第2話
「春の嵐」
高2の春から始まった、教室で私とMさんが、山の花図鑑を二人並んでしゃべりもせずただ黙々と眺めるという風景は、すぐに教室中の話題となった。
あの二人、付き合ってるの?
いや、でも話してるところ見たことない。
おい、どうなんだ?Mさんとデキてんのか!?
外野からヤジが飛ぶが、こちらはただ図鑑を眺めているだけでしかないので、なんとも反応しようがないので、私は否定するしかない。
Mさんも、友人の女子から同じことを言われてたみたいだけど、はにかむ様子で否定も肯定もしない。
不思議な関係は、汗ばむ初夏まで続いた。
そんな時、部のキャプテンに呼び出された。
ひとつ上の高3。夏が過ぎれば引退だから早く去って欲しい、そんな存在だった。
性格が調子いいし、割と弁がたつ。国語の才能があるらしく将来の夢は国語の教師らしい。
しかし、私はこのS先輩があんまり好きじゃない。
弁がたつから、本心がわからないのだ。彼が話せば話すほど、彼が何を考えているのかわからくなってくる。
呼び出したS先輩は、すぐに質問に取り掛かった。
「お前、Mのことどう思ってるの?なんか仲良いって噂を小耳に挟んだけど。」
周りで騒いでたからその噂がS先輩の耳に入ってもおかしくはない。しかし、噂や私がMさんをどう思ってるのかなんて先輩にとってはどうでもいいことではないか。なぜそんなことを聞いてくるのか。わたしは、いつもと同じ様にS先輩の真意を計れずにしばらく沈黙していた。
「いや、別にそんな…ただのクラスメートで席が隣というだけで、特になにがあるわけではないですがなにか?」
この状況ではこう言うしかなかったし、この選択肢しかなかった。
関係の薄いS先輩に恋の悩みを相談してどうなるわけでもないし。
しかし、これが狡猾なS先輩の罠だった。
「おー、そうか!実はちょっと心配したんだぞー。お前がMに気があるんじゃないかって!!」
「あーよかった!実は俺、Mのことが好きなんだよ。どこが好きだって?まあ、無口であんまり目立ってないからなー。実は中学の時に好きな娘にめっちゃ似てて、一目惚れしてしまったんだよー。へへへ。ということで、今度告白するから、よろぴくーー!」
あー、やっぱりはめられた!
この人は、俺がMさんを好きだと言う前に俺に告白して、俺が”実はMさんを好きです”ということを事前にも事後にも喋らせないように俺を封じたんだ!
やられた!くっそー!
「お前、なんか浮かない顔してるけど、どうした?お前の気持ちはもうわかったぜ!もう用事済んだ!じゃあな!」
作戦を無事成功させたS先輩は、ぐうのねも出ない私を部室に置いて、去っていった。
このまま隣の席で図鑑を眺めていればいいと思っていた私の平和な生活が壊れる。S先輩の計略にハマった悔しさと、なにかが失われる予感に震え、拳を握り締めると手が汗ばんだ。
昭和63年初夏、子どものままで満足していた私は、青春の荒波に飲み込まれようとしていた。
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