(7)独壇場

「デニス殿、御苦労でした。しかし内密に記章と短剣を預かるとは……。急に屋敷に出向いたりして、グリーバス家の者達に不審がられはしなかったのですか?」

 疑問に感じたらしいナスリーンの問いかけに、デニスは予め用意しておいた答えを口にする。


「実は、私はアルティン様がお亡くなりになった時、傍に控えていた訳ではないのです。隊長に『内密に領内の調査をして貰う必要があるかもしれない』と言われて領内の端で待機していた私の元に、アルティン様の専属侍女をしている妹が、届けに来たものですから。アルティン様の最期の様子も、妹から聞いたものです」

「それで王都まで、急いで駆けて来てくださったわけですね」

 するとここで彼女が、想定外の質問を繰り出してきた。


「そう言えば、アルティン殿の妹君はどうされているか分かりますか? ご自分が暮らしている館で兄が急死したのですから、相当ショックを受けられたかと思いますが」

 心の底から案じているように尋ねられ、アルティナが休暇に入る直前の話を思い出した周囲も、揃ってデニスに視線を向ける。それにデニスは、内心で激しく動揺した。


(げ……。ちょっと待て! アルティナ様は自分の事を、どんな風にナスリーン隊長に喋っていたんだ? 取り敢えず病弱な双子の妹がいると話に出した事があるとかチラッと聞いた記憶はあるが、下手な事は言えないだろうが!)

 迂闊に喋ってアルティナの言っていた内容と齟齬が出ると拙いと彼が密かに焦っていると、黙り込んだデニスを見たナスリーンが顔を強張らせながら問いを重ねた。


「デニス殿、どうかしましたか? まさか妹君まで伏せっておいでとか? 何か悪い病でもグリーバス領内で流行っているなら、即刻陛下に申し上げて医師団の派遣を検討していただかないといけません」

「いえ、確かにアルティン様がお亡くなりになったショックでお倒れになられましたが、ご病気ではありませんので」

「そうですか? でもグリーバス家の方々から、双子の忌み子と言われて冷遇されて、最近ではアルティン殿が後見をしておられたとか。周りの方々から心ない事を言われたりして、胸を痛めておられないかと心配です」

 今にも腰を上げて医師団の派遣を要請しかねない彼女を見て、デニスは慌てて弁解した。それでひとまずは安心したように見えたナスリーンを見た彼は、彼女の懸念に乗る事にする。


(さすがにアルティナ様曰わく、王宮一の人格者と名高いナスリーン隊長。よし、ここはその話に、目一杯乗っておくか。口コミで、グリーバス家の悪評を広げる事もできるしな)

 そう算段を立てたデニスは、神妙な表情で嘘八百を並べ立て始めた。


「これは主家の内々の事ですし、本当だったら口外するべき事ではありませんが……」

「勿論、不用意に外部に漏らすつもりはありません。安心してください」

「それではお聞きください、ナスリーン隊長。仰る通り、皆様でよってたかってアルティナ様を責めておられるそうです。悲嘆にくれておられるアルティナ様に、あれは酷というものでしょう」

「やはりそうでしたか……」

 沈鬱な表情になったナスリーンに向かって、デニスは怒りの表情を作りながら、尚も作り話を語って聞かせた。


「『疫病神のお前の側に来たから、アルティンが死ぬ羽目になったんだ』などはまだ良い方で、『死神の上に役に立たない穀潰し』とか『他の人間に病を移すと困る』と言って、妹の話ではアルティン様の葬儀にも出るなと厳命されたそうで」

「なんだそれは!」

「間違いなく、一番悲しんでおられるのは、その妹殿だろうが!」

「何て無神経で情の無い奴らだ! まさか本当に、葬儀に参加させなかったわけではあるまいな!?」

 すらすらとデニスの口から語られた内容に、ナスリーン以外の者達から忽ち憤怒の声が上がった。しかしデニスは、それに申し訳なさそうに頭を下げる。


「申し訳ありません、そこのところは未確認です。妹はアルティン様が亡くなった直後に、こっそり記章と短剣を持って屋敷を抜け出しましたので。妹は『憔悴しきっているアルティナ様に付いています』と言ったのですが、そのアルティナ様から『お兄様が亡くなる間際に苦労して書いた遺言と、隊長としての最期の任を果たす為の記章と短剣の返還です。私には構わず、一刻も早く王都に届けてください』と懇願されたそうです。それで私の所までやって来た妹は諸々の事情を説明してすぐに、アルティナ様のお世話の為に屋敷に戻りましたから。落ち着いたら詳細について、妹に問い合わせるつもりです」

「そうでしたか……。さすがはアルティン殿の妹君。なんて健気な……」

 そこまで聞いて目に涙を浮かべたナスリーンは、言葉を詰まらせながら取り出したハンカチで目頭を押さえた。他の隊長達を見ても皆同様に俯いており、さすがにデニスは居心地の悪さを実感する。


(う……、さすがに話を盛り過ぎたか。何か、もの凄い罪悪感が……。これは下手にボロを出さないうちに、さっさと下がるべきだろうな)

 そう結論付けた彼は、神妙に上司達に申し出た。


「それでは本日付けで休暇を切り上げ、任務に復帰いたします。私が所属する緑騎士隊は人事異動が確実ですし、暫くシフトの変更などもあって慌ただしいかと思いますので」

 それを聞いたナスリーンは慌てて顔を上げ、デニスに頷いてみせた。


「そうですね。お引き留めして申し訳ありません。任務、ご苦労様でした。皆様も構いませんね?」

「はい。ご苦労だったな、デニス」

「後で個人的に、色々聞かせて貰うぞ?」

「それは構いません。それでは失礼致します」

 礼儀正しく一礼して去っていくデニスを見送ってから、ナスリーンは再び暗い表情になって呟く。


「おそらくは……、妹君は、葬儀にも参列させて貰えなかったのでしょうね……」

「全く……、本当にろくでもないな」

「言うな。胸が悪くなる」

 他の者達も怒りと憐憫をない交ぜにした表情を浮かべていたが、ここで先程出て行バイゼル達が戻ってきた。


「皆、陛下に事情をご説明して、即刻、形式だけ承認式を済ませてきた。正式な御披露目は、また日を改めてになるがな」

「そうですか。それではカーネル殿、これから宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 その場全員を代表して隊長の中では最年長のガウェインが声をかけると、カーネルが緊張しながらも頭を下げ、その場に安堵の空気が満ちた。すると慌ただしく廊下に面したドアがノックされ、バイゼルが入室を許可する。すると入って来た騎士が一礼し、困惑顔で報告してきた。


「団長。グリーバス公爵が、団長への面会と司令官会議の招集を要請する為に、騎士団詰め所にお見えになっておられます。如何致しましょうか?」

 それを聞いたバイゼルが、僅かに顔を顰める。部下達も彼と同様の心境だったらしく、複数のはっきりとした舌打ちの音が室内に響いた。


「早速、おいでなすったか……」

「なんとか間に合いましたね」

「アルティンに感謝だな」

 そんな悪態を窘めもせず、バイゼルは知らせに来た部下に不愉快極まりない声音で指示を出す。


「お通ししろ。どうせ一人で出向いて来たわけではあるまい」

「はい、同伴者が一人おられます。それではお呼びします」

 明らかにバイゼルが不機嫌なのが分かった伝令役の騎士は、びくつきながら一礼して慌ててその場を立ち去る。バイゼルを初めとする面々は席に座ったまま、招かれざる客を臨戦態勢で待ち受けた。

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