第2章 愁いの特英士(1)
副司令官グイダンの目から見て、総司令官は明らかに苛立っていた。もちろん、希代の名将があからさまな感情を示すことなどない。普段と、何ら変わるところがなかった。しかし長年側に付くグイダンの目から見れば、分かる。その機知があるからこそ、グナン総司令官の側近としての地位にまで上りつめられたのだ。
またグイダンにとって、この日の総司令官の心内は、極めて掴みやすいものだった。苛立つであろう理由が見当たるからだ。それは、ここのところ立て続けにいなくなる戦士のことだった。
「また3士か。一体これで何人が消えたのだろう」
一刻の黙考ののち、ようやくグナン将が口を開いた。前に並ぶ副司令官3者は、その言葉にそれぞれ安堵した。予想の通りの上官の深考だったからだ。訳も分からず不機嫌になられるほど、恐ろしいものはない。
何人が消えたか。当然副官たちは答えを知っている。その程度の返答に詰まるようでは名将の補佐が務まるはずもない。総司令官の欲しいであろう情報は、全て頭に入れてある。しかし3人が3人とも沈黙を保っていた。総司令官の心に青い焔が灯っているときには、即答するべきではない。そう心得ていた。
立ち上がったグナン総司令官は、机の端に寄りかかり、腕組みをし、副司令官たちを見つめた。大きな動作を嫌う性格で、怒りは表面に浮かんでいなかった。鷹揚に見つめる目は、ぼんやりしているようにも見えた。
左側の副司令官を見ながら、小さく顎をしゃくった。その副司令官は上司とは逆に顎を引き、一呼吸置いて、27士、となります、と低く抑揚した声で答えた。
「27士」
副司令官よりさらに低い声で、グナン総司令官が数字を繰り返す。そして腕組みをしたまま、天井へと顔向けて、もう一度、その人数を繰り返した。今度の声は太かった。戦の民である銀武の総司令官は、いずれも声が大きく野太い。必要な資質なのだ。だが、このグナン将はことさら太かった。今、この部屋で天井に顔を向けられるのは自分一人だけだと誇示するかのように、吠えた。
「これほどの短い期間に、我が銀武の園の戦士が次々と消えている。これをどう思うかね?」
3者に向かって尋ねた。誰も視線を上げられない。これには即答するべきではない。それぞれの胸に警告が鳴っている。上官が返答を望む場合か否かということくらいつかめないようでは、階級など上って来られない。重職者たちは、十分に身に付いていた。
「まさかこの問題がここまで大きくなったというのに、何ら対策を取りはしないというわけでもないだろう」
副司令官たちはうなずく。しかしそれを返答するのは、まだあとだ。
「このタン・アンの地に、銀武の目の届かぬところなどないはずだ。たしかに5つの園として、分かれてはいる。しかし実態は、銀武の園が存し、あとの4つなど銀武の属国としての存在を許されているだけにすぎない。実情は、銀武の園のみでの一園支配だ。他の園は銀武あってこその存在だ。つまりは仮住まいだな。他の地領では力ある園が全てを吸収し、1つの園として存する。そういった地域ばかりだということは知っている。銀武もまた、そうすることは容易い。何故そうしないかは、言わば気まぐれだ。やろうと思えば、他の地領のように周囲の園を呑み込んでしまうこともできる。それだけの力を持っているのだ。他の園の存在を許していることは、銀武の余裕で、そして温情なのだ。
しかし、もしも他の園が従順な姿勢を見せないのであれば、温情はこれまでにしなければならない。消えた27士が、仮に、他の園の仕業でそうなったということであれば、これは叩き潰さなければならない」
グナン総司令官は、これまで何度も語った持論を、もう一度上塗りした。副司令官たちは、そのすっかり暗記している言葉を、じっと聴いていた。そして気を引き締めた。ここから質問が始まるからだ。
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