17 えるふたち
約束の場所は村長の家の裏手だった。本当の初心者にしか用がない場所で、しかもこの家屋の玄関先以外はほとんど人が訪れない。イベントは玄関を出入りするだけで終わってしまうからだ。大木の傍に建つ小さな家屋は玄関がいつでも開け放たれ、白い小路が続いて結構な坂道がずっと連なっている。ゲームを始めたばかりの初心者が行き来するだけで、ぐるりと回った裏手の空間は普段は人の居ない寂しい場所だ。そこに今日は珍しく、日陰の中に数人が集まり、ちょっとした井戸端会議の集会所のようになっていた。集まっているのは例のギルドのメンバー達だ。それぞれが適当に座り込んでいたり、壁にもたれかかっていたりで、けれど二人が姿を現わすと一斉にこちらを見た。
「あっ、来た来たー。」
以外なほど明るい声が掛けられた。見た目は子供のウィッチがにこにこと微笑んでいる。ピンク尽くしの容姿をしていて、ふわりとした髪型も、フリルがたっぷりのワンピースも、頭をすっぽりと覆うマシュマロ帽子も、すべてをピンク色に染め付けている。両手で抱えた大きなクマのぬいぐるみさえ、彼女はピンクに染め変えていた。石の床に直接で腰を降ろし、その隣にぴったりと寄り添うように座る耳の長い色白の少女と顔を寄せてひそひそ話に戻った。
隣の少女はエルフ特有のほっそりとしたボディに露出系の装備を纏っている。メタルの光沢を放つハイレグな女性用鎧は普通アンダー衣装と組み合わせて着るものだったはずだが、彼女は素肌に着込んでいた。この場にいる全員が、Wikiに載っている有名な者たちだ。エロティックなエルフ少女が、手招きで冬夜たちを呼んだ。
「ちょーっと待ってねー、ギルマスは遅刻の常習者でーす。」
素直に近寄ってきた二人に悪びれもせずにそう言う。
村長宅の壁に並んで座る三人はいずれも女の子キャラで、ウィッチとエルフの隣にはダークエルフの少女が膝を抱えて、揃えた両膝の上に顎を乗せている。ブロンドの肌にベージュの色合いの服をお洒落に着こなしていた。
「今、どこらへん?」
ハイエルフの少女が肘で彼女を突ついた。浅黒い肌の少女は半そで短パンの探検セット服を着ており、その胸ポケットからカードを取り出し操作した。
「んーとね、ドラゴンに蹴られてる。」
対する返答は隣ではなく頭上から降ってくる。
「上級クエストだったか。ギリギリって感じだったけど、やっぱランクアップしてたっぽいな。」
壁にもたれていた男性エルフが首だけ伸ばして覗き込み、独り言のような声で会話に加わった。簡素な服装は初期服に見える。
ダークエルフの少女は黒髪ショートで、二人の白エルフは共に銀髪ロングだ。相当に顔をいじったか、元からハンサムなのか、男エルフはモデルのように整った顔を持っていた。女の子二人も元の顔をいじったようだったが、冬夜の隣の美少女ほど可愛くはなかった。その美少女、アキラは戸惑っていて、おろおろと冬夜の背中を指先で突ついている。なんの話だか解からないのはアキラだけで、冬夜はなんとなく内容の予測が付けられた。視線が冬夜に催促している。こそこそと、周囲の注意を引かないように気を配りながら冬夜はアキラの耳に口を寄せた。
「王城クエストみてぇ。プレイヤーのレベルで敵のボスが変わるんだよ。で、上級になるとドラゴンが出てくる鬼畜仕様。カンスト廃人が二撃で死ぬってよ。」
「……うへぁ。」
解説を聞いたアキラがげんなりという表情で答えた。多くの説明は必要なかった。
どれくらい会話が途切れていただろうか。時折、誰かが唱える魔法の詠唱が聞こえるだけで、皆が固唾を呑んで画面に見入っていた。カードサイズだった鑑賞画面は小型テレビの液晶サイズになっており、その周囲で皆がじっと画面を見つめている。戦闘はどんどん激化していくのが解かった。ドラゴンのHPが削られる毎に激昂状態が高まり、凶暴性が増していく。
「倒したっ!」
「倒したっ!」
「おー、倒したー!」
拍手とともに暢気な歓声が上がった。ドラゴン戦の決着が付いたのだ。問題のクエストがソロクエストで、助っ人は同じギルドのメンバー限定になること、ギルド登録者ならば仲間のクエストをギルドカードで観覧出来ることなどを、冬夜の方は知っていた。
いつの間にやら二人は中に入って一緒に観戦と洒落込んでいる。思わず、拍手にも釣られてしまった。鬼畜仕様のクエストで、たったの三人でボスを倒したのだ、賞賛に値することだから素直に感動していた。もちろん助っ人の二人に一番強いマスターとサブが付いているとはいえ、あくまでサポートに徹していたらしく苦心惨憺たる戦いだ。クエストを請け負ったメンバーの戦いはお世辞にも巧いとは言えず、何度も死んではここに居るメンバーたちの遠隔サポートで生き返らせて貰っていた。エルフ族だけが、遠隔で復活魔法を使うことが出来る特典がある。だから、彼らは他のクエストや自分の用事を後回しにしてここに集まっていたのだろう。
あの時、自分たちを瞬殺してくれた魔道士が、転びまろびつしながら必死に戦っている姿がまるで嘘の世界のように感じられる。敵のドラゴンはどこまでも強く、どこまでも巨大で、こんなモンスターがいずれは自身の前にも現れるという事が信じられない。いや、信じたくない。
今ひとつ盛り上がれない二人を気遣って、男性エルフが声をかけてきた。
「あー、ごめん。予備知識ないのに、いきなりキツい映像だったかな?」
エルフは紙装備しか使うことが出来ないため、彼の装備もとても軽量のものだ。人間には使用不可のハイロングボウを肩に背負い、銀色の髪を後ろで束ねている。初期服とさほど変わらないように見えた服装はやはりまじまじと見ても初期服で合っていたようで、奇妙に映った。このレベルで初期服を着続けているベテランなど初めて見るかも知れない。だが、七分丈の裾はブーツを履くのにちょうど良い長さなのだと、ふいに気付いた。
近接武器禁止のエルフは上級プレイヤーご用達とまで言われ、使用者はあまり居ない。パーティプレイには何かと便利ではあるものの、初期のうちは攻撃力不足の上に紙装備ですぐ死ぬお荷物、本領発揮は上級クラスのクエストからと使えないキャラNo1と評判だからだ。世知辛いこのゲーム世界においては、まず真っ先に狙われるため育てるのは至難の業。もはや最初期の黎明期に生まれた世代しか居ないだろうとすら言われていた。強くなれば有名なこの露出系エロフのように、スリング・ショットで蹂躙プレイが出来たものだが。
「アンタたち、ギルド入ってないんだってー? 珍しいねー、なんでー?」
ビキニ・アーマーのみ。いっそ清々しいほどの矜持を滲ませて、彼女は地面の上に佇んでいる。体育座りで。
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