第156話『無理は嘘つきの言葉なんですよ!』





 数日後。問題が起きた。


 いや、はえーよ。即落ち2コマかよ。それともRTAなの?




 問題が起こったのはマーケット内にあるニコルコの野菜を扱う店だ。


 ハスミとハスミが連れてきた女たち数人が買い物にやってきて、支払いについて揉めているらしい。



「お客さんさぁ、安くしろって言ったって限度があるべさ」


「そんな……ひどいです……」


「そうやって自分の儲けのことばかり気にして! あなたには人としての優しさというものがないんですか!」



 辟易した様子の店員。

 めそめそと泣く女たち。

 甲高い声で叫ぶハスミ。



 なんだこれ……。

 現場に訪れた俺は少し離れた位置から様子を眺め、そのカオスさに困惑した。

 店員とハスミたちの間に入っている騎士もうんざりした表情になっていた。



「ヒロオカ殿! 来てくれたのだな!」


 エレンが俺を見つけて駆け寄ってくる。


 町の治安維持担当としていつもご苦労様です。


「あれは何をやっているんだ?」


「どうにも共和国の勇者はあの女性たちが元奴隷だったからというよくわからない理由で店に大幅な値引きを迫っているようなのだ。店主が突っぱねても同じ主張を延々繰り返すだけで埒が明かないらしい」


 奴隷だったから値引き……?


 状況を聞いてさらにわけがわからなくなったぞ。


「だからよぅ、売値の7割引なんて無理だぁよ。たくさん買ってくれるっていうから少しくらいなら負けてもいいとは思ったけんどさぁ……。常識の範囲ってのがあるべ?」


「無理ってなんですか! 無理は嘘つきの言葉なんですよ! あなたは奴隷として自由を奪われてきた彼女たちが可哀想だと思わないんですか!?」


 口角泡を飛ばす勢いで店員に詰め寄るハスミ。

 ああ、なるほど……。

 同情で安くしてもらおうって魂胆なのか。


 でも、それを強要しようとすんなよ。


 交渉が下手くそすぎだろ。


「そんなこと言われてもよぉ……こっちにも生活があるからさぁ……」


 店員が頬を掻きながら呟く。


「なんて冷たい店なんだ! 自分のことばかりで、苦しんでる弱者のことを平気で見捨てるなんて! こんなのニコルコの領主だって許しませんよ! 僕は領主から直々にこの町に住んでいいと許可を得ている人間なんですからね!」


「ええっ? 領主様が? 坊ちゃんは領主様と知り合いなんだべか?」


 俺の名を出したことで店員がたじろぐ。


 おいおい、勝手にそういうことに名前を使われちゃ困るんだよ。


「ぼ、僕は坊ちゃんじゃ――」


「ハスミ、そこまでだ。俺が許したのは住むことだけで値切り交渉に名前を出していいとは言ってないぞ」


「ああ、おじさんですか……」


 俺が割って入ると、ハスミは悪びれた様子もなく振り向いた。


「お前、どういうつもりだ? 値切るにしてもやり方ってもんがあるだろうが」


「ハァ……? 現代に生きてきたあなたまでそんなことを仰るんですか?」


 ハスミが呆れたと言わんばかりの視線を俺に向けてくる。


「僕はね、不公平なことが許せないんですよ。彼女たちは奴隷でたくさんつらい思いをしてきたんです。なら、助けてもらう権利があっていいはずじゃないですか。楽に生きてきた人たちより優遇されて当然なんじゃないですか?」


「えーと……お前が言っているのは彼女たちがちゃんと生活できるよう積極的に支援すべきって話だよな?」


「まあ、平たく言えばそうなりますね」


 彼女らは奴隷から解放されても自分で生きていく手段がなかった者たちなのだろう。

 だからハスミが養っていると。

 でも、それで限界がきているからこうやって見苦しいことをしている。


 なら、彼女たちが自立できれば問題は解決するはずだ。


「今はマーケットが開設されたばかりだから彼女たちも探せば働き口が見つかると思うぞ。スシ屋とかラーメン屋も増えてきてるから紹介できるし。農業だったら郊外の土地は余ってる。地元の領民たちに教わりながらでも――」


「……ちょっと待って下さい」


 女性の一人が挙手をした。


「ん? どうした?」


「あの……働かないといけないんですか? わたしたち、奴隷だったんですけど……」


「奴隷だったから……え? なに……?」


 俺は彼女の言葉の意味がよくわからなかった。


「だから、奴隷だったのにわたしたちまた働かないといけないんですか?」


「…………」


 俺の思考は止まった。



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