(5)舞台裏

 デニスからもたらされた情報での、襲撃予定当日。

 シャトナー伯爵邸に、夕刻以降一人二人と来訪していたアルティン組の面々は、夕食をご馳走になってから与えられた客間の一室で、抜かりなく準備を整えていた。


「さてと、そろそろ招かれざる客人が到着する時間かな? お出迎えの準備をするか」

「どうでも良いですが……、はっきり言って強盗団がどんな格好で来るにしても、アルティン様が一番盗賊っぽいですよ」

 全身黒装束に加えて、頭部も黒い布製の覆面ですっぽり覆われ、両眼しか見えない状態のアルティナを見て、ユーリアは心底情けない口調で愚痴を零した。しかしそれに、明るい声が返ってくる。


「そうか? そこまで言われると照れるな」

「誉めてません! 全く! もっとまともな作戦とか格好とかは、できないんですか!」

 思わず本気で叱りつけると、周囲から失笑が漏れた。


「まあまあユーリア、怒らない怒らない。可愛い顔にシワができるよ?」

 同郷出身であり、母方の遠縁でもある男にそう宥められたユーリアは、勢い良く振り返って真顔で訴えた。


「ラングさん。それならこの人の暴走を、少しは抑えて下さい。さっきの話しぶりでは、皆さんはかなり前から、アルティン様が実はアルティナ様だった事は、ご存知だったんですよね? 大体、女性に戦役の時に最前線で従軍させるなんて、正気の沙汰じゃありません。知った時点で、何とかして欲しかったんですが?」

 その真っ当な主張に、ラングが困った様に弁解する。


「そうは言ってもな。俺達はアルティナ様の能力に惚れ込んで、下に付いているわけだし。その戦力に制限を加えるんじゃなくて、最大限に発揮させるのが、俺達の役目だと思ってるからな」

「そうそう。だから精一杯フォローしてきたんだぜ? 生理中に頻繁に所用に立つアルティン様の事情を誤魔化す為に、『隊長はああ見えてデリケートで、腹を下しやすい』って噂を広めたのは、何を隠そうこの俺だ」

 そこで横からドヤ顔で会話に割り込んできた男を見て、ユーリアはがっくりと項垂れ、アルティナは怒りの形相で彼に掴みかかった。


「グラウルさん……」

「やっぱり貴様か、グラウル!」

「ははっ! でもナイスフォローだったでしょう?」

 アルティナにがくがくと揺すぶられてもびくともしないグラウルに皆が苦笑いしたが、中の一人が冷静に話を纏めた。


「とにかく俺達は、あんたが男だろうが女だろうが、些細な事なんですよ。またお声をかけてくれて嬉しいです。訃報を聞いた時は、本気で急死したと思っていましたからね」

 その声音にかなりの割合で皮肉が混ざっているのを敏感に察したアルティナは、グラウルの服から手を離し、この場では最年長の男を振り返って、恐る恐る詫びを入れた。


「あー、ええっと……。その折りはすまない、ガーランド」

「構いません。暫く詳細を秘密にしていたデニスの馬鹿野郎を、皆で徹底的にシメましたから」

「……そうか」

 真顔のガーランドから思わず視線を外したアルティナだったが、ここでユーリアが、最近の揉め事の種である身内の事を思い出した。


「そう言えば兄さんは、こんな時にここに来ないで、どこで何をやっているんですか?」

「アルティン様の指示で、連中のアジトに行っているんだ。連中が出払った隙に、洗いざらい金目の物を漁ってくるとか。そうすれば、そこを空にする事が分かっている奴に、疑いが向くだろう?」

 笑いを堪える表情でラングが教えると、ユーリアは眉根を寄せて考え込み、すぐにある結論を導き出す。


「それは……、この屋敷に大金がある事と、腕が立つケイン様が留守になる夜勤の日程を伝えた某公爵家、もしくはその襲撃の情報を聞いた家臣や下働きの仕業だと?」

「誰が何をどう勘違いしようが、俺達の知るところじゃないな」

「襲撃依頼のはした金を惜しんだとか思われても、別に俺達には関係ないし」

「信頼関係の構築って、本当に大変だな」

「どちらもその筋では評判が悪いし、余計にな」

 周囲の男達が、ニヤニヤと笑いながら他人事の様に口にした内容を聞きながら、ユーリアは深々と溜め息を吐いた。


「本当に、どこまでもえげつない作戦……。それに兄さんの本業は騎士の筈なのに、一体何をやっているんだか。とても領地の家族に、本当の事を言えないわ……」

 そんな彼女の嘆きには構わず、アルティナが冷静に指示を出す。


「じゃあ各自そろそろ配置に付いて、お出迎えの準備といくか。皆、武器は全て、刃を潰してあるな?」

「勿論です」

「今回は全員、生け捕りですから」

「ですが、命に関わる様な事にならなければ、多少怪我させる分には構いませんよね?」

「ああ。無傷で捕獲までは求めていない。あくまでこんな貴族の屋敷街では、死体の処理が面倒なだけだ。許可した範囲で、思う存分やってくれ。少しは痛い目を見ないと、悔い改めない連中だろう」

「了解しました」

 そんな風に装備を確認しながら、淡々と意志疎通をしていると、ドアが何回かノックされた。


「失礼します」

 そして断りを入れて入室してきたクリフに向き直り、アルティナが軽く頭を下げる。


「ああ、クリフ殿。今夜は面倒をかけて、申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず。家族と使用人達にはアルティン殿の指示通り、今夜は何を見聞きしても、部屋から出ない様に言い聞かせました」

「ありがとうございます」

「それから、一応兄に厳命されたので、私はすぐ対応できる範囲に居させて頂きます」

「はい、それは皆も承知済みです」

「あの……、ところで、その格好は……」

 クリフが困惑を露わにしながら、アルティナの服装について尋ねると、彼女は事も無げに言ってのけた。


「これは、身元がバレない為の単なる扮装です。強盗団の目に付く可能性のある所に居るなら、念の為、クリフ殿も顔を隠し下さい」

「はぁ……、分かりました」

 差し出された覆面を、まだ理解が追い付かないままクリフが素直に受け取ると、ユーリアは(れっきとした伯爵家の若様に、何て格好をさせるんですか!)と主を怒鳴りつけたい気持ちを押さえながら、彼に申し出た。


「それではクリフ様は、私と一緒に待機して頂けますか? 少々お手伝いして頂きたい事があるんです」

「分かりました。お付き合いします」

 すぐに話は纏まり、そろそろ夜も更けて襲撃するには丁度良い時間帯になるという事で、一同は客間を出て庭へと向かった。

 玄関ホールから外に出て扉に鍵をかけてから、アルティン達は当初の打ち合わせ通り、無言で四方に散って行く。そしてクリフが戸惑う中、ユーリアが迷わず先導して、庭の端を建物沿いに回り込んだ。


「灯りを持っていませんし、足元に気を付けて下さい。月明かりも木立に遮られて、あまり届かないでしょうし」

「ああ。何とか大丈夫だ」

 足元に注意しながら進んだクリフは、ユーリアが植込みの陰で足を止めてしゃがみ込んだ為、同様にすぐそばに腰を下ろした。


「それで、俺にして欲しい事とは?」

「このごく近くの植え込みや木立の陰に、庭に設置してある仕掛けを起動する為の紐が張ってあるんですが、合図が鳴ったらそれをこれで切って欲しいんです。見えますか? 月光で光りやすい細いリボンが付けてある筈ですが」

 服のどこからか取り出した鋏を差し出し、空いている方の手で周囲を指さしながらのユーリアの説明に、その指の動きを追いながらクリフが頷いた。


「ええと……、ああ、分かる。だが……、何本もある様に見えるんだが?」

「良かった。クリフ様は、夜でも視力が落ちないタイプの方なんですね。アルティン様の合図は笛で届きますから、一回鳴ったら一本だけリボンが結び付けている紐を、二回目に鳴った時は二本リボンが結び付けてある紐を切ると言う様に、四回に分けて切って欲しいんです」

 そこで鋏を受け取りながら困惑気味に問いかけたクリフは、はっきりと狼狽した口調で、僅かに腰を浮かせた。


「……ちょっと待ってくれ。この付近に散らばっている様に見えるし、一度きちんと位置関係と順番を把握してくるから」

「お願いします」

 そして他から誰かに目撃されない様に十分注意しながら、クリフは付近の植込みの中や木立の間をすり抜けて、一通りの位置関係を確認して戻って来た。


「何とか全部の位置と順番は、把握したと思う。ユーリアは大丈夫なのか?」

「はい。アルティン様の指示書に沿って、日中からコツコツと仕掛けを設置していましたので。さすがに間に合わなくて、日没直後からは皆さんに手伝って貰いましたが」

「……お疲れ様。大変だったね」

「本当に人使いの荒い主人で、困ったものです」

 思わず同情したクリフだったが、ユーリアは明るく笑って応じた。それを聞いた彼は、思わず尋ねてみる。


「君は、アルティン殿の側から離れようと思った事は、一度も無かったのか?」

「え?」

「普通、専属が一人だけというのは、グリーバス公爵家の規模なら考えにくいし、通常の侍女の職分からかなり逸脱する様な事も、随分させられていたんだろう? 例の資金稼ぎの事や、こういう工作関係も。違うのか?」

 覆面で顔を隠している状態ながらも、クリフの口調が真剣だった為、ユーリアは真面目に考え込んだ。


「はぁ……、そうですね。言われてみれば真っ当な侍女の仕事が半分、それ以外の仕事が半分位の割合だったでしょうか?」

「それなのに、アルティン殿に愛想を尽かさなかったのは、どうしてだ?」

「どうしてと言われても……。何か放っておけないんですよね、あの人って。結構何でもそつなくできる様でいて、結構見えない所でグダグダだったりとか。それにああ見えて結構人の好き嫌いが激しいので、私が辞めて他の人間が付く事になったら、慣れるまで暫く緊張を強いられそうですし。近衛騎士団で毎日神経をすり減らしているのに、帰宅してまで緊張してるなんて気の毒でしたから。そのまま、何となくズルズルきてしまいました」

 そう言ってユーリアがくすくすと笑うと、クリフが落ち着いた口調で言葉を返した。


「そうか。良く分かった。それで今は、アルティナ殿が放っておけないわけだ」

「そういう事ですね」

「それなら彼女が自分の手を離れても大丈夫だと安心できたら、君はもっと他の事を考えてみるのか?」

 続けての問いかけに、ユーリアは本気で困惑した。


「他の事ですか? 例えば、どんな事でしょう?」

「自分の人生とか」

 さりげなく問われたその内容について、黙って考え込んだユーリアは、すぐに笑いを堪える表情になって答える。


「そうですね……。思い切って、兄に結婚相手でも紹介して貰う事にします。その為にはケイン様に、相当頑張って貰わないといけないんですけど」

 その笑いを含んだ物言いに、クリフも思わず笑ってしまった。


「それはそうだな。俺からも兄さんに、発破をかけておこう」

「宜しくお願いします」

 そんな風に和やかに会話しながら、その時が来るのを待っていた二人だったが、暫くしてユーリアがうんざりした様に呟いた。


「まだでしょうかね。さっさと来て貰いたいです。ゆっくり寝たいですし」

「ユーリア、静かに。どうやらそろそろ、君の希望通りになりそうだ」

 急に低い声でクリフが警告を発した為、ユーリアも意識を切り替えて植込みの向こうに目を向ける。


「来ましたか?」

「建物の陰で直接は見えないが、微かに向こうで打ち合う音は聞こえる」

「耳が良いんですね」

「それより、本当に加勢しに行かなくても大丈夫だろうか?」

「はい、ここで待機していて下さい。必ず皆さんが、連中をこちらに追い込みます」

「分かった」

 それから我慢する事暫し。複数の怒鳴り声と、刃物がぶつかり合う耳障りな音が、二人が潜んでいる場所まで複数聞こえてきた。


「このっ!」

「誰だ、お前達は!?」

「ざけんな!」

 伝わってくる声から、狼狽しているのは襲撃してきた者達だけで、アルティン組の面々は無言で彼らを追い詰めているのが分かる。


「来ました」

「そうらしいな」

 そう二人が囁いたその時、空気を切り裂く様に「ピィィーッ!」という、鋭い笛の音が庭に響き渡った。


「クリフ様!」

「ああ!」

 即座に二人が手近にあった、リボンが一本だけ結び付けてある紐を切ると、紐の片方が勢い良くどこかに引っ張られて消えた。と同時に、少し離れた所から、男達の悲鳴が上がる。


「ひぃぃぃっ!!」

「おっ、おい!? こんなのどこから撃ってんだ!」

「ピィィーッ!」

「次はこれ、っと」

 そして淡々とクリフが二本目の縄を切ると、今度は鈍い衝撃音が幾つも伝わってくる。


「ぐあぁっ!!」

「うわっ! 何でこんな物が!!」

「ピィィーッ!」

「……良いんだろうか、こんなに安全で楽な事をしていて」

 覆面の下で生真面目な表情を作りながら、クリフが自問自答しつつあっさりと三本目の紐を切ると、至近距離から怒声が上がった。 


「こら! てめえ、腕をどけろ!!」

「お前が暴れるのが悪いんだろうが!!」

「ピィィーッ!」

「これで最後か? 結構近くで暴れていた人間も居たんだな。気を付けないと」

 一応気を引き締めて最後の紐を切ると、一層激しく悲鳴と怒声が庭で沸き起こった。


「さて、どうなったんだか……」

 変わらず植込みの陰に身を潜めながら、クリフが庭の様子を窺っていると、同様にこそこそと姿を隠しながらユーリアがやって来た。


「お疲れ様です、クリフ様」

「ああ、ユーリア。君もご苦労様」

 そこで先程と異なる「ピッ、ピッピーッ!」という笛の合図が二人の耳に届き、その意味をユーリアが解説した。


「賊は全員、捕獲確認したそうです。それでは私は邸内に戻って休ませて頂きますが、クリフ様はどうされますか?」

「一応、アルティン殿が連中をどうするのか、確認してから休む事にするよ。先に戻ってくれ」

「分かりました。それでは失礼します」

「ああ、お休み」

 そこでユーリアは密かに邸内に向かって移動を開始し、クリフは覆面姿でアルティナ達がいる方へと、木立を抜けながら無言で足を進めた。

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