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同じ風景がいやに寂しく目に映る。丘の上の一軒家の奥ではNPCが静かに旅人の来訪を待ち受けていた。火の消えた暖炉の前に置かれた古びたロッキングチェアには、一人の老人が腰掛けて揺られている。
「遠い地より訪れし者たちよ、よく無事に辿り着けたものよ。お前たちをこの世界に呼び寄せた時には、まだ半信半疑だったが……。よくここまで成長してくれた。お前たちを信じて良かったと、今こそ心より思う。」
NPCの老人は、ウィルスナの世界観ではお馴染みの人物だった。HPにもちょくちょくと顔を出す、導きの賢者の正体が、この村の長老だ。冒険者となったプレイヤーを影に日向にサポートしてくれる。
「へー、そういう設定になってたんだー。」
「お前、公式サイトの記事、読んだことないだろ、」
トボけた返事をするアキラに冬夜がツッコミの手を入れると、周囲のプレイヤーたちが一斉に笑った。
NPCの賢者は、にこりともする事なく続きの台詞を口にした。
「人は我らを魔族と呼ぶようだが、我ら自身は古き者と呼び習わしてきた。今では一部の者たちが、自ら魔族の名を名乗っているようだが……。」
この辺りの話はゲームを始める前のカタログページに書かれていたものだ。宣伝文句の一文には、この世界の人々を襲う、恐ろしい魔族たちの脅威が切々と語られていた。各地のダンジョンに巣食うそれらのボスエネミーを倒すようにと導いてきた賢者が、実は彼らの同胞だったとは。まさに盛大なネタバレだ。
そんな事とは露ほども知らぬ、知っていたとしても無関心なNPCの老人は、冬夜たちの困惑をよそに話し続けていた。
(アキラが神妙に聞き入るような理屈、格差的な話)
「お前たちは魔族というものを、人の生命力を食わねば生きられない種族と思っているだろう。だが、本当は違うのだ。かつては地上に居た、もう一つの種族が我らの本当の糧であり、彼等は人とは違い、ただ物質のように生まれ死んでいくだけの寡黙な者たちだったのだ。お前たちが食する植物のようなものだと思うが良い。」
静かな空間で、老人の言葉以外には、揺れる椅子の軋んだ音色だけがリズムを刻んでいた。
冬夜の隣ではアキラが神妙な顔つきでこの話に聞き入っていて、水を差すような発言を無言のうちにも押し止めていた。妙に落ち着かない空気に冬夜は冗談の一つも言ってしまいたかったが、言える雰囲気ではなかった。アキラはどうしたと言うのだろう。真剣な瞳は何を考えているのかも解からなかった。
「彼らが滅びた時、我らも滅びるべきだった。我ら長老会はそう決定し、以後はこの狭間の土地でその時を待っておるが……中にはその決定を良しとせぬ者たちも居るのだ。」
それが、冬夜たちプレイヤーが斃してきた魔族たちだったのか。
「人は、適合するものであれば何でも食す。同じように、我らに適合した食物が人であったに過ぎぬと、そういう理屈を掲げる者たちだ。」
食われる側のことを無視した言い分だ。だが、人間だって彼らを責められたものではない。憂鬱に沈んでいく気持ちを持て余して、冬夜は音声を切らなかった事を後悔し始めていた。陰気な話は聞きたくなかった。
NPCの賢者は冬夜の気持ちを理解してはくれず、話はなおも続いた。
「彼らは反逆の徒となった。我らが封印した塔をお前たちの住む表世界に出現させた狙いは、次元の牢獄をあの塔にフュージョンさせて、捕らわれている者たちを解放する為なのだろう。囚人どもは暴虐で、人を遊び半分に虐殺するような輩だ。目に余るために我らで封印していたのだが、今や我々にも反逆の徒を止め得る手立てはない。どうかお前たちの手で、あの囚人たちの始末を付けてほしいのだ。お前たちがあの世界を愛するなら。」
勝手な理屈だ。いったい、このストーリーを組んだプログラマは、何を望んでいると言うのだろうか。冬夜は正義の味方を押し付けられるのはまっぴらだった。
輝くクリスタルが中空に浮かんでいる。それをもぎ取るように掴んだのはアキラだった。苛立ちが顔全体に溢れている。その気持ちが冬夜にも解かるような気がした。
「やっぱさ、ラストだけ見ても話がさっぱり解かんないよ。」
「ようするに、俺たちに尻ぬぐいさせようって腹だろ。」
さりげなく、冬夜も本音を吐き出した。
古参連中は誰も何も言わず、苦笑を浮かべて二人の言葉を聞いているばかりだった。とにかくこれでクエストは始まった事になる。冬夜は以前と同じに、用済みとばかりにさっさと老人に背を向けた。
「次は何処ですか? フォードさん、」
「次は例の塔に戻るんだよ。二人とも少しは地図覚えたか?」
フォードはクールだった。もうとっくに通り過ぎたイベントだからだろうか。他の連中も似たようなもので、今さらどうこうと思うところなど無い様子で、皆がさっさと建物を出た。16人の団体は一塊に集まり、そして地表には巨大な魔法陣が赤く輝く軌跡を描いた。空間が虹色に歪む。次の瞬間には、一同揃って塔のフィールドへと移動が完了していた。到着と同時に皆が駆け出した。
「ここのエネミーももう変化してるはずだ、相手はせずにすぐダンジョンに突入するぞ!」
いつもの雑魚ではない、色違いのエネミーがうろついていた。黒っぽい色に染め変えられた小動物たちは真っ赤な瞳をして、不気味なオーラに包まれている。かなり強そうに見えた。
「いつも可愛い一角兎ちゃんが、今日はなんかコワイ!」
冗談半分でアキラは、煤けた色に変わったウサギの横を走り抜けた。
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