4月6日の桜吹雪(3)


 最寄の駅から帰りの電車に乗りこむ。

 行きの電車とは異なり

 隣の席には中原さんが座っている。


 東山先生と3人でお昼ご飯を食べに行った後

 特にこれと言って歓迎会の話をすることなく

 おれと中原さんは岐路に着いた。

 ちなみに、先生おすすめのアジフライはなかなか美味しく

 おれも中原さんも食事中はずっと笑顔だった。


「家、こっちの方なの?」

「まあね。7駅くらいかな」

「そうなんだ」


 同じ方向の電車に乗るのに、別々に帰るのはおかしいと思い

 なんとなく2人でボックス席座ったが

 思った以上に会話ははずまない。


 この地域の電車には、ほとんど車両でボックス席が設置されていて

 思ったよりも社内のスペースは限られている。

 横並びに座る席もあるにはあるが

 座席数が限られていることもあり

 複数人で乗る場合には、自然とボックス席へ座ることになる。

 今の時間帯は高校生の帰宅時間とずれたため、電車内の人影はまばらだった。

 そのせいもあってか、おれたちは口数少なく

 電車の車両音やブレーキ音がやたらと耳に入ってくる。


 このまま黙っていてもいいのだが

 なんとなく、気まずいままで今日を終わらせるのはいい気がしない。

 明日からのこともあるが、なにより、中原さんが気まずい思いをするのは申し訳ない。

 できることなら、話題を振ってほしいところだが。


「あの……」

「ん?どうかした?」

「えっと、西村くん、で呼び方は大丈夫ですか」

「え? ああ、うん。それで構わないよ。

 おれも、中原さんって呼んでいいかな」

「はい。大丈夫です」


 ぎこちなく笑う中原さんから

 ようやく会話できたことへの安堵感が伝わってくる。

 やっぱり、少し気まずい思いをさせてしまったのかもしれない。


「それで、あの……。

 歓迎会って、何をするんでしょうか」


 それはおれも全く見当がつかない。


「うーん。おれもよくわからないんだよね」

「そうなんですね。えと、東山先生は何か言ってましたか?」

「いや、特に具体的なことはなにも言ってなかった気がするけど」

「そうなんですね……」


 そうなんですよ。おれにもよくわからんのですよ。

 そもそも、新入生がなんで歓迎する側なのか

 そこからして、すでに意味がわからないのだが。


 中原さんは、どこか落ち着かない様子でカーディガンから少し手を出し

 両手を揉むように合わせる。

 横に座ってみて改めて思ったが

 中原さんの仕草は、どこか自分を小さく見せるような

 自信無さげに見えるようなものが多い。

 肩をすくめて座るところ。鞄を足の上に抱えて座るところ。

 おれの様子を気にしているのか、一定のリズムでこちらの顔を覗き込んでくるところ。


 今日会ったばかりの、それも男の同級生を横にして

 ふんぞり返る女生徒も多くはないと思うが

 きっと、彼女は教室でもこうして縮こまっているのかもしれない。

 実行委員なんて面倒くさい役目も、望んで引き受けたわけではないのだろう。

 そう思うと、横に座る彼女に、少し親近感みたいなものが沸いた。


「西村、くん。あの……

 明日からがんばりましょう」

「まあ、うん。頑張ろう」

「はい。がんばりましょう」

「う、うん」

「がんばり、ましょう……

 がんばります……」

「お、おう。頑張ろう」

「はい」


 いや、ちょっとこれ、恥ずかしいな。


 その後も、今日のアジフライはおいしかったとか

 オリエンテーションは大変だったとか、特に内容がないことを途切れつつも話しながら

 気がつけば中原さんが降りる駅に着いていた。


 「また明日」と一言交わし、電車を降りる中原さんは

 結局最後まで縮こまったままだった。


「悪いことをしたな」


 2人で電車に乗っていた時間を思い出しながら

 途端に彼女に対して、申し訳なさがこみあげてくる。


 彼女は、どちらかと言えば自分から主張するようなタイプではないだろう。

 おれも、どちらかと言えば自分から何かを言うタイプではない。

 そんな2人が20分も一緒にいて、心地よい時間のわけがない。

 人は、自分とは違うものをもっているから惹かれあうのだ。

 同じような人が何人も集まったところで、それはいつもの自分と変わらない。

 何らかの化学反応が起きることもなく、生み出されるものは”無”だ。


 明日から、おれと中原さんは一緒に委員会で過ごすことになる。

 きっと、今のままではこの電車内で過ごした時間と同じようなことになってしまうだろう。


「それはやっぱり、いやだよな」


 どうせなら、楽しい時間を過ごして欲しい。

 どうせなら、おれだって楽しい時間を過ごしたい。

 きっかけはどうあれ、新しい生活のスタート地点で出会ったんだから

 その歩き出しの一歩がつまらないなんて、誰も幸せになれない。 


 何かしよう。

 何かしなくちゃいけない。

 それはきっと、おれがやらなくちゃいけないことだ。


 電車はすぐに、おれが降りる駅に着く。

 それまでのわずかな時間

 おれは、中原綾という人物について

 1人悶々と考え込んでいた。

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