第159話『全マシをなんだと思っているんですか!?』





「貴様ッ! ヒロオカ殿に矢を向けるなど!」


 エレンが剣の柄に手をかけて俺を庇う配置に立った。

 他の騎士たちもハスミを包囲し、いつでも抜剣できる体勢になる。

 一触即発の雰囲気であった。


 ここは穏便に対処しないとガチの流血沙汰になりかねない――


「これであなたもおしまいよ!」


「普段のハスミ様は優しくて温厚で寛容な善人だけれど、一度でも敵と判断した相手には容赦しないんだから!」


「そうよ! 泣いて許しを願っても絶対に許さず、徹底的に嬲るように痛めつけて生まれてきたことを後悔するまで追い詰めちゃうのよ!」


 ――のに、元奴隷の女性たちはハスミを称えるような口調で次々と煽り始めた。


 こいつら……。住むことを許可したときはめっちゃ感謝してた癖に。

 というか、嬲るように痛めつけるってなに? 

 ちょっと極端で怖い……。


 中間地点とかないんですか?


 0か100しかない世界に生きてるってなんか生きづらそう。


「僕は怒りが頂点に達すると記憶が飛んでしまうんですよねえ。気がついたら仲間から数人がかりで押さえ込まれていて、敵だと見做した輩が血まみれで倒れていたこともありましたっけ……」


「記憶がなくなるって大丈夫? 病院行く? 悩みがあるなら相談乗るぞ?」


 ハスミはなぜか誇らしげに語っているが、俺は割と真面目に心配して言った。

 辛い現実から逃避するために記憶が喪失されることってままあるらしいじゃん?

 彼は日頃から耐え難いストレスを胸に抱えている可能性がある。


「僕は覚えてないんですが、敵を痛めつけている間、僕はずっと笑顔だったらしいですよ」


「スルーかよ……」


 そもそも俺は住居を提供したり、仕事の斡旋を打診しただけなのに。


 なんで敵視されないといけないの……。


「さあ、僕にニコルコの領主の座を譲って下さい。素直に頷いてくれれば必要以上に痛めつけたりはしませんよ」


「悪いな。具体性のない理想論ばかり語る輩に譲ってやるほど安い地位じゃないんだ」


 俺はハスミから向けられた矢の先端を見つめながらハッキリ答えた。

 自分が何でもできると思い込んでいるやつほど危険なものはない。

 そんなやつにニコルコは任せられない。


 できないことを他人に任せて領地を回している俺だからわかる。


 こいつは任せちゃいけないやつだってな。


「税金を権力者が楽して儲ける手段って認識しか持ってない子供に領主は無理だよ」


「子供子供って! そうやってバカにして! 年齢なんて関係ない! 全マシなんて意味のわからないハズレ能力しかないあなたより僕の方が領主に相応しいに決まってる! 僕の弓の力があれば領主くらい簡単にできるんだ!」


 また全マシを見下してる……。

 他の勇者っていつもそうですね……!

 全マシをなんだと思っているんですか!?


「へえ、弓の力でどうやって領地を運営していくんだ?」


「そ、それは魔物を狩ったり、敵を倒したり――」


「そういうのは騎士の仕事だろ? 俺が訊いているのは……」


「う、うるさいんですよ! いいから僕を領主にしろよ!」


 ハスミがグッと弓を引き絞るのを確認した俺は彼のすぐ真横に転移した。


「うわっ! どうしていきなりこんな近くに!?」


「ここじゃ人が多すぎるからな」


 買い物客たちがさっきから不安そうに見てるんだよ。

 まったく、営業妨害もいいところだぜ……。

 俺は困惑するハスミの肩に手を置き、騎士団の訓練場まで転移で連行した。




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