晴れた日は、小鳥もさえずる

ぼたん鍋

プロローグ

まとまらない2人の話し合い


「確かに、それはいいかもしれないな」


 自分の口から出た、心にもない声。

 2人しかいない教室では、発した声がよく響く。


「でも、これだと意図が伝わらない人もいるかもしれないね」


 机を挟んだ向かい、きれいな姿勢でたたずむ彼女の口からは

 明確な否定ではない、どこか気を遣ったような意見が返ってくる。


「それはそうかもしれない。

 やっぱり、やるなら1人でも多くの先輩方に喜んでほしいもんな」

「そうだね。みんなが楽しいのが一番だもんね」


 話を始めてから1時間近く

 いつまで経っても具体的なことは決まらない。

 おれも、彼女も、お互いに決定権を相手を委ねているからだ。


 なにも決まらない話に少し疲れたのか

 椅子から立ち上がった彼女は、考え込むように腕を組みながら

 ゆっくりと窓のほうへと歩いていく。


 4月10日、月曜日。

 春の暖かな陽気の中で

 鮮やかな桃色の花びらを多く身にまとった桜の木は

 優しく吹く風にあたって、その花びらを自身から放す。


 彼女が開けた窓から、春の匂いが教室に入ってくる。

 授業中ならきっと、このまま腕を組んで突っ伏して

 安らかな世界へ入り込んでしまうような

 そんな午後のひと時だった。


 話は一向にまとまらない。

 なにが悪いのか。いや、きっと何かが悪いわけではないのだ。

 ただ、おれも彼女も、この春の風のように

 誰の迷惑にならない、優しい存在になりたいだけなんだ。


「とりあえず、そんな感じで。

 一度企画書にまとめてみようよ」


 ぼーっとしていたおれに向かって

 窓を背にした彼女は、笑いながらそう言った。

 その笑顔は、どこか申し訳なさそうな

 厄介ごとを押しつけてごめん、というような

 そんな表情に見えた。


「そうだね。まとめてみるから

 できたらチェックしてもらえるかな」


 抽象的な決定事項なのに

 なんとかこの場を納めたくて、中途半端な返事しかできないのがどこか歯痒い。


「うん。それじゃ、今日はこのへんで。

 明日、授業が終わったらまたここに集合しよう」

「おっけー」

「それじゃ、先に帰るね。またね」


 隅に寄せておいた鞄を掴んだ彼女は

 足早に教室を出ていく。

 おれは、彼女が閉めた扉を見つめながら

 今日の話し合いをどうまとめるべきか考えていた。

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