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 ログインすると、冬夜はまっすぐに王都の広場へ降りていった。昨日のログアウト箇所が門前だったから、少し歩かねばならなかった。テスト期間はさすがに親がイイ顔をしないだろうからゲームにはIN出来ない。その時期に対抗戦が重なっていない事に胸を撫で下ろしつつ、今後はどうなるか解からないという不安も残された。

 ゲーム世界はあい変わらず、イベントが済んだ今はのんびりとした空気が漂う。王都のフィールドでは広場に行商のテントが軒を連ねて、プレイヤーたちはお店屋さんごっこで売り買いを楽しんでいた。石畳の大きな広場には所狭しと行商用の荷車が並び、蛇行した道を作り出している。荷車はカラフルな幌が付いた屋台で、アイテム類が人柄を反映する形で積まれている。無造作な山積みや、整理整頓された陳列棚、一つきり載せられたものなど。掘り出し物があったりするので、なんとはなしに店を覗くことが日課になってしまっていた。ぶらぶらと屋台を覗きながら、片方でリアルの悩みのあれこれを考えるとなしに考えつつ、歩いている。


「なーに、深刻な顔してんの、トウヤ。」

 後ろから背中を強く叩いてくる人物に心当たりは一人しかない。振り向けば、そこにもう一つ心痛のタネが立っていた。相も変らぬバケツを揺らして笑っている。

「お前さぁ、いい加減そのバケツ外したら? あちこちで文句言われる俺の身になれよな。」

「なんでトウヤはいちいち聞いてやるのさ? だいたい、人が何を装備しようが人の勝手じゃん。」

 冬夜はこれみよがしな溜息を返事の代わりにしてアキラに寄越した。

「それよかさ、トウヤ。BOX買った? もう開けた?」

 声が弾んでいる。

「お前はいいよな、悩みなんかなさそうで。」

「ん? なんかあった? トウヤ。」

「リアルのことだからいい。俺もBOXは買ってあるけど、そういやまだ開けてなかったな。」

 バケツがじっと冬夜の顔を見つめていた。バケツに表情はなく、アキラが何を考えているのかは解からない。

「なんだよ?」

「トウヤにも悩みなんてもんがあるんだなぁと思って。」

「お前、俺のこと馬鹿にしてんだろ?」

「金持ってそうなのに、何の悩みがあるんだろーって思ってさぁ。」

「金持ちには悩みなんてないってのか。偏見だぞ、それ。」

「お金で解決しちゃいなよー。」

「やっぱ馬鹿にしてんだろ。」

 言うんじゃなかった、と冬夜は後悔し、そのまま煩わしい事柄は心の隅に押し込んでおく事に決めた。先を聞きたそうなアキラの軽口をことごとく躱していくうちに、自然と立ち消えになった。


「BOX幾つ買った? アキラ、」

「んーとね、10個。なんだかんだ言ってもやっぱ100円だもんね、ついつい買っちゃった。」

 最初の申告では5個の予定と聞かされたが、倍になったらしい。かく言う冬夜も倍になっていたが。

「俺も。10個の予定だったけど、20個買っちまったよ。……行商してる暇はないんだけどなー。」

 苦笑で応える。目当て以外のアイテムは叩き売りの予定だが、取引するとなると色々と煩わしい事柄が多くなるものだった。二人は広場の外れ、人の通りの邪魔にならない隅っこに引っ込んで石畳に腰を降ろす。

 カードを操作し、インベントリからプレゼント・ボックスのアイコンを押さえて実体化する。二人の前にBOXの小山が出現した。街の広場ではあちこちで同じようにBOXを広げている人々がいる。開催直後は凄まじい混雑で、あたり一面がBOXだらけになったものだ。今は少し落ち着いていた。

「んじゃさっそく開けてみるかー。」

 冬夜の宣言を契機に二人は手近の箱を手に取った。色とりどり、カラフルな円筒形の箱にはリボンが掛けられ、その結び目を引っ張れば、箱が煙と変わった後にアイテムへと変化した。

「まず1個目ー、あっ、やった、引換券当たった!」

「おっ、いいなー。俺のは……と、ハズレだ。強化剤。」

 引換券は店売りの衣装に、強化剤は装備の強化に、それぞれ使えるアイテムだった。けれど、二人の本命は例の暴落アイテムの剣だけだったので、それ以外はすべてハズレと言って差し支えない。

「あー、ぜんぶハズレたっ。やっぱ、そう巧くいかないかー。」

 アキラの買ったBOX10個はハズレだったようだ。冬夜はまだ数個残りがある。それらもどんどん開けていき、いずれ売り物にするハズレアイテムが周囲を埋めていく中。

「これでラストー。やっぱ、巧い話はないって事か、確率低過ぎるもんな、……て、え?」

 箱を開けた途端に、細長いシルエットが白く浮かんだ。次の瞬間には、冬夜の手に伝説の剣が握られていた。燦然とまばゆい光を放つ細身の西洋剣はガード部分に紋章が施され、店売りの品とは比べ物にならない流麗なデザインをしていた。


「当たった……、」

「すごい! トウヤ! めっちゃくちゃ運良い! さすが金持ち!」

「だから、金持ち関係ねーって!」

『当たったって、何がー?』

『おー、おめー。なんか知らんけど。』

『おめでーす、何が当たったの?』

 いきなりギルド・ログに返信が溢れかえった。

「え? なんで皆に伝わってんだ? 通信入れてないよな?」

「うん。今さっき入れたトコ。」

 冬夜が睨みつけると、バケツがカラカラと揺れた。

「だって、トウヤが持ってたって仕方ないじゃん。銀行の肥しだよ?」

 その通りなので異論はない。異論はないが、腑に落ちなかった。この意地悪さはアキラらしいと言ったら、らしいのだが。


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