42 ボスせんとう

 スケルトンは倒れた櫻井には目もくれず、冬夜に向かって重い足を引きずってくる。このボスエネミーは動きが遅いため、スピードのパラメータを上げてあるなら大した脅威でもないのだ。油断せず慎重に掛かれば倒せるはずだ。冬夜は広い部屋をあちこちの隅へ移動しながら、各種の弓師スキルで凌いでいた。

 スリング・ショットで吹き飛ばして距離を取る。続けてスナイパー・ショットでボスを転がしてしまう。最後に溜め撃ちであるチャージ・ショットの威力ある攻撃で敵の体力を削る、という具合に。それぞれの技の切り替えは、弓の構えによって変化した。

 ギリギリまで引き絞り、溜めに溜めたショットを、目前にまで迫ったスケルトンが大きく斧を振り上げた瞬間に撃ち放つ。態勢を崩したボスを再びスリング・ショットで吹き飛ばした。延々と続けていれば、いずれボスエネミーと言えども体力が尽きる。その間、櫻井はまったく手出しもせずに傍観者を決め込んでさらに冬夜を苛立たせた。

 チャージ・ショットが決まり、残り僅かだったスケルトンの体力を奪い尽くした。その場でバラバラに崩れ、一山の骨となってしまうと、それもすぐに砂が吹き流れるように消えてしまう。後に残ったのは宝箱一つだ。

「やった! ついにボスを倒したんだ、トウヤた、くん!」

「……あのなぁ、」

 さすがに素直には喜べない。苛立ちも頂点に達している。返答次第ではこのままスケルトンと同様の目に遭わせてやると決意して、冬夜は櫻井に向き直った。

「双剣ってのはガード出来ないんだから、回避が確実に出来るようにするのは当然だろ? てか、なんでスピード上げてないんだよ? 双剣はスピードこそ命じゃないのかよ?」

「あ、いや、その……、双剣遣いだしたばかりなんだ、実は。ちょっとパラメータも上がりきってないし、面倒だから並んでる順に上げてったんだけど、さすがにちょっと拙かったみたいでさぁ。あはは。」

 言い訳ばかりなのだが、腹立ちは失せてしまった。アーチェリーを仕舞って、冬夜は宝箱を開けに掛かった。

「あの、宝箱の中身はトウヤくんが貰ってくれていいよ、」

「あたりまえだ、」

 素っ気ない返事に、背後の櫻井が途方に暮れている様子が伝わるようだった。


 この櫻井というキャラは話しをすると毒気を抜かれてしまい、抗議するのも馬鹿らしく感じてしまう。時々、こういうお得な人柄を持つ人間が居て、普通の奴らは仕方がないなで許してしまったりする。けれど冬夜は許すことが出来なかった。ほとほと嫌いなタイプなのだ。調子のいい嘘を重ねてその場限りで取り繕うような人間は、自分の事しか考えていないとしか思えなかった。

 効率主義を声高に叫んでも表立っては避難されないネットの世界で、櫻井のようなタイプの人間は当然に非難される。それは現実世界では有り得ない話で、そういう点だけはネット世界の方が進んでいると思えた。現実世界は理想主義が猛威を振るって、足を引っ張る者に苦情を言う者こそが悪なのだ。馬鹿正直なネットの世界でなら、生真面目な冬夜も楽に生きられる。


 宝箱の中身はランダムで決まる。そのダンジョンのレベルに応じて入っている物のランクも変わる。冬夜が今回手に入れたのはミスリル・ナイフだった。以前、新人狩りで揉めた時と同じアイテムに懐かしい想いが去来した。きっと彼女もこうやってダンジョンに連れられて、最後にこのナイフを貰ったのだろう。

「アキラたんが言ってた通りだね、」

「は?」

 水を差す割り込みに苛立ちが戻る。剣を含んだ返事に、櫻井が慌てて手を振った。

「いや、あの、気に障ったんならごめん、謝るよ。その、君の事、すごく頼りになる友達だって聞いてたから、一度、会ってみたかったんだ、」

 櫻井は双剣の片割れを試すすがめつと眺めなら、付け加えた。

「ほら、ボクのカノジョだし。」

 冬夜は、頭を殴られたような衝撃を受けた。


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