは私の負けです。入隊したければ、させても宜しいかと」

「そうですか。それではアルティナと隊長室に戻って、配属や業務内容に付いての説明をします。あなた達はこのまま勤務に入って下さい」

「了解しました。それでは失礼します」

 そして一礼して踵を返したリディアは、少し離れた所に落ちた剣を拾ってから、ナスリーンと共にハラハラしながら様子を見守っていた小隊長達と一緒に、元来た通路を戻って行った。


「何なの? あのバカ鳥! わざわざ剣の間を通り抜ける様に飛ぶなら、最後まで突っ切りなさいよ! 何を驚いて止まってるのよ!!」

「確かに私達も驚いたけど、仕方が無いわよ」

「それにリディアさんと結構良い感じで手合わせしてましたから、あのアルティナさんの力量に問題はないと思いますし」

 そんな悪態を吐いて周りから宥められながら戻って行くリディアを、少し離れた木立の陰に佇んでいたデニスは、「賑やかな事だな」と苦笑いしながら密かに見送った。


「ギュイ! グワッ!」

 そして肩に止まらせていたいた焦げ茶色の鳥が物言いたげに鳴いた為、常に携行している小袋の中から乾燥させた穀物を掌に取り出し、その鳥の前に差し出す。


「よ~しよし、良くやったウェジーラ。やっぱりお前は、器量良しの賢い奴だよな。悪いが、今はこれだけな。後でたっぷり、美味しい奴をくれてやるから」

「ギャア! ギュウィ!」

 ご機嫌を取る様に囁くと、相手は十分満足した様に鳴きながら、デニスの掌の穀物を啄んだ。それを眺めながら、デニスが苦笑を深める。


「やれやれ。本当に今日は、俺と相性が良いお前が近くに居てくれて助かった。俺はユーリアより、上手く使えないからな。それにしても……、初日から何危なっかしい事をやっているんだか」

 思わず愚痴ってしまったデニスだったが、昔から彼女に振り回されてこき使われるのが常であった為、どうせこれからも変わらないだろうなと、完全に諦めの境地に至っていた。

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