第16話『精神の成長』


 ――ブスブス

 ――ザクザク



 狩りを始めて小一時間。

 結構狩ったし、こんなもんでいいだろう。


「よく頑張った。お疲れさん。晩御飯は何か美味いもんでも食べるか?」


「………………」


 労いの言葉をかけつつ、浄化魔法で返り血の汚れを落としてやる。

 ベルナデットは途中から泣かなくなった。

 回数を重ねるごとに狙いは正確になっていき、最終的には一撃で止めを刺せるほどまで狩りの腕は上達した。


 ……しかし、代わりに目が死んだ魚のように淀んでしまった。

 光を失った瞳、能面のような表情。

 ウサギを無表情で淡々と突き刺す姿には狂気を覚えたね。


 させた俺が言うなという話だが。

 こんなことさせやがってと寝首をかかれたらどうしよう。

 首輪の制限があるとはいえ、マジでやりかねない病みっぷりなんだけど。


「ベ、ベルナデット?」


「はい、なんでしょうか」


 綺麗になった刀身を鞘に仕舞いつつ、ベルナデットは静かに答えた。

 彼女からおどおどした態度はすっかり消え失せていた。


「…………」


「どうかされましたか?」


「……いや、なんでもない。暗くなる前に森を出ようか」


 静謐な雰囲気を纏い、こちらを見るベルナデット。

 その立ち振る舞いは10歳児とは思えない達観したものがあった。

 ううむ、どうしよう。


 人間性が少し変わってしまったぞ?

 くるくると顔色が変わっていた子供らしさがすっかり消え失せている。

 死地を乗り越えた結果、無の境地に至ってしまった。


 そりゃ子供っぽいままじゃイカンとは思ってたけど。

 解放した後に一人で生きていけるよう、逞しく育ててやらねばと考えてはいたけど。

 やばい。どうしよう。


 俺は冷や汗が背中を伝うのを感じた。

 ……まあ、これもある意味、逞しくなったと言えるし?

 同じようなもん……かな?


 そうだ、アレだ! 精神の成長ってやつだ!


 きっと弱肉強食の世の中を生きていくには必要な強さのはず。

 俺はそうやって納得することにした。


 ダイジョウブ、オレハマチガッテナイ。




 歩いて街に帰り、ギルドで報酬を受け取るともう夜だった。

 空を飛べばもっと早く着けるんだけどな。また弓矢で迎撃されるのは嫌だし。

 不便だけど仕方ない。


 過ぎた力ってのは持っていてももどかしいだけだな。




 夕飯は昨日と同じ、犬の看板娘がいるバーで摂ることにした。

 店名は忘れた。

 そういえば看板娘の名前も知らんな。


 別に覚えてなくてもいいことだけど。


「ワインとぶどうジュースをくれ。料理はなんか適当にお勧めのを頼むわ」


「……ねえ、なんだかこの子、今朝と雰囲気違わない?」


 カウンターに座って注文を頼むと、看板娘がベルナデットの変貌ぶりに言及してきた。

 疑惑の視線が俺に向けられている。

 意外と目敏いやつだな……。


「いろいろあったのさ」


「あんた、やっぱり我慢できなくなって無理やり手籠めに……」


「それは違う」


 またそのネタか。くだらないこと言ってないで早く注文を伝えに行けよ。


「…………」


 腑に落ちない顔をしながら看板娘は厨房に入っていく。

 やれやれ、失礼なやつだ。

 こっちは客だぞ。


 まったく、ネット社会なら拡散炎上案件だなこりゃ。


「ベルナデット、ここはソーセージが美味いんだ。お勧めを頼んだから多分ソーセージが出てくると思うぜ?」


「…………」


 話しかけてもベルナデットは僅かに頷くだけ。

 感情をすっかりどこかに置き捨ててきてしまったようだ。

 完全な鉄仮面。これじゃ人形と変わらん。


 ビービー泣かれるのも困るが、これはこれで対応に困る。

 弱ったなぁ……。

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