35 れくちゃー
「普段から釣りクエとかも受けてた奴らは今頃ウハウハだろうなぁ。」
「釣るのがまず大変だもんねー。アキラは練習しとかなかったの?」
フォードといちご姫が二人に尋ねると、アキラは挙動不審なぎこちない動きに変わった。
ギルマスからの業務連絡に釣りの練習という項目があった事を思い出す。美少女のパントマイムは奇妙さが抜群に可愛い。今、心の中でアキラは半べそを掻いているに違いない。レベル上げにかまけて無視していたが、その判断はやはり間違っていたのだ。冬夜は竿を扱いつつ、アキラの様子を盗むように窺っていた。おろおろした次の瞬間。
「ごめんなさい……、」
しょぼん。
「きゃー、違うの、違うの、責めてるわけじゃないのっ、」
エロフのいちご姫が慌てて両手を振り回す。この人はビキニ水着よりも普段着のほうがエロく見える不思議なキャラだ。フォード氏はすっかり寛いでいるが、軽口には参加した。
「ほら、エロ姫があんまりイジメるから。」
「イジメてないっ! それと、エロ姫とか呼ぶなっ!」
ムキになって言い返す。話題が逸れて、アキラが露骨にほっとした顔をするものだから、冬夜は噴き出してしまった。
「おっと、やべ、」
「トウヤー! せっかく掛かったんだからね、バラしたら殺す!」
押し付けておきながら、無茶なアキラの要求だった。
魚との格闘途中、跳ねあがったその獲物がマグロだと判明する。なんで湖にマグロなんだよ!と内心でツッコミを決めておいて、とにかく冬夜は懸命に釣竿を操作した。アキラが大物にはしゃいでいるのが憎たらしい。今に見てろよ、頃合いを測り、冬夜は竿をアキラの胸元へ突き出した。
「へ?」
アキラの口から間抜けた声が漏れる。
「ほら、弱ってきたから交代だ。練習したほうがいいって。これから先も釣らなきゃならないんだし。」
真面目ぶってみせるが、内心、笑いを堪えるのに必死だ。そっと裏腿をつねった。
「え、でも、あたし、そんな、」
なおも押し付けられる竿をしぶしぶで受け取って、アキラは上目遣いで冬夜を見上げた。
「大丈夫だって、俺が教えるから。」
度量を見せて、自信満々に微笑む冬夜。計算外だったのは、そこでレオが音頭を取ったことだった。
「おっ、そりゃいいな。釣りに自信ない奴、教えてもらうなら今だぞー!」
「ちょ、レオさん! けしかけないで下さいよ、」
慌てたのもつかの間、元気に挙手される三人分の手を見て冬夜は抵抗を諦めた。ザン○エフの瞳がキラキラしていて、どうしようもなく虚脱する。そのキャラメイキングでさえなければ喜べたものを。
「トウヤ、トウヤ! また暴れ出した! ど、どうするの!?」
気を取り直し、まずは大物が掛かっているアキラの指南から。冬夜は表情を引き締めた。手を添えて、竿の流し方を実践でレクチャー。
「ほら、アキラ。しっかりと両手でホールドして、竿の尻は腹に、」
冬夜がアキラの背後に回って直接で指導すると、周囲が囃し立てる。顔を向けたアキラは耳まで真っ赤になっていた。
「皆が余計なこと言うから! ほ、ほら、アキラ、しっかり握ってろって、」
どうにも変な気分になってしまって困った。後ろから抱き締めるような態勢で、アキラの持つ釣竿を二人で支えている。密着した背中、うなじは白く、セミロングの黒髪は微かにいい香りが漂った。気を取られている場合じゃない、懸命に己を制する。
「トウヤー、真っ赤だよー、」
ロリウィッチの由宇がからかいの言葉を投げ、エロフが口笛を吹いた。崩れかけた自制心は、大きくジャンプした立派な本マグロが代わりに引き締めてくれた。これがリアルなら竿が折れている。見え見えのニセモノ体験でも、心は素直に喜べるものなのだと思った。
その後も釣果は順調に増えていく。魚も奪われることなくカウントは順調に数を増していった。冬夜のレクチャーで、この場の新人で釣りの出来ない者は居なくなった。
「やったー! コイン一枚きた!」
自動で配布される、魚10匹カウントのご褒美がインベントリに出現する。チャリ~ン、という軽快な効果音が妙に嬉しくて、冬夜もアキラとハイタッチで喜んだ。このコインだけは死んでもインベントリから零れ落ちないのだそうだ。ぴかぴか光る丸い金貨。イベントがこんなに楽しめるとは、正直、冬夜も思ってはいなかった。
「幸先いいぞ、皆! この調子でめざせ、コイン100枚!」
調子に乗った声でレオが吼える。一万円つぎ込むつもりの到達目標に、冬夜は苦笑いだ。毎回同じイベントで同じ賞品だというのに、熱意が他とは違って見えた。ゲーム内時間は現実の四倍、六時間で一日が終わる。一年も同じく現実の三ヶ月で一周してしまう設定になっていた。ゲーム時間で年に一度のイベントは実際のところ四回の開催だ。さすがに四度目となればデータの大部分が解析済みになっている。ギルド対抗の釣りイベントは一週間の期間開催だが、BOX発売は二週間、イベント後半になれば取引版には魚のまとめ売りが山ほど書き込まれるだろう。アキラにも釣りを教える事で、一緒に荒稼ぎが出来ると目論んだ。今はとにかく目一杯釣ることだが。次々と入れ食い状態で竿に獲物が掛かる。時間も忘れて冬夜と相棒は夢中でイベントを楽しんだ。
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