8 ほうふく

 白銀の騎士は橋の向こうへ渡り終えたところでログアウトして消えた。少しばかり緊張し過ぎた、ずっと身構えたままだった事を思い出し、二人はバツが悪そうに互いの顔を見合わせた。

「思わせぶりな事言ってたけどさ、気にすることないよ、トウヤ。」

 先に歩き出したのはアキラだった。

「いや、警戒はしといた方がいいだろ。向こうは報復するって予めで宣言してるんだし。」

「そんなの勝手に言ってるだけじゃん。ゲームのルールでPKはいいって事になってんだよ? なにワケの解かんない事言ってんだっての。」

「いや、だけど、」

「だけどもへったくれもない。自分ルールを勝手に押し付けてきてさ、課金の連中はあれだから嫌いなんだよね。守るべきルールは規約にある事の方じゃんか。リアルな世間のモラルだとか何だとか、結局、自分らが損な事だからモラルに反するとか言ってるだけでしょ?」

 アキラの言いように、冬夜は相槌で頷きはしたが感情的になったその意見に賛同する気にはなれなかった。あのギルドマスターが、下調べの段で思っていたような難物でなかった事がむしろ驚きだ。

「けど、注意するに越したことはないさ。相手は"あの"ギルドなんだからな。」

 冬夜が念押しで強調したところを汲み取って、アキラは黙った。むっとした顔で口をへの字にして。


 かつて、異常なストーカーと化したプレイヤーを相手に、リアルに跨っての大戦争をやらかしたギルドだ。まとめサイトまで出来るという、このゲーム世界始まって以来の不祥事を起こしていた。噂では知っていたつもりの冬夜だったが、今にして思えば、あの新人プレイヤーを狙ったのは間違いだったような気もしていた。

 アキラが黙ったのは少しの間だけだ、反論を考え付いたらしい。

「とにかくさぁ、こっちは個人に対して喧嘩売ったわけじゃないんだよ? 粘着したってならともかく、仕返しなんかされる覚えはないよ。」

「まぁ、そりゃそうなんだけどな。」

 アキラだけでなく、実際は冬夜も不服なのだ。ゲームのルールでPKが許されているのに、所属のギルドがしゃしゃり出てきて報復すると宣言しているこの状況は、なんだか腑に落ちなかった。このゲームのルールに従いたくないのなら、無理にこのゲームに参加しなくてもいいんじゃないか。他にもゲームは沢山ある。PKを禁止しているゲームも山ほどあるのに。

 結局のところ、そういうゲームはすでに覆しようがないほどの格差が固定されているから、人気がイマイチのこのゲーム世界でなら巻き返しが出来るからだろうと、そう思えてならなかった。ウィルスナが不人気なのは、PKが許されているせいでもあるのだから、彼らの理屈はどう考えても納得が出来なかった。


 報復を警戒していた二人だが、それからしばらくの間は何の変化も現われなかった。ただの脅しだったのかと思ってみたり、大手のギルドだから二人のような小物は相手にしないのかと思ったり、けれど目に見える動きは何もなかった。気味が悪いほど。

「やっぱりさ、そんなに暇じゃないんだよ、あの人ら。」

 アキラは楽観的に見てそう結論したようだった。思い過ごしだったかと二人の気が緩んだ頃合いの、例の事件から数日後のこと。その日に限って、普段は見ないような些細な違いが出来ていた。始まりの村に屯するのは初心者ばかりで彼らの装備など似たり寄ったり、みな顔馴染みにすらなっていたが、その日だけは、見慣れない者がひとり紛れ込んでいた。


 村を出てすぐの場所に、胡散臭いプレイヤーが一人で立っていた。魔道士の三角帽子を目深に被り、ローブの襟を立てて顔を隠している。ローブはポンチョのようで、魔導士の体形は完全に隠されている。帽子も黒、ローブも黒、内に隠した装備は何も解からなかった。

 魔導士という職自体がある程度のレベル上げをしないと選択できない物で、そのプレイヤーが初心者ではないことを物語っている。身長が低く、気に留めることなく横を過ぎた冬夜の肩ほどまでしかなかった。アキラと二人だから、いざとなれば挟める。村の目の前だ、逃げ込める。警戒は最小限だった。真後ろになった、その時に魔導士は口を開く。


「俺らに喧嘩売ってきたのって、お前等?」


 質問に、振り返った時にはもう遅かった。錬金術の銃器が魔道士の手にはあり、銃口は冬夜に向けられていた。シリンダーと呼ばれる独特の形状をして、腕輪に仕込まれている。手の平が冬夜に向け開いた。腕輪の下の筒型から、一瞬の光が煌めいた。反対側に居たアキラがその瞬間には攻撃態勢で飛びかかっている。一発撃ち出す間にアキラのランスが魔導士を貫き、しかし、魔道士が次に大きく身体を捻るだけで、武器ごとアキラは弾き飛ばされていた。レベルが違い過ぎるのだ、素地の防御力と攻撃力に天地の開きがある。こちらは大ダメージを食らい、魔道士はたぶんかすり傷ほどもないだろう。錬金術の重い一撃で、冬夜はあっさりと殺られてしまった。姿が掻き消える。

「トウヤ!」

 一瞬、視線が外れただけで、魔道士の銃口はアキラを捉えた。衝撃波と共に轟音が響く。凄まじい風圧がアキラを襲い、瞬時に圧縮空気の塊がぶん殴り、押し潰した。こちらも一撃だ。吹き飛ばされた姿勢のまま、アキラの姿も瞬時に消え去った。ばらばらと、後には二人の身に着けていた装備が地面に散らばる。それらには目もくれず、魔導士は不機嫌そうにその場で二三度足を踏み鳴らしただけだった。


『おーい、そっち出てきた?』

 魔導士の耳元に通信の声が響く。

「うん。叩いといた。次はそっち行くかも知れないから、ヨロシクー。」

『オッケー。まー、チャンネル変えても誰か居るって解かったら、そのうち音を上げるでショ。』

 通信の声は可愛らしい少女のもので、いかにも楽しそうな笑いが続いた。魔導士はイライラとまた足を踏み鳴らした。

 ネットゲームのシステム上、人数制限の為にまったく同じフィールドのサーバが複数用意されており、多元宇宙のようにそれぞれはまったく同じ造りになっていた。それぞれをチャンネルと呼び習わしている。冬夜たちが普段使うものは3チャンネルで、他のチャンネルに移動すれば、プレイヤーは各人一人きりなのだから違う者たちしか居ない事となる。けれど、ギルドの報復は執念深く、別のチャンネルには別の刺客が配置されていた。

「やれやれ。身の程知らずが増えたよね、夏休みかっての。」

 ボソボソと独り言を呟いて、魔道士は錬金の道具、シリンダーの筒になった部分を指先で弾いた。空になった薬莢が弾き出され、軽い金属音を響かせて地面を転がった。威力は絶大だが、装填に時間を食うのが難点だ。魔導士は弱点を補う為に両手にシリンダーを装備して、二刀流の構えを取っている。かのギルドでも名うての錬金術師だ。レベルの高さ故に、初級ダンジョンのボスエネミー程度は一撃で仕留める強さを誇る。

 マスターの騎士同様、知らぬ者は少ない。もちろん、冬夜もこの魔道士を知っていた。ギルドが潰しに掛かってきたのだ。『我がギルド参入の新人に対する若葉狩りには報復する、』騎士は宣言している。いよいよ行動に移したらしかった。


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