第151話『ニア・ネイバーフッド』
◇◇◇◇◇
屋敷のお披露目パーティから数日。
俺は城みたいにデカい新屋敷に居住を移していた。
廊下を歩けば新しく雇った使用人たちが忙しなく動き回っている。
屋敷の規模が倍以上に大きくなったので管理に必要な人員が一気に増えたのだ。
メイド、従僕、馬丁、庭師。
新たに大量雇用しましたよ。
ニコルコは雇用機会の創出が課題の一つだし、領主邸で多く使用人の募集がかけられるようになって少しは貢献できたかな?
まあ、焼け石に水感はあるけど。
ニコルコも肉体労働でいいならいくらでも働き口の需要はあるんだけどね……。
冒険者や鉱夫なら即日で就職可能だ。
けど、それじゃあ単に肉体労働者が出稼ぎに来る町にしかならないからな。
俺が作ろうとしているのはもっとたくさんの機能を果たす共同体なのである。
前々から計画を進めていて、開設がいよいよ目前に迫っている多国籍なマーケットが動き出せばその目標にも近づけるだろう。マーケットの発足によってガテン系以外の仕事を望む人々にも雇用の場が用意できるはずだ。
スシ屋とラーメン屋も着実に店舗を増やしつつある。
仕事が多ければニコルコへの移住もしやすくなるだろう。
◇◇◇◇◇
「どうかわたくしを家に帰して下さいませ!」
応接室で俺は甲高い声を上げて叫ぶ令嬢と向かい合っていた。
その令嬢の名はニア・ネイバーフッド。
ネイバーフッド伯爵の娘である。
彼女は先日の夜会で交わされた会話通り、ニコルコに行儀見習いとして送り込まれてきたわけなのだが……。
「わたくしは行儀見習いなどしている暇はありません! わたくしには決して裕福とはいえないネイバーフッド領を変えていく使命があるのです!」
こんな感じで、父親である伯爵の意向に納得しないまま来てしまったようなのだ。
だからちゃんと意見をすりあわせてから来て欲しかったのに……。
なんでネイバーフッド伯爵は娘の考えを聞いて判断しなかったのか。
ひょっとして中世風の世界観だから当主の決定は絶対で、娘の意思は蔑ろにしても構わないとかそういう常識があるのだろうか?
でも、エレンの父親のブラッド氏やデルフィーヌの父親のシリウス氏からはそんな印象受けなかったけど……。
あ、でも――
ネイバーフッド伯爵は俺に協力的になってくれたとはいえ、もともとは伝統だとか血筋だとかに拘るタイプの御仁と聞く。何の悪気も疑いもなく、女子供は家長に従うべきって価値観を持っていそうだ。
「赤字にこそなったことはありませんが、我が領の財政は代々薄氷の上を歩いているようなもの……。今後もギリギリを保ち続けられる保証はありません。わたくしはネイバーフッド伯爵領を今の危うい状況から脱却させたいと思っているのです!」
熱く思いの丈を語ってくるニア・ネイバーフッド伯爵令嬢。
「わたくしには行儀見習いなどをしている暇はないのです。淑女としての作法より、領地の運営に携わる知識を深め、実際に領地を巡って経験を積んでいきたいのです!」
彼女はいずれ自分が領主となって采配を振るうことを思い描いているようだ。
だが――
「それ、伯爵は賛成してるの?」
「…………」
俺が訊ねると、ニア嬢は言葉を詰まらせた。
この反応はやはり違うのだろうな。
ネイバーフッド伯爵は俺のところに行儀見習いに出すことに積極的だったし。
実際、こうやって本人の意思を無視して送り込んできてる。
「父は……領主の仕事に女が口を挟むべきではないと。女は女らしく内向きの役割を果たせばいいと言って聞き入れてくれません」
女は内向きのことを……。
現代の日本で外部に漏れたらいろいろと物議を醸しそうな発言である。
それはともかく。
やはりネイバーフッド伯爵はニア嬢に領地運営を任せるつもりはないらしい。
彼女を行儀見習いに出したのも、娘が気に入られればワンチャンみたいな目論みだろうし(とジャードやエレンが言っていた)。今のところ、ネイバーフッド伯爵が娘に結婚以外の役割を見出しているとは思えない。
「父は昔ながらの価値観に引きずられてわたくしに領地の仕事をさせてくれません。ですが……わたくしは伯爵家の血を継ぐ者として、自らの手で生まれ育った地の憂いを取り払っていきたいのです!」
「なるほど……」
「わかって下さいますか!?」
賛同を得られたと思ったニア嬢の表情がパアッと輝く。
「じゃあ、わたくしを家に帰して――」
「いや、家には帰さないけど」
「そ、そんな……」
ガックリうなだれるニア嬢。
だって、このまま家に帰しても君の願いに近づくことには多分ならないよ?
むしろ、勝手に帰ってくるとは何事だとネイバーフッド伯爵は余計頑なになると思う。
あと、俺もすぐに突っ返したら気まずい。
うん、よし、そうだな……。
だったら――
「領地経営に興味があるなら実践で学んでみる?」
「え?」
じゃあ、モチベーション高いほうを学ばせたほうがいいよねって話でして。
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