33 おれがかならずまもるから
大規模PK戦闘は初となる二人だ。目まぐるしいばかりで、何がなんだか解からないままで戦争は終わってしまっていた。今は多くのプレイヤーがそれぞれの方角目指してバラバラに駆けまわっている。
『それでは只今より、イベントを開催いたします! レッツ、スタート! カタック湖の主を釣り上げろ!』
切り替えが早い。見回せば、皆、すでに真剣な顔で釣糸を垂れていた。
何がなんだか解かっていないトウヤたち二人にサブマスが掻い摘んだ説明をしてくれた。つまり、もっともヌシが出現しやすいポイントを、大手のギルドが奪い合っていたということだ。このイベントはギルド毎に固まって釣り糸を垂れなければならず、飛び石状態で間に他のギルドのメンバーを挟んではいけないというルールがある。それは本来、大手ギルドたちが釣り場を独占しないようにする為の配慮だったが、現状では熾烈な陣取り合戦を産む原因でしかなかった。一部の独占を許せばつまらなくなるし、全員が平等になってもまたつまらない。ゲームバランスを取る為の苦労はどのタイトルの運営も同じだろう。
トウヤとアキラ、それにレベルの低い者たちばかりが浜辺に出て釣竿を振っている。古参のメンバーはその後ろで見物しているばかりで、自らは釣りをしようとはしなかった。
あるレベル以上のプレイヤーは、釣り糸を垂れても魚は一匹も釣れないのだ。けれど、釣り上げた魚自体はギルド毎のカウントになる。彼らは新人のサポートに回り、もっぱらNPCへの運搬係や、邪魔にくる連中を引き受けるのが主な役目となっている。釣れば釣るだけ、全員が同じ枚数のコインを貰うことが出来た。ヌシが釣れた時には第二次大戦の開始だ、それ以外にも突発の戦闘はいつ起きるか解からない。
歓声が上がり、対岸で最初の一匹が釣り上げられた。新人はすぐさま古参に釣果を差し出している。その古参が武器を構えたままで走り出した時、あちこちから別のギルド所属のプレイヤーたちが多数でこれに追いすがるのが見えた。
「おー、やってる、やってる。」
冬夜とアキラの間に突っ立ったままで、レオは対岸を眺めていた。まるでラグビーかアメフトだ。
「釣れた魚ももちろん、奪い取れるわけだからな。廃人抱えたトコが多い、コインは山ほど欲しいってわけだ。オマケに、俺たち古参は暇を持て余してるしな。」
山ほどBOXを開けたいプレイヤーは数多く、それだけ魚の数も欲しがっている。普段から一万二万は軽くつぎ込むプレイヤーの、今回のネックはコインの不足だった。追う方も追われる方も必死の形相だ。
「俺やレオさんのクラスになるとPKの機会もそうそうないからな。PKは久々で血が騒ぐってヤツも多いんだよ。」
ようやく戻ってきた男エルフ、フォードが武器の長弓をくるりと回す。
「ずいぶん遅かったな、お守り買い忘れたか?」
「魔導士三人見つけ出してボコってきた。」
凶暴エルフだ、と冬夜は釣り糸を垂れたままで黙って聞いていた。
バラバラに別れていたギルドのメンバー達が揃ったのだろう、人数確認をしていたレオが姿勢を正す。巨大な盾は背中に背負い、いつでも臨戦態勢が取れる用心深さで胸を反らして声を張り上げた。
「よーし、イベントが開始されたんで次の注意事項だが……、」
隣の陣地で大きな歓声が上がった。
「ぬっ!? 釣り上げやがったか!?」
レオは慌てて武器を装備して、そちらへ向く。冬夜とアキラも釣られてそちらを見遣った。ちょうど隣の陣地だ、人々の間に緊張が走っているのが手に取るように伝わる。湖に巨大な黒い影が浮き上がってくるのが見えた。何も無かった湖面に、小さな影がみるみると大きく不気味に浮かび、粟立った水が盛り上がる。隣接した他のギルドにも緊張は伝播した。
「ヌシが釣れちゃったとか!?」
一気に喧騒に包まれた釣り場で、アキラがそわそわと腰を浮かす。
「いや、まだヌシが出る時刻じゃない、あれは多分……、」
レオがいよいよ盾を前へ出し、身構えた。
冬夜は事前の下調べで、幾らかのルールは把握している。ヌシは開幕早々に出現することはない、タイムテーブルが定まっており、今は不明だが明日には解明されてWikiに載せられるはずだ。ヌシなら二度、水面を跳ねる。けれど魚竜ならば。水面が大きく盛り上がった。
盛大な水飛沫を巻き上げ、巨大なドラゴンが水中から飛び出してきた。中国系の龍に似ている、蛇腹がゆっくりと浜辺で円を描き、鎌首をもたげるように半身を持ち上げる。水流を身に纏い、両目は爛々と赤く輝いていた。……強そうだ。
「やりやがった! いいか、魚竜は一度掛かると釣り上げるしかない、バラせないんだ! もし釣っちまったら、新人はさっさと逃げろよ!」
釣り糸を垂れる冬夜たち二人を庇うように立ち塞がりながら、背後に向かってレオが声を張り上げた。例のザ●ギエフ似の新人に、サブマスが保護魔法を重ね掛けしている。その二人を庇う位置取りで違うメンバーがレオと同じように盾を構えていた。しきりと隣陣地を気にしながらの釣りだ、アキラはせっかく掛かってきそうだった魚のアタリを外した。
「あっ!」
二度目の獲物を逃したところで、冬夜は肩を叩いた。
「焦るな、アキラ。探りの後に本アタリが来るまで、魚は何度か餌を突っつくんだ。」
冬夜のレクチャーに、他の新人たちが感心したような顔を向けた。
「あ、いや、リアルでも釣りはやるからさ、」
何を言い訳しているんだか、冬夜は首を傾げた。鋭い音響がすぐ傍を掠めて通る。
「うわ!」
「心配ない! 気にせず釣ってろ!」
魚竜の攻撃はレオの盾に阻まれて、こちらの陣営には届かない。レオと他三人の盾が防護壁を作っている。魚竜はこっちが手出ししない限りは、隣の陣地からこちらへ移動してくる事はない。解かっていても、チラチラと視線を流してしまう二人だ。レオに連れられるままに陣取ったはいいが、隣のギルドとの境界に近いこの場所は、実は危険が大きいのではないだろうかと、冬夜は今さらで気付いた。隣の陣地で古参組と思しき連中が巨大な魚竜に群がり、新人たちが逃げ惑っている。阿鼻叫喚だ。
「お前たちは気にせず釣りに専念しろ! 俺らで必ず守るから!」
とばっちりの攻撃は、その後も時々こちら陣営に向かって来た。魚竜の吐き出す水鉄砲はレーザーのように地面を走り、直線上のすべての障害を弾き飛ばしていた。
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