第163話『ダメだこりゃ』






「今日はどういう用件だ? 前も言ったがハスミなら解放しないぞ」


「それは……今日はそうじゃなくて……その……」


 フランソワはなぜか歯切れ悪く、ハッキリと用向きを言い出さない。

 ちらちらっ。

 視線の行方がスチルに向かう。


「あたしのことなら気にしなくていいわよ。領主の身内みたいなもんだし?」


 別に身内ではない。


 雇用関係にあるだけだ。


「で、でも……無関係の人に聞かれるのは憚られる案件というか……」


「安心して? 大丈夫よ。ほら……遠慮せず話してご覧なさい?」


 スチルはまるで懺悔を聞く聖職者のような、そんな包容力のある声音でそう言った。

 慈愛に満ち、他者に寄り添う優しげな雰囲気が醸し出される。

 こいつの声は変幻自在だな……。


 一瞬、背後に後光が見えて清廉な聖女様かと思っちゃったもん。


「そうね……あなたならいいのかな……味方になってくれそうだし」

スチルの言葉に騙さ――促され、フランソワは意を決した様子で告解した。


「じ、実は……もうお金がないの! ハスミが管理してたパーティの総資産を確認したら思った以上にギリギリで……」


 ほう、マネーの問題ですか。意外と音を上げるの早かったね。というか、ハスミの仲間は経済状況を把握してなかったのか?


「余裕があるわけじゃないのはわかってたけど……ハスミはそんなに困ってる素振りを見せてなかったし。奴隷を見かけたらすぐ迷わず買って助けてたから、普通に生活できるくらいの範疇だと思ってて――」


「ふうん。お金がないなら稼ぐしかないね。まあ、頑張ってくれよ」


 いざ会計を預かってみたら想像の遙か上をいくレベルでどうにもならない状況だったことに気づき、慌てて駆け込んできたのは察した。


 だが、俺はあえてとぼけた発言をした。


「も、もちろん毎日のように魔物討伐に行ってるわ。でも、それだけじゃ貯蓄が減る一方で……だからね……」


「元奴隷だったあいつらにも働いてもらえばいいじゃん。何百人いるんだよ? 農業でもやらせれば食いっぱぐれることはないぞ」


 かつてのニコルコは田舎だった。

 しかし、農業が盛んで元から食うに困っている者はいなかった。

 都会的な贅沢を望まなければニコルコの農家は仕事として最強なのである。


「ダメよ! 彼女たちはハスミが守るって決めたんだから! あたしたちがその意思を継がないと!」


「ハァ……そんな調子でこれまでどうやって生活してきたんだ?」


「今までは訪れた町でそこの有力者たちからハスミが援助をもらってたんだけど……」


 ちらちらっと何かを期待するようにフランソワは俺を見てきた。

 何コレ。

 まるで俺が何も助けてないみたいな感じ。


 俺はお前らに水洗式トイレや風呂つきの集合住宅をくれてやったんだが?


 普通に現代でも寮とかに使えるレベルのやつやぞ。


「ハスミが抜けたら魔物討伐の稼ぎも減っちゃって、あたしたちだけじゃ皆を食べさせていくのは無理なの! 助けて!」


 ハスミのチートは異世界基準じゃ常識を越えた戦力だ。それが抜けたら残されたメンツは常識的な力で非常識なことを成し遂げなければいけない。ハスミは心優しい仲間だから平気とのたまっていたが現実はこんなもんだ。


「うん……訪ねてきた理由はわかったよ」


「本当? じゃあ!」


「まあ、断るけど」


 それだけ稼ぎを得ることの苦労を知ってるのに他人には際限なく要求してくるってどういう思考回路してるんだろうって思っちゃった。特定の人物に富が偏ってるのは不公平って思想なのかな。


 平等になるよう配れよみたいなノリ。


「くぅ……」


 フランソワは悔しそうに唇を噛み、潤んだ瞳で見つめてくる。


「あのなぁ……自立する気のない心身共に健康な若者を俺が養う意味はどこにあるんだ? なぜ俺が負担しないといけない?」


「そ、それは……地位の高い人間なら弱者を助けようとするべきだからよ!」


「お前ら、そればっかだな……」


 少しは交渉とか学んできてほしい。


 勇者の名声でゴリ押しできてきた経験が完全に悪い成功体験になっている。


「相手に助けを求めるなら誠意を持って話をしようとは思わないのか?」


 居直った感じじゃなくてさ。


 もうちょっとすまなさそうな態度を見せるとかあるだろうに。


「話題をすり替えないでよ!」


 ダメだこりゃ。



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